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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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「あちぃ、ダルイ……」


 迎えた音楽祭当日、ボランティア員の腕章つけた私と赤城くんはゴミ回収テントの下でパイプ椅子を並べて見張りをしていた。ただ座って見ていればいいだけの仕事で楽だけど、本当にそれだけなのでとにかく退屈だ。赤城くんの悪態にも共感できてしまうので強く窘めることができない。


「気持ちは分かるけどあんまりガラ悪くしないでね、先生に怒られるし。私たち制服なんだし、風紀がどうのと学校にクレーム入れられたらたまったもんじゃないよ」


「今更オレらの学校の品位が上がるか? こんな場で、オレとお前で? 笑わせるぜ」


「まあ……上げるのは難しいけど下がるのは簡単だし。とにかく子供とかを睨むのをやめなさい」


 行き交う人々を眺めつつ、横の赤城くんと喋ることくらいでしか暇を潰すことはできない。一応出歩いたりしてもいいとは言われているけど長く席を空けてはいけないとも言われているし、ここに居座っていることが無難だ。赤城くんは時々スマホをいじったりしているけどそれでも退屈は紛れないようだ。


 音楽祭という名目だけど実際はお祭り騒ぎだ。開けた広場の中央にステージが設けられていて、様々な楽団やバンドが演奏を続けている。その周辺には屋台などが並んでおりたくさんの子供たちも訪れていた。

 佐藤先生は会場設営と交通整備、警備をしているらしく慌ただしそうにしている。私たちには軽い指示だけをして姿を消してしまった。何かあったら連絡してくれと言い残して。


「こんにちはぁ、高校生? ちょっとお聞きしたいんだけどいいかしら?」


 つられて私もぐだっとしていたところで上品なマダムが私たちに話しかけてきた。慌てて背筋を伸ばす。赤城くんは……面倒そうな顔は隠しきれていないけど、一応スマホはポケットにしまって座り方を直していた。やっぱり根は真面目だと思う。


 マダムは地域外からやってきた人のようで、建物の並びが分からなかったらしい。トイレの場所を聞かれたので説明すると、優雅にお辞儀をして去って行った。


「あのー、ドリンクってどこで配ってるんスか?」


「ドリンク!? ……は、えっとどこだっけな……」


「ステージ横の青いテント、酒は有料」


「青? お、あれか。あざっすー」


 マダムが去ると今度は軽そうなお兄さんがやって来る。私が把握していなかった情報に狼狽るとすかさず横から赤城くんが口を挟んでくれた。お兄さんは足早に雑踏の中へ消えて行く。


「……なんかオレら何でも屋になってね?」


「ボランティアの腕章つけてるし多少は仕方ないかと……「すいませーん」はーい何ですか!?」


 と、今度は通りすがりの人からゴミの捨て方の質問が飛んでくる……私がその一人を対応している間、赤城くんも別の人から演目についての問い合わせをされていた。「向こうに看板立ってんでそっちを見てください。あ? なに? 椅子?」……苛立ちというより焦りを感じる口調の赤城くんの会話が聞こえてくる。


 そしてしばらくして、ついに現れたのが。


「うわーーーーんママぁぁああーーー!!」


 私たちのいるテントの目の前で座り込み、泣き叫ぶ推定三〜四歳くらいの男の子。当然ながら周辺に保護者らしき人物はおらず、周りを歩く人々も男の子をちらりと見るだけで颯爽と歩いて行ってしまう。


「おい泣いてんぞ」


「いや……これは流石に私たちの手には負えないよ。とりあえず佐藤先生に連絡して――」


「うああああ! あああああああ!!」


「……チッ、うるせーな」


 赤城くんも見過ごせなかったのか私を肘で小突いてくる。確かに見過ごせないけど、迷子の扱いまでは私たちも聞いてた訳じゃない。ひとまず先生を頼るべく電話を掛けてみようとするけど、その間にも男の子の泣き声は次第に大きくなる。

 見兼ねたらしい赤城くんが大きなため息と共に椅子から立ち上がった。そのまま子供の元へ歩いていくと……何をするのかと私も固まって見てしまったけど、赤城くんは頭をガシガシと掻きながら傍らに膝を付き、「おい、こっち来い」とぶっきらぼうにも柔らかな口調で話しかけたのだ。


