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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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6(西尾新平)

 新学期が始まった次の日、時間帯で言うと二時間目の授業が終わった休み時間のタイミング。教室でぼうっとしてた俺の目の前に、一人の女が現れた。


「あなたが西尾新平さんですね?」


 自分の机でスマホを弄っていた俺は、そんな風に自分の頭上から振ってきた声に顔を上げた。そこにはいかにも真面目そうな、分厚いレンズの黒縁丸眼鏡に長い黒髪を三つ編みにしている女子生徒が俺を見下ろしていた。その地味な顔立ちに見覚えはなかったので、別のクラスの奴だとすぐに分かった。


「……なんか用か?」


 周りの連中は俺たちのことなんて気にも留めていない様子だったけど、普段俺とつるむ数人のダチは珍しい組み合わせに少し離れた位置から俺たちの様子を窺っているようだ。というのも、この眼鏡女子は妙に威圧感を出して俺のことを見下ろす……というより睨みつけていたからだ。


 眼鏡女子はよくありがちな、指で眼鏡を押し上げる所作をしてから言う。


「私は隅谷(すみや)。三年二組のクラス長です。また――姫ノ上学園吹奏楽部の部長も兼任しています。以後お見知りおきを」


 そう名乗った眼鏡女子こと隅谷はどうやら隣のクラスの生徒らしい。そこで思い出した。隅谷……聞き覚えのある名前だ。確か定期テストの張り出されてる結果で、常に上位にその名前があった気がする。いや上位どころか一位か二位だったはずだ。――名前に聞き覚えがあったのは、俺の弟ことキョウが時折その名前を出していた。何を隠そうあのキョウと一位、二位を争っている唯一の相手なのだと。


 あとは最後に少し溜めてから言ったことで妙に納得した。なるほど、吹奏楽部……つまるところ、色々思うこと(・・・・)があって俺を尋ねてきたって訳か?


 ほんの少しだけ厄介事の気配がした俺は、時計をチラ見して時間を確認する。次の授業まで残り八分……こっちを見てるのは数人のダチ。万が一会話の内容を聞かれたら面倒なことになる気がする。


「廊下で話すぞ」


「……意外と察しが良いのですね。承知しました」


 何やら含みのある口振りだったが、隅谷も俺の提案には賛同してくれたようだ。少し怠い気分だったが、ここで話が拗れたりすると変な噂が立つかもしれないし。ひとまずは教室の外、あまり人が集まっていない位置に陣取って改めて隅谷と対峙する。



「で、要件は?」


 廊下に出るとまた別の視線を浴びることになったが、周囲の騒がしさのおかげで会話を盗み聞きされるような心配はなさそうだ。傍から見れば俺が女子を恫喝しているように見えなくもないだろうが、隅谷があまりにも堂々とした立ち振る舞いをしているから多分大丈夫だろう。


「まず、あなたには四月一日付で吹奏楽部へ加入した事実があります。あなた自身にこのご認識は?」


「まァ……あるな」


「そうですか。ならばその点は安心しました。私を含め、在籍している部員はつい昨日の部活動で顧問からその事実を聞かされたものですから。新一年生の仮入部準備で忙しいこの時期に、本人が顔を見せる訳でもなく、ただ口伝えで途中入部する部員がいると」


 淡々とそう語る声色に感情も抑揚もないのがちょっと不気味だった。俺は分かりやすく気まずさが顔に出ていたと思う。感情は見えなくとも、口振りからして俺の存在自体に納得できていない様子だったからだ。

 というか中言、俺がその話に了承したのは二週間も前のはずだが……なんで事前に部員に知らせてないんだよ。いや俺も、了承はしたがあれから全然連絡ないなとは思っちゃいたが。突然新しい部員が四月から入るってその四月の頭に聞かされたんじゃあどういうことかと困惑するのは当然のことだ。


「入部、っつうか夏のコンクールまでの応援みたいなポジションのはずなんだが。それ以外の活動には参加することはねぇよ」


「実質三年生の引退までの付き合いであればそれは途中入部ということでしょう。……今日、私たちはコンクールに向けての譜面が配布される予定です。それにはあなたも同席する義務があります。同時に、私たちへの自己紹介も」


「はァ?」


 偶然だとは思うが、そこでギラリと隅谷の分厚い眼鏡が反射した。そのレンズの向こうから覗く切れ長の視線が鋭く俺に突き刺さる。これは……間違いなく俺のことが目障りなんだろう。というか、不審に思うのも当然だとは思う。


