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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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「最近、どうやら坊主が俺に隠れて楽しげなことをやってるみたいでな」


 例のボランティア活動日、というより市開催の音楽祭の前日だけど。いつものように平日の放課後、アルバイトとしてメゾ・クレシェンドにて雑務に勤しんでいたところ、客足が少ないタイミングで竜さんがカウンターで寛ぎながらそんなことを言った。


「詠ちゃんも気づいてんだろ〜? あの野郎、最近めっきり顔出さなくなりやがった。そりゃ高校三年生、大事な時期だってのは分かるけどよ。にしたってさぁ」


「確かにしばらく会ってないですけど……えーと、その口振りだと竜さんなんだか拗ねてます?」


 坊主、即ち新平くんのことだけど、竜さんの言う通りしばらくこのお店に彼は訪れていない。私が新平くんと会って話すタイミングと口実と言えばこのお店くらいだったから、自ずとその期間私も彼と会ってすらいないことになる。

 ……ちょっぴり残念な、いや寂しさみたいなのはあったけど、あまり考えないようにしていただけに改めて言われると「そういえばそうだな」くらいの温度感だ。いやだって新平くんのこと考えるとほら、集中できないし。


 そして竜さんだけど、新平くんが来ないことがどうやら不服の様子。私にとって疑問なのは、竜さんは新平くんが忙しくしている事情(・・)を知っていそうな口振りであることだ。何故なら私はさっぱりだから。


「いやー本人から直接さ、こう。ちゃんと報告を受けたいんだよ俺は。だから待ってんだよずっと。だのにもう数日、数週間、どころか数ヶ月。俺は悲しいよ。タカを経由して聞いちまった時のあの切ない感情をラテの風味にしてあいつに味わわせてやりてぇよ。はぁ」


「ちょっと話が見えないですが、タカ……中言先生が関わっているということは学校関係の……?」


「そうか……詠ちゃんも特に坊主から聞いてたりしてる訳じゃないんだな。んだよもう、水臭いったらありゃしねぇ」


 竜さんは大きなため息と共に分かりやすくその場に項垂れた。でも話す内容は私にとって未だ要領は掴めず、一体新平くんが何を隠しているのか分からず終いだ。多分、私の頭の上にはたくさんの疑問符が浮遊していることだろう。


 お店に顔を出さない、忙しくしている事情があるってことだよね? 何だろう、色々考えられるけど。竜さんもさっきチラリと言っていた、私たちは高校三年生だし進路のことでとにかく忙しい時期だ。だからまあ何かしらに取り組んでいると考えるのが自然ではある、けど。テスト期間じゃないならこんなに竜さんが落ち込む理由って?


「竜さんは一応理由を知ってはいるみたいですね?」


「ああ、まぁな。でも俺もタカからあいつが今置かれてる状況を聞いたってだけで、本人が何を思ってどんなことをしてんのかまでは分からん。にしても詠ちゃんならある程度知ってんじゃねぇのかなと思って話振ったんだが、まさか何も聞いてないとはなぁ」


「……いやだって、ほら、私は学校も違うしそんな頻繁に連絡も取らないし。他人も他人なので何も知らないですよそりゃあ……」


 ああ、少し卑屈なことを言い過ぎたかもしれない。慌てて口を噤むも、竜さんは片眉を上げてから困った様な顔になって「なんか、すまん」と言ってきた。なんで謝るんだろう。それを聞こうとしたけど、何となくそれ以上を言及したくなくて口を結んだ。


「知りたいかい?」


 すると竜さんは困り顔から一転、やたらと楽しそうな含み笑いと共にそんなことを聞いてきた。その質問の意図が分からず今度は私が困り顔になる。


「……気にはなりますけど、なんでそんなに面白そうにしてるんですか?」


「ああいや、すまんすまん。他意はないさ。でもあれだ、坊主はきっと俺にも詠ちゃんにも、本人のタイミングで直接言おうとしてくれてんのかもしれないな」


 にっこりと、先ほどまでの拗ねたような態度が嘘かのように晴れやかな表情で竜さんは言う。私と話しながら自分の中の結論に行き着いたらしい。カウンターに腰掛けていたところをゆっくり立ち上がると、壁に立て掛けていた年季の入ったギターケースにぽんと手を置いた。


「まぁその内ひょっこり現れるだろ。詠ちゃんも楽しみにしておくといいさ」


「ええ……教えてくれないんですか?」


「俺もタカ経由で聞いただけで確信がある訳じゃないしさ。それか詠ちゃんが直接聞いてみるのもアリだな。俺は何となくあいつ本人から言ってほしいからずっと待ってるだけだから」


 竜さんはそう言って、何やら左手の手のひらに右手の人差し指を向けてすいすいと動かす手振りを見せた。どういうことかと思ったけど、すぐにスマホのことだと結びつく。そう言えば竜さんはガラケー派だった。なるほど、便利なスマホで連絡してみろという意図だろう。……いやそんなこと言われても。新平くんにだって事情があるように私にだって事情はある、そう簡単に連絡が取れればどんなに――まぁ、変な言い訳をしてそれを追求されても困るので、私は目を逸らして誤魔化すことにする。


