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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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12(西尾新平)

 なんで俺がこんなイベントに駆り出されたかって、それは単純に男手が不足しているからと頼まれたからだ。


 市で開催する音楽祭とかいうイベント、これに姫ノ上の吹奏楽部も演奏のため参加するのは小耳に挟んでいた。助っ人として入部した俺だが、あくまでそれは夏のコンクール人員のため。こういったイベント事には不参加でいいと部長からも言い伝えられていたはずだが、まんまと嵌められた。


 吹部には現在、男の部員が俺を含めて四人しかいないらしい。それも一人が二年生、残りの三人が一年生。顔を合わせたけど全員キョウよりも小柄な奴らだった。

 イベントとなると楽器を運搬する必要があるが、いくら人手があっても一人一人が非力じゃ毎度大変な苦労を伴うらしい。ということで、お前も部員なんだから運搬くらい手伝えというのが部活側からの主張だ。今日は不運にもバイトがない日だったので俺には逃げ場がなかった。


「ああ、おい、坊主。お前水臭いじゃねぇか。ああ? なんか俺に言うことあるだろ。ほら、ほら」


「うぜぇ」


 しかもステージ脇で荷物を下ろしていたら、見慣れたおっさんがこんな風にダル絡みしてきた。そうか、音楽祭……となるとこの地元じゃ有名な音楽喫茶を経営するおっさんが呼び出されるのも当然か。

 最近俺はあの店に顔を出していなかった分、おっさんはやけにしつこく俺に近付いてきた。というか中言から内情は聞いてるんだろう。それで、俺が吹部の連中と一緒にいたのをいいことに揶揄っているんだとすぐに察した。マジでうぜぇ。


「お前今日ステージ立つのか?」


「俺は出ねぇよ。パシリだけだ。楽譜も持ってねぇ」


 おっさんは普段よりもハジけた格好で、趣味全快の柄シャツにシルバーアクセサリーなど……とにかく派手な風貌で遠目にも目立つ服装だった。胡散臭いおっさんの格好でしかないのに変に似合ってるから余計に腹が立つんだよな。それでおっさんがさらに胡散臭いような笑みを浮かべながらそんなことを言うので、辟易しながら返事をする。


「ほーん。残念だなぁ、今日はお前のファンを増やすチャンスなのに。ちなみに――」


「西尾さん、手を貸してください。ティンパニを運びます」


 おっさんが言いかけている途中で部長が割り込んできた。分厚いレンズの奥から除く鋭い眼光がおっさんを突き刺したようで、珍しくおっさんが「おお、すまん」と少し狼狽えていた。というか暗に俺に対して『駄弁ってないで動け』という圧な気がする。


 まァ、おっさんから逃れる口実にさせてもらって一旦は吹部の方に戻る。ある程度の荷物を運び終えれば、また学園に戻るまでは好きに過ごして構わないと言質を取っているからな。




 ――言われたとおりのことは終えて、会場をふらついていると見慣れた姿を見かけた。駒延の教師……茂部の担任の男だ。ボランティアで会場整備に携わっているらしい、随分と忙しそうにしていた。

 わざわざ話し掛けることはしなかった、別に親しい仲って訳じゃねぇし。向こうも俺の存在には気付いていないようだったし、見つかったらまた変に絡まれて面倒なことになりそうだし。


 ……と、その教師の姿が人混みに紛れて見えなくなったところで、あいつがいるってことは駒延の奴も今日ここにいるってことなのかと思いつく。駒延……となると、当然まずは茂部の顔が思い浮かぶ。でもそんな都合よく遭遇することなんてねぇか。ってか鉢合わせたら鉢合わせたらでなんでここにいるんだと聞かれても困るんだよな。

 それに駒延と言ったら俺にとっちゃあ気まずい相手の方が多い。中学の頃の俺を知ってる連中がいるだろうし、因縁を残した奴だっている。中学の時みたいに変に噂を流されたら堪ったもんじゃない、あまり顔を合わせたくはねぇな。


 取り敢えず適当に買い食いしつつ、人気の少ない方に歩いて行く。音楽自体は嫌いじゃないが、こういう野外のステージとかフェスは騒々しくて苦手だ。


 で、人の騒がしさから逃れるために裏通りまで歩いてきたのに、こういう時は大体厄介事がそこに待ち受けているのは何なんだろうな。



「――騙したの!? フザけんな!!」


 甲高い女の声が聞こえてきて、そっちを見るななんて言われる方が無理な話だ。一つ道路を挟んで向こう側、小柄な女が四人組の男たちに囲まれているようだった。女は二十代くらいには見えるが、随分と若々しいいかにもギャルのような風貌だ。対して男たちも同じくらいの年齢に見えるが、明らかにガラの悪い頭の悪そうな四人組だ。ニヤニヤと笑いながら女を逃さまいとしているように見えた。


