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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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 呼ばれて行った裏通りの惨状はまあ酷い、この辺りの治安の悪さが露呈しているような、その象徴を示すかのようなゴミの散乱具合だった。私の他にも二人のボランティアのおじさんが駆けつけていて、無言で渡された軍手とゴミ袋を受け取るとそこからはただ黙々と作業を続けていた。アルミ缶を握り潰しては袋に入れ、袋に入れ。


 少ししてスマホが震えたので確認してみると、赤城くんから連絡があった。どうやらあの男の子、ユウヒくんは無事にお母さんと再会できたとのことだ。嬉しいニュースにほっと胸を撫で下ろす。ついでに私が裏通りにいることを報告して、再びゴミ拾いに集中する。


 途中でおじさんがぽつりと零したのが、イベントの中でこのように地域が荒らされると次回のイベント開催が難しくなってしまうらしい。なので、主催側は必死に警備やらでトラブルを抑える必要があるのだと。そのために、こうしたゴミ拾い活動は必須の動員であるらしい。


 時々そんな会話をしながら、でもほぼ無言で作業を続けていると、おじさんがふと思い出したかのように言った。


「そういやあんた学生さんでしょ? なんか悪いから、ここはジジイどもに任せて遊んでおいで。今日はもうだいぶ時間が経ったし十分働いたでしょ」


「え!? いやいやそういう訳には、遊ぶって言われても別に今日は遊びに来たんじゃないので」


「いいからいいから、ほらほら」


 ……なんて具合で、無理やり軍手を取り上げられると追い出すようにされながら私はまたイベント会場近くまで戻ってきた。まあ、ある程度ゴミも片付いてきてたしいい頃合いでおじさんが解放してくれただけだと思うけど。


 取り敢えず私は元いたテントまで戻ってくると、そこに赤城くんはいなかった。……なんで? 一人なのでただそこに呆然と立ち尽くす間抜けな私に話しかける人間もいない。

 子供の面倒見も終わった赤城くんならここに戻って来ていると思ったんだけど、テントは空だ。そして赤城くんから特に連絡もない。……でも、もしかしたら彼も彼で先生から個別に連絡を受けて動いていたりするのかな。




 ……仕方なく、お言葉に甘えて何だかんだで今までゆっくり見ることができていなかったステージを鑑賞することにした。ステージ前に立ち並ぶパイプ椅子は満席だったので、少し離れた場所から遠目に眺めるだけの鑑賞だけど。

 今は地元の小学生たちの鼓笛隊が可愛らしい演奏を奏でているところで、観客は手拍子に盛り上がっている。ビデオ撮影に集中する親らしき人々にも溢れていた。それらを観察しながら平和だなあなんてことを思う。


 “音楽祭”――私が知るゲームのシナリオには一切の言及がなかった、おそらくは設定すらないイベントだ。シナリオの大筋としては学園モノだし、学校行事以外の大きな街のイベントと言えば夏祭りとかクリスマスくらいだった。そう、六月の今、八月に“夏祭り”という大イベントを控えた梅雨の時期にこんなイベントはなかったはず。


 それかまあ……私が知らないだけで、音楽家キャラの中言先生のルートでは少し触れられたりしていたのかもしれない。一応は隠れ(・・)音楽キャラの新平くんのルートでは登場しなかったワードなだけで。

 今度トラに聞いてみようかな。……そう言えば最近トラと喋ってないな。あとは美南くんとも。少し前に忙しいからってスケジュールが合わない日が続いて、それから全然やり取りもない。落ち着いたらその内連絡がくるかな、なんて思っていたらすでに数ヶ月だ。まあ忙しいんだろうな、受験の準備とかで。


 しみじみ考えてしまうのはやっぱりゲームのこと。今はまだ、時系列だけで言えばシナリオ上の暦だ。この世界は最早私が知る“ゲームの中の世界”とは別物と認識しているけど、大枠の設定自体はそれなりに合っている以上ある程度の意識はしてしまう。

 でも自分の存在がどうとかは今更思わない。ただ、もし自分が乙女ゲームのヒロインなら……今日みたいな日、意中の相手と偶然出会ったりだとか、フラグを立てたりだとか。そんな思いがけないイベントが発生するんだろうなとかを考える。