 ……とは言え。いきなり押し掛けられてこんな風に上から物を言われる謂れもない。そもそも俺の話を事前に部長へ展開していなかった中言の落ち度だし。


「随分と急だな。そりゃ応援するって了承したのは俺だが……楽譜はもらうけど、いつ部活に顔出すかは俺が決める。元々そういう約束だったはずだが」


「そうですか。ならば言い方を変えましょうか。――例え中言先生が認めたとしても、実際に音楽を作るのは私たち部員であり演奏者です。つまり、私たちはあなたのことを認めることはできません。認められないあなたを受け入れるつもりもないということです」


「……そう来たか」


 これは……予想していなかった訳じゃねぇが、本当にこうなるとは。いや、俺が何かしらの噂や評判で一部の……特に女子から変な偏見やらを持たれてビビられるってことは今までもよくあった。だから女子の多い吹奏楽部で俺が受け入れられるかどうかは正直微妙なラインであるってことは分かっちゃいた。だけどそれは顧問の中言が上手いことやってくれるもんだと思ってたんだがな。


 隅谷――こいつが吹奏楽部の部長ってことで多分、部員全員の総意を今こうして述べているってことだろう。そして俺はそいつらからはっきりと拒絶されている、ということだ。


 ……はァ。これだから団体競技ってのは。


「今日か。今日は――まァ、バイトはねぇから顔出すくらいなら……」


「挨拶だけで私たちの信頼を得られるとは思わないようにお願いします。私たちはつまるところ実力主義です。この忙しい時期に初心者同然の新入りの面倒を見る余力すらありませんから。あなたが現在の吹奏楽部にとって取るに足る人物なのか、それを示していただく必要があります」


「うぜぇ……じゃなくて、わァったよ。ったく」


 思わず本音が零れるとまるで蛇のような睨みをこちらへ利かせてきたので慌てて訂正する。こいつ……背丈は小さい割にさっきから変な圧を感じる。俺が見下ろしているはずなのに見下されているような感覚がある。この妙な威圧感……そういや、キョウと似たような印象があるなと思う。あいつはこんなに言葉強くないけどよ。勉強ができる奴ってのはそういうもんなのかもしれない。


「にしても本当にいきなりだからよ、俺ラッパ持ってきてねぇぞ」


「ラッパ? ……担当楽器はトランペットですか?」


「それすら聞かされてねぇのかよ。あいつ、中言にも文句言ってやらねぇとな」


「西尾さん……ご自分でトランペットを保有していると、そういうことですか?」


 そこで、俺を見る隅谷の目つきが少し変わったような気がした。……本当に一瞬そんな気がしただけだ。相変わらず視線は厳しい印象のまま。ただ、やっぱり俺がラッパ担当だってことが意外だったらしい。

 問い掛けには小さく頷くことで応える。そうすると隅谷は眼鏡の縁に指を添えて「なるほど」と呟いた。そして狙っているかのようにレンズが光で反射して目が見えなくなる。……本当に狙ってんのか?


「そう、ですか。これは少し予想外でした。てっきり軽音楽を齧った程度のバンドかぶれがやってくるものかと。……トランペットなら部で保有しているものがいくつかありますので、いくらでも貸し出すことはできます。これで問題ありませんね」


「放課後は音楽室に行きゃいいのか?」


「……いえ。第二棟の三階、旧視聴覚室は分かりますね? あの教室へ来てください。音楽室は今日二年生へ部活見学希望の一年生を迎え入れるために構えているよう頼んでいます。あなたの件は私たち三年生が対応します。中言先生もひとまずは立ち会うことで了承を得ています」


 情報量が多い。けど、旧視聴覚室か。確かにあの部屋は音楽室以外で防音設備が揃ってる数少ない部屋だ。吹部が練習場所として使ってるってんのも納得する。


「リョーカイ。話がそれだけならもういいな? お前も次の授業があんだろ。クラス長が遅刻じゃ示しがつかねぇだろ」


「無用な心配です、時間管理はしておりますので。それより私のことはクラス長ではなく部長と呼んでください。あなたは私のクラスの所属ではないですから」


「細けぇな……分かったよ、『部長』。じゃあな」


 俺が言い終えると同時に隅谷改め部長は小さく鼻を鳴らすと、踵を返してツカツカとその場から去って行った。背筋はピンと伸びていて早足だ。典型的な優等生、という言葉がよく似合う。

 教室の時計に目を向けると休み時間はちょうど残り三分。この会話は時間にして五分……か。時間管理してるとか言ってたけど、ちゃんと計ってたなら大したもんだ。



 教室に戻ると案の定、ダチから一体なんの話だと声を掛けられた。……遅かれ早かれこいつらにもバレることだろうが、俺が吹部に加入するってことはこの場ではまだ伏せておくことにした。取り敢えずは適当に「野暮用。キョウに関すること」などと言って誤魔化すことにした。

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