 明らかに女は不利な状況だが一切引く様子もなく、とんでもない形相で男どもを睨みつけながら強い口調で責め立てていた。パッと見の状況でよく分からないがよくある痴話喧嘩類いのものかと思ったのでそのまま素通りしようとしたが――女が詰め寄った男の一人が、強い力で女を突き飛ばしたことでそいつが地面に転がった。強気な表情だった女も苦痛の声をあげる。

 そんなものを視界の中で確認してしまった以上は見過ごすことはできない。面倒事はごめんだが、それで事件に発展したと後から知るのも後味が悪いからだ。


「何してんだよ、大人がみっともねぇ」


 車通りなんてほとんどない路地だ、道路を突っ切って真っ直ぐに歩いて行く。俺が声を掛けると男ども、そして女が一斉に俺を見た。全員怪訝そうにこっちを見ている。が、ガラの悪い男ら四人は全員目線が俺より下だ。そのおかげか歳上に見えるそいつらが俺に少し怖気づいたように見えた。

 ……ただ、今の俺は学生服だ。すぐに高校生と気付いたのだろう、男の一人が「ガキが格好つけてんじゃねぇよ」と耐え切れないように吹き出しながらそう言った。


「あんた! ケーサツ呼んでもらえる!?」


 地面に尻餅をついたままの女が俺を見て叫んだ。途端、男どもの目の色が変わる。周辺の地面には恐らくこいつらが食い散らかしたであろうとゴミが散乱していて、加えてチューハイの缶が大量に転がっていた。ここで警察を呼ばれるのは奴らにとって都合が悪いらしい。……それか、もっと後ろ暗い秘密をこいつらが持っているかってところだが。


「おいクソガキ、大人しくどっか行けよ。今なら見逃してやるぞ」


「あァ? 見逃すのはお前じゃなくて俺だよ。マジで警察に突き出してやっても構わねぇんだぞ」


「こいつ――」


 大人しく警察を呼ぶのが賢いんだろうが、俺はこういう状況で警察を呼んだ時、どうも見た目で黒側と誤解されるようでかなりの時間を拘束される未来が見える。今まで散々とそういう目に遭ってきた。

 それに中学の頃もよく歳上と喧嘩してた俺は自分よりガタイのいい歳上からよくボコられたし、殴り返していた。今更怖いとも不利とも思わない。


 また、俺は知っている。こういう奴らは大抵、こんな風に威圧すればすぐに尻尾を巻くことも。


「白けちまった、もう行こうぜ」


「運がよかったと思えよ、クソガキめ」


 男どもは缶チューハイを片手にそんな悪態をつきながらバタバタと早足に背中を見せて逃げて行った。ほらな、やっぱり。本当にガラの悪い連中ならここで俺のことをタコ殴りにしただろうが、ちょっと悪びれているだけの半グレにはそんな度胸もないのだろう。


「ありがとう。助かりました」


 腰をさすりながら立ち上がった女が俺に礼を言った。何度も脱色を繰り返したようなパサパサの茶髪と、バッチリ上がった派手なまつ毛。化粧もそれなりで勝ち気な顔つきの女だった。俺が放っておいてもどうにかできたような気もする。現に、割と危ない状況だっただろうにあまり今の出来事を気にしていないようにも見える。


「ところで君、ここに来るまでに小さい子供見てない? 男の子で三歳、多分ギャン泣きしてると思うんだけど。名前はユウヒ」


「いや……見てないと思うが、はぐれたのか?」


「うん、息子。本当にちょっとだけ気が緩んじゃって、その隙にすっかりいなくなっちゃって……それでさっきの奴らが息子のこと見たかも、って言ったから着いてきたらこれ。やっぱり殴っておけばよかった」


 まさに鬼の形相でそんなことを言う女の顔が、俺はさっきの奴らよりよっぽど恐ろしいと思った。ただ探しているのは息子らしい、そのことを語る時は随分と暗い表情をしていた。

 あの男たちとは、四人の内一人が息子を探している途中に声を掛けてきたそうだ。するとまんまと騙され、残りの三人がいるこの路地まで連れて来られたと。もしかすると危うくとんでもない事件に発展していたかもしれないと思うと、やっぱり介入してよかったと思った。