「お前の母ちゃんいなくなったのか?」


「グスッ――わ、わかんないぃぃ」


「父ちゃんとか兄ちゃんとかいねーのか?」


「ママしか知らないぃぃぃ」


 やれやれ、と赤城くんは肩を落とすと、ひょいと慣れた動作で男の子を抱き上げた。随分と様になる、あまりにも慣れていた所作だった。私はあんぐりと口を開けてしまう。


「おい、ぼさっとしてねーで佐藤と連絡つかねーのかよ」


「あ……うん、電話してみたけど出ないね」


「んだよ肝心な時に役立たずが。取り敢えずガキンチョはここに置いとくぞ、はぐれたのがこの辺なら親が戻ってくるだろ。それか佐藤から折り返しくるかもしれないし」


「うっうああああああん!! おなかすいたあああ」


 赤城くんに抱えられた男の子は未だ泣き叫んでいる。が、赤城くんに対して怯えている様子はないどころか彼の制服の襟元をガッチリと掴んで身体を預けているように見える。そして赤城くんは片腕で男の子を支えていて、空いた片方の手でスマホをいじっていた。そのまま元の場所……テント下のパイプ椅子に腰掛ける。


「赤城くん、なんか慣れてない? 気のせい?」


「あー? 気のせいだろ。おい、いい加減泣き止め。泣いたってどうにもなんねーよ」


「グスッ、ううっ」


 私は佐藤先生に電話したけど応答がなく、仕方なく赤城くんの隣に腰を下ろした。男の子と目が合ったので、ぎこちなく「お名前はなんていうの?」と聞いてみると「ユウヒ」と掠れた小さな声で答えてくれた。


「そんな広い会場じゃねーしすぐ見つかんだろ。おいチビ、お前うるせーぞ、静かにしとけ」


 赤城くんは口は悪いが子供を脅すような低い声ではなく、あやすような口振りで語る。ユウヒくんは鼻をすすったりしゃくりをあげたりしているけど、先ほどよりは随分と落ち着いたようで赤城くんに身を委ねていた。……間違いなく子供の扱いに慣れている……!


「あっちがいい……」


「あー?」


 ユウヒくんはこの状況にも慣れてきたのか、小さな指を空中に向けてそんなことを言った。彼の視線の先は……ここからは離れた遠くに見えるステージの方向だ。今は二人組がギターを弾き語りしている。


「お前、迷子だって自覚あんのか?」


「……あっちがいい……」


「なんであんなもんがいいんだか」


 赤城くんが面倒そうに眉間に皺を寄せると、ユウヒくんは再び眉を下げて目を潤ませた。嫌な予感に私たち二人は顔を見合わせる。


「私がここにいるから、赤城くん連れて行ってあげたら? そっちにママがいるかもしれないし、お母さんらしき人がここらへんに現れたら私が声を掛けるよ」


「……あー、じゃあフラフラしてくる。多分すぐ戻るけど。あと佐藤から連絡あったら教えろよ。ん」


 かったるそうにしながらも立ち上がった赤城くんは言いながら私へ自分のスマホを差し出してきた。突然の動作に面食らったが、画面を見るとメッセージアプリの友だち追加画面だった。赤城くんの意図に気付いた私は慌ててスマホのカメラでQRコードを読み取る。


 私がアプリの操作を終えたのを確認したらしい赤城くんはそのままユウヒくんを担ぎ上げたままステージの方向へ歩いて行った。その背を眺めていると、赤城くんはユウヒくんへ何か話し掛けているようだ。ユウヒくんもすっかり赤城くんを信頼しているようで楽しそうにしている。何だか、兄弟のように見えてほっこりした。


 ……あらためて私のスマホの画面を見ると、赤城くんのアカウントが表示されている。どこかで撮ったのか高そうな車の写真をアイコンに、名前は「翼」……赤城くん、下の名前は翼っていうのか。今更ながら初めて知った。

 流れで連絡先を交換したけど、まさか私が信号機トリオの一人と“友だち”関係になるとは……人生って分からないものだなあ、と感慨深く思った。



 赤城くんたちが去ってから数分後、佐藤先生から折り返しの電話があった。軽く状況を説明すると、本部にも迷子の呼びかけをしてくれるとのことだ。とにかく赤城くんたちが戻ってきたらその場にいてくれればいい、ということだった。その旨はメッセージで赤城くんに申し送り済みだ、既読つかないけど。


 私は相変わらず道行く人に道を尋ねられたりしていたけど、しばらくすると人の往来が落ち着くに伴ってのんびり過ごすことができていた。……けど、それもそう長くは続かなかった。


『茂部、悪いけど裏通りでひと悶着あったみたいで地面がゴミだらけらしいんだ。トングと袋渡しといただろ、それでちょっと掃除しといてくれないか?』


 電話口から聞こえる佐藤先生の申し訳なさそうな声色に、そんなの従うしかなかった。道具を片手に指定された場所へ向かう。裏通りか……こんな日だけど、やっぱりこういうトラブルはつきものなんだなあ。

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