 ――と考えごとをしていたら、私の肩に手が置かれた。びくっと反応してぎこちなく振り返る、と。


「ご無沙汰だね、子猫ちゃん」


「うわあああイケメンだ!!」


 まず目に飛び込んできたのはキラッキラに輝く黄金の髪、そしてそれに似合う彫りの深い目鼻立ちがはっきりとした美しい顔面。それが私の鼻先数十センチまで迫っていたので思わず悲鳴とともに後退る。


 この美しい顔面と鼻から突き抜けるようなよく通る声にはすぐ分かった――北之原海里、この春に姫ノ上学園を卒業した一つ上の先輩だ。


「相も変わらず大袈裟な反応をありがとう。見慣れた後ろ姿を見つけたからね、思わず声を掛けてしまったよ。キミがここにいることには驚かないけど、特に変わった様子がないことには安堵を覚えるね」


「褒めてるのか貶してるのか分かりませんが、とにかくお久しぶりです……あ、少し髪が伸びましたね。それも似合ってます」


 最後に会ったのはバレンタインの時期、先輩が卒業してこの街を離れる少し前の二月だ。その時に先輩は長めだった髪をバッサリと短く切り揃えていたが、今はその頃よりも伸びた髪を自然な雰囲気でセットしてある。まるで旬のアイドルグループばりに決まっていた。服装は……おそらく自社ブランドであろう高級感溢れるコーデで、カジュアルながら大人っぽさを演出していた。


 北之原先輩は目立つ風貌なので当然いくつかの注目を浴びている。ただ今はステージに演者がいるタイミングであるおかげか向いている視線はいつもより少なく、熱狂的な女性ファンがついて回っているという状況ではないようだ。あくまですれ違う何人かが思わず目を奪われているというだけで。

 先輩は小振りな鞄を一つ持っているだけで、また近くに連れ合いらしき人物などは見当たらなかった。


「それにしても先輩、この街を離れてたんじゃ? というか今日はお一人……ですか?」


「ああ、ブランド業は今も続けているから仕事の都合でね? 今日だけ実家に寄ることにしたんだ。明日には別荘へ戻る予定さ。今は少し時間を作れたからこっそり家を抜け出して息抜きに来たんだよ。音楽祭、となればミスターや太郎サンに会えるかもしれないだろう? ああ、もちろんキミにもね」


「調子のいいことを……」


「キミはボランティア、だね。良い取り組みだ、感心するよ」


 そう言って先輩は美しい微笑みを携えたまま優雅な動作で私の前髪を一房、ひと撫でした。あまりに流れるような所作だったので私は固まったまま何も言えずにされるがまま……いや、先輩はこういうキャラで他意はないのだろうけど、流石に不意打ちでちょっとだけときめいてしまった。絶対に顔が赤くなってると思ったので、咄嗟に両手で頬を覆う。


「発生イベントが意中の相手じゃなかったこともゲームの醍醐味だったりするもんなあ……!」


「? 何か言ったかい?」


「いえ! こちらの話です!」


 私は確かに何かイベント起きないかなー、なんて思ったりしたけど、まさか予想もしてなかった相手が現れてときめかされるとは思ってなかった。……でも、単純に。久々に先輩の姿を見れたことは嬉しい。先輩こそ変わらず元気に過ごせていることを知れただけで。 でもこうしてわざわざ私に話し掛けてくるなんて、それはちょっと意外だった。


「そうだ、子猫ちゃん。キミに言うことが――」


 と、先輩は微笑みを携えたまま私に一歩と近付いてきた。思わず私がそれに合わせて一歩後退すると、先輩はガシッと私の肩に手を回して逃がさまいとしてくる。私は「ファ!?」と戸惑いの声をあげるが、いつにも増して強引な先輩の手から逃れられず。

 真っ赤な私にはお構いなしに、そのまま先輩はぐっと私に顔を近づける。吐息も感じられそうな距離で、先輩は私の耳元で囁いた。


「キミ――さっきからつけられてるよ」


 ――咄嗟に先輩の顔を見ると、相変わらず美しい顔面が目一杯に広がっているけど、あまり脳天気なことは考えられなかった。先輩が先ほどの表情から一転、少し強張った真面目な面持ちになっていたからだ。

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