「……で、三歳ってなると一人でそんなに遠くに行ってないんじゃねぇのか?」


「あたしもそう思う。ねぇ、一緒に探してくれない? あたしこんなこと初めてで」


「……分かったからそんなに気負うなよ。俺も探すから」


 勝ち気な表情だったのにみるみると萎れた花のように弱々しい姿になってしまった女に、俺は慌てて声を掛ける。派手な見た目の女だがちゃんと親ではあるらしくそれなりに責任を感じているようだ。俺はどうせしばらく自由時間だし、おそらく会場内にいるであろうこの女の子供を探す手伝いはお安い御用だ。

 ……この場を去ろうとしたとき、通りすがりの腕に“ボランティア”の腕章をしたおっさんが地面に散乱するゴミ類を横目に「これどういうこと?」と俺たちに聞いてきたが、そこはすかさず女が俺たちに非がないことをざっくばらんに説明してくれた。


 にしてもこの人混みで三歳児を探すって……騒音は苦手だけど、ここからその声を探し当てないといけないのか。少し億劫だが、頼られたからには仕方がない。



 女と並んで屋台の並ぶ通りを歩く。取り敢えず見失った付近まで戻ってきたが、それらしい子供は見当たらない。もう少し進んだところで、イカ焼きの屋台にいたおっさんに聞き込みをしてみた。


「そういやさっき泣いてる子供は見たぞ? さっきまであのテントにいたんだけどな」


 そう言って指を指したのはゴミ回収用のテントだ。ただし、今はそこには誰もいない。女がどういう状況だったのかとおっさんを問い詰める。


「ボランティアの学生さんが二人そこにいたんだよ。で、泣いてる子供の面倒を見てたんだ。一応スタッフ側の学生さんだし本部にも連絡してるんじゃない? 今はいないけど本部の方に行ってたりするんじゃないかなー、それかずっと子供泣いてたしあやすのに連れ出したとか」


 そう言えばさっき駒延の教師……佐藤を見かけたことを思い出す。あいつも腕章をつけていたはずだ。気は乗らないがまた見かけたら聞いてみるとするか。


「そうか……本部に行ってみないと分からないのね。その子がユウくんかも分からないし……」


「まァ行ってみようぜ、とにかく保護されたならいいことだろ」


 不安そうな女を励ましつつ、本部と呼ばれているステージ近くのテントを目指す。当然ながらステージに近付くほど人通りは多くなる。


 ふと、耳触りのいいメロディーが聞こえてきて顔を上げると、今のステージに上がっていたのは林藤のおっさんだった。ギターを片手に歌っている、あれは多分オリジナルソングだ。よくもまあ恥ずかしげもなくあんな風に歌えるよな……でも実際とんでもなく歌もギターも上手いし、観客は大盛況だ。


「……ちゃんと探してくれてる?」


 俺が思わず足を止めてステージの方を向いていたので、横にいた女が小脇を突いて言ってきた。眉間に皺が寄っている。……しまった、俺としたことがおっさんに気を取られてしまった。


「すまん。いや言い訳じゃないんだが、今あそこで歌ってるの知り合いなんだよ」


「え、そうなの」


 俺が言うと女もステージを凝視した。それから「すごいじゃん……」と関心したように呟く。どうやらおっさんの歌声には聞き入るレベルだったらしい、これで俺の気が散ったのもチャラだよな。


 とは言えだ、そんなやり取りをしてる場合じゃない。俺は再び辺りを見回してみる。俺は人よりも図体がデカいので、こうやって人混みを見渡すのには適している。子供、子供連れ……と、ふと。目立つ赤髪が目に入った。


「……なぁ、あの子供は?」


「え?」


「あそこにいる奴が子供抱えてる。ほら駒延の学ランの奴」


 少し小柄な赤髪の男は、あれは多分駒延の制服を着ていた。んでよく見ると腕にはボランティアの腕章がある、ってことは抱えてる子供は保護した子供ってことだ。

 その男子生徒の顔はここからじゃよく見えなかったが、抱えた子供と何やら喋りながらステージの方を向いている。子供は楽しそうに腕を振り回していて、俺からは顔がよく見えていた。女にその方向を指差して伝えたが、女は身長が足りず「え? え? どこ?」と背伸びを続けていたので、仕方なく腕を引っ張ってその方向に歩いて行く。


 そして赤髪の男を目の前にした時、抱えられていた子供がはっきりと俺と女を見た。それから「ママ!」と大きな声で叫ぶ。


 赤髪の男も俺を見た。そして相手も、俺も固まる。そいつは俺がよく知る相手だった。中学の頃によくつるんでいた同級生の、赤城翼だ。

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