「そう言えば明日、音楽祭ってことで竜さんも何かに携わるって聞いたんですけど。出店でもするんですか?」


「ん? おお、それは聞いたのか。まぁな、運営陣とは昔からのよしみで時々手伝ってんだ。明日は普通に音楽仲間として携わるって感じだぜ」


「へええ、それじゃあ演奏でも?」


「もしかしたらあるかもな。いや、予定にはないぞ? でもこういうのってその場のノリで色々あるもんだから」


 聞きながら私は店内に貼られた小さめのポスターに目を向ける。一応、広告として街中にポスターが掲示されているのは数日前から目にしていた。こうして、このお店にも当然貼られている。少し調べたところどうやらこの音楽祭はこの街にとって恒例行事のようで、数年に一度と毎年ではない不定期に開催されているようだ。ということは竜さんも昔からこのイベントには携わっている要人の一人なのかもしれない。


「明日、佐藤先生の手伝いでボランティアとして参加することになったんです。仕事と言えばゴミ拾いとかその程度だとは思いますが、とにかく私も楽しめたらいいなと思って」


「おお、そうだったのか? なぁんだもっと早く言ってくれれば、詠ちゃんのステージ枠も用意したのにな」


「いやいやどうしてみなさんそんなに私に楽器やらせたがるんですか、ただの素人に。それに佐藤先生に誘われたのも突然なのでほんと今週ですよ、手伝うのが決まったの。名目上では内申点目的と、クラスメイトのサポートがメインですけどね」


 そして先日の赤城くんとの会話で、赤城くんがこのお店と竜さんのことを知っていたと話していたことを思い出した。その話をしようかとも思ったけど……竜さんが赤城くんのことを覚えているか分からないし、こっ酷く叱られたエピソードしか聞かなかったからいい思い出かも疑問だったので、ここで余計なことは言わないことにした。


 そこで一旦会話が途切れる。お客さんはいないタイミングだったし、店内に流れる音楽だけが耳に流れてくる。私がテーブルの掃除を終えて食器洗いでも始めようかとカウンターに戻ると、竜さんがお店の入り口である扉に目を向けたまま口を開いた。


「昔と比べたら常連も減ったんだよな。この店」


 少し嘆くような口振りだったけど、竜さんの表情はとても穏やかで昔を懐かしむような感情が強いように見えた。思わず寂しさを口にしてしまった、という感じだ。


 ただ――そのあとに出た言葉には耳を疑う。


「後腐れなく引退できるのはいいことかもな。客に変な義理とかで気を遣わせるのも悪いし」


「……なんか、まるで店じまいをするかのように聞こえるんですが……」


「ん? あれ? 言ってなかったか? 来年の三月いっぱいでこの店は畳むんだ。建屋も借りてるもんだったしさ」


「ええ!?」


 言ってるも何も初耳である。私が驚愕の声をあげると竜さんが「すまんすまん」と笑いつつも気まずそうに視線を逸らした。……冗談とかじゃないんだ。そうか、本当に……


「詠ちゃんも高校卒業してからの進路があるし、その頃にはバイトも終わりだろ? 俺は長らく地元の学生には世話になったし、そのタイミングが一番キリがいいかと思ってな」


「な……なんで辞めちゃうんですか? 確かに常連は減ったかもしれないですが売り上げも悪くないのに」


 私も寂しいという気持ちが大きくて、思わず引き止めるかのような口調になってしまった。でも理由は純粋に知りたい。


「つまんねぇ理由だよ。そろそろ俺も歳だし――」


 竜さんはくくっと笑うと、傍らの壁に立て掛けてあるアコースティックギターの弦を撫でながら言う。


「――夢、追いかけることにしたのさ」


「めちゃくちゃ面白い理由じゃないですかどういうこと?」


「旧友、つっても俺と同い年のと、あと昔馴染みの後輩とバンドやることにしたんだよ。そいつらは元々バンドやってたんだけど俺は時々ゲストでステージ呼ばれてたりしててな。ずっと正式加入誘われてて、いい機会だし混ざっちまうことにしたんだ。俺がメンバー入りすることでインディーズからメジャーデビューするんだとさ」


「す、すごい」


 最初は何だかネガティブな事情かと思ったけど、全然そんなことなかった。そう語る竜さんも子供みたいにはしゃいだ笑顔で楽しそうだし、付き合いとかじゃなくて本当に夢を追う決断をしたんだと思う。……寂しいのは寂しいので、楽しそうな竜さんを横目に少し羨ましいと思ってしまった。いいな、夢があるって。


「バンドの活動域が俺の出身地でさ、この期に帰郷することにしたのさ。息子もそっちに家があるし。まぁ寂しくはなるが、時々帰ってくるつもりだからその後も懇意にしてくれよ」


「……この街でも時々ライブやってくださいね、グッズ買い揃えますので」


「もちろん」


 竜さんはこのあたり出身の人じゃなかったんだ。というか息子さんのこともしれっと……結婚してたのかとか、どういう事情でここにお店を構えていたのかとか……色んなことが気になったけど、それを追求しようとは思わなかった。


 竜さんは楽しそうに、そして晴れやかな表情で夢を語る。だったらその門出は純粋に応援したいと思った。……来年の三月ということで、まだ半年以上先のことではあるけど。早々にしんみりした気分になってしまった自分の感情を何とか追いやって、頭を切り替えようと首を軽く振ったりしてみた。

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