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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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「テメー……着いて来んじゃねーよ」


「そんなこと言われても私も帰り道こっちだし」


 で、どうしてこんな……私が赤城くんと小言を言いながら帰路につくことになったかというと。あれから怪我の手当もしっかり終わって、先生への報告も終わって……同時に帰された私たちは自ずと二人揃って校門を出ることになった。

 私は自分の家に向かって歩いていただけだけど、赤城くんも方向的には同じだったらしい。なので自然と一緒に帰ることになってしまったのだ。


 赤城くんはまだ顔が腫れているし全身傷だらけで時々顔をしかめている。たまにすれ違う人もぎょっとしてササッと顔を背けているから、悪い意味で目立ってしまっているし。


 残念ながら私の家はまだもう少し先だ。赤城くんは多分駅に向かっているのかな。この顔で電車に乗るのか……またそこでも目立ちそうだけど。

 お互いに気まずさとかは特にない。たまに赤城くんもウザったそうにしながら話しかけて、というより文句垂れてくるくらいだし。なので私もふと気になったことを聞いてみることにした。


「ねえ赤城くん、どうしてあの二人と仲違いしたの?」


「あ……? テメーに関係ねーだろ」


「それはそうだけど、もしかしたら今日のことで顔覚えられちゃってたら今後は関係なくなってくるじゃん」


「知らねー。それが嫌ならそもそもあの時変に構わねーで逃げてりゃよかっただろーが」


 ……確かにその通りだ。思いの外ド正論でなにも言い返すことができなくなってしまった。でも……あそこで彼のことを見捨てるような真似も正しいこととは思えない。結果的に東条くんも出てきてややこしいことになってしまったのは事実だけど。


「っつーか。テメーも、東条の“キープ”じゃねーなら何なんだよ?」


 少し声のトーンが落ちた赤城くんが聞いてきた。目線は合わない。でも、私が変に黙ってしまったことで赤城くんは少し気まずくなってしまったようだ。そこでスタスタと歩いて行ってしまうのではなくこうして会話を続けてくれるとは、やっぱり案外彼は性根の悪い奴ではないのかもしれない。


「そのキープっていうのが何なのか私も知りたいところだけど、少なくとも仲は良くないよ。なんだか行く先々で偶然に鉢合わせたりして、不運にも顔と名前を覚えられちゃってるだけ」


 これは事実だ。それを聞いた赤城くんも分かりやすく訝しげに、眉をぐっとひそめて眼光鋭く私をじろりと見る。というか“キープ”ってなに? それが気になる。赤城くんは私をキープだのと決めつけているみたいだけど、それが一体東条くんにとってどんな存在なのかを把握しないと。


「東条は、女使って色々情報集めてんだよ。金もそれで集めてる。ったく何があんなヤバイ奴に擦り寄るんだか理解できねーよ。だからテメーもその一人なんだろうと思ってたけど、違うってんならざまぁねーな」


「その口振り、女って複数形で言ってる?」


「たりめーだろ」


 なるほど、妙に納得した。いやだとしても冷静じゃいられないけども。東条くんがたくさんの女の子を侍らせて噂を集めている……実のところ、これはゲームでもそんな設定があった。

 そもそも東条ダイヤは攻略対象キャラの中でも一際のお色気担当というか、一番ディープなシーンが多いキャラだ。その分彼のルートでは、東条くんの恋人を名乗る複数の女子によっていざこざに巻き込まれるというイベントがちょこちょこあったイメージだ。実際にプレイしたことはないけど。


 と、まあ……それはゲームの話で、そもそもゲームで東条くんは姫ノ上学園の生徒だし、状況が違っているけど。それで赤城くんも私がその一人だと思ってたってことね……それは心外だけど、東条くんのキャラを思えばそれは無理もないことの気がする。


「つーか、キープじゃねーなら。目ぇつけられてるってことだろ? あの東条に。名前まで覚えられて」


「……だとしたら悪い意味で、だと思うけど。だって会う度になんか妙に威圧されてる気がするし」


「オレが言えたことじゃねーけど、あのヤローは女だけじゃなくてなんかヤベー大人とも繋がってるからマジで関わるもんじゃねーよ。はぁ、だからオレはあんな奴に因縁つけるなんて真似反対したんだ……」


 後半部分は呟きにも近いような声色で、吐き捨てるようにそう言った。視線も地面へ落とされている。それは愚痴のようにも聞こえたけど、落胆や悲痛の感情が入り混じっているようにも思えた。表情は険しいままだけど、顔に残る生々しい傷がそれを強調させてしまっている。


「赤城くん、というか君たち三人組は東条くんに喧嘩をふっかけて、返り討ちにされてから手下みたいになっちゃってたの?」


「テメー、言葉を選べよ」


「あ、ごめん」


 ぎろりと睨まれる。反射的に謝ったけど、赤城くんの反応はそれだけだったのでつまり肯定ってことでいいんだと思う。ああそうか、去年の入学式の時のあの事件以来から……。


 それでいて、さらに気になるのはどうして他二人が赤城くんのことをボコボコにしていたのか。それも、東条くんの指示で?


「東条くんのせいで他の二人からもあんな扱いを?」


 さっき保健室で聞いた時も、そしてさっきもはぐらかされてしまったから真意は聞けていない。答えてくれるか分からなかったけど、もう一度聞いてみた。


 赤城くんは怒るか黙るか、そのどちらかかと思っていたけど。私の問いかけには、目線を横に流してから小さくため息をついて、肩を落として見せた。


「その通りだけど、きっかけは……オレが……」


 そこまで言ってガシガシと頭をかき回す。それから舌打ちして、また今度は大きなため息の後に続ける。


「オレのノリが悪かったから。酒も煙草も女も、ヤベー大人……つっても大学生? だけど、それに連れられてヤバそうな店に行かされたり。それをオレだけが拒否し続けてたらああなった。そういうのは多分センコーにバレたらまずいようなヤツだろうし、実質弱みみたいなもんだ……東条にとってダメージになるか知らねーけど。だから、躾だって言って毎回ボコされるんだよ」


 思いの外、赤城くんは赤裸々にそう語ってくれた。何ともまあ衝撃的な……と、それについて考察する前に。やばい店って一体どんなやばい店なんだろう。それ、その事実だけでも私が知っちゃったってもしかしてまずいんじゃあ……。


「テメーはどうやら東条に目ぇつけられてるし、どっちにしても手遅れっぽいから言うけどさ。東条、あいつはマジで正気じゃねーし、何考えてるのか分かんねー。分かりたくもねー。ああホント、なんでオレがこんな目に」


 突然赤城くんが本音を曝け出してくれたのは、どうやら私もまたやばい泥沼に片脚を突っ込んでいる同類だからだと思われたかららしい。……その通り、なのかもしれないけど。色々と複雑な気分だ。だけど……


 ……赤城くんの話を聞いて、ますます東条ダイヤという存在が不穏になる。関わりたくないと思っていてもどこかで出会ってしまうし……何より、ゲームの設定から何もかもが逸脱していて考えが読めない。それでいて危険な予感しかしない。

 そして赤城くんも相当参っている様子だし、これには同情せざるを得ない。……見方を変えれば他の二人……金沢くんと青葉くんと言ったっけ。彼らも被害者ではあるのかもしれない。


 ふと一年生の時、姫ノ上学園の文化祭に行った時のことを思い出した。私が覆面をして信号機トリオに立ち向かった時のことだ。

 私はあの時金髪……金沢くんに締め上げられたけど、確か赤城くんは他の二人を止めるような素振りを見せていたような気がする。赤城くんだけ三人の中で一際小柄で、少し控えめな印象ではあった。いやガラは悪かったけど……。


「チッ……話し過ぎた。つーかテメーはマジで一体いつまで着いて来んだよ?」


「ん? ああ……私はもう家に着くよ。ほらあの家」


「家? どれだよ」


「あれだって」


 住宅街の一角、我が家が前方に見えてきたので私は指を指す。けど、赤城くんは一体どれが私の家だか分かっていない様子だ。

 少し近くなってもう一度示すと、赤城くんはあんぐりと口を開けて我が家の玄関を見ていた。やっぱりみんな、私の家を見るとまるで信じられないものを見るような目になるんだなあ。そんなにボロ小屋かなあ……?


 とにかく私は家に着いたので、赤城くんはこのまま駅へ向かうのだろう。「また明日ね」と言うと、赤城くんは数秒だけ立ち止まって私をじっと見て、一瞬表情がぴくりと動いたかと思うと特に何かを言うこともなく背を向けて歩いて行ってしまった。


 その背中を見送ってから、私は家に入った。

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