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私たちが保健室へ辿り着くと、お茶菓子で一服中のおばちゃん先生が慌てて出迎えてくれた。ブレーク中に申し訳ない。
私たちが三年一組であることを伝えると、おばちゃん先生はすぐに内線で職員室に繋いで誰かを呼んだ。
それが誰だったのかはすぐに分かった。ものの五分もしない内に保健室へやって来たのは我らが担任、佐藤先生だ。椅子に座らされ、早速包帯でグルグル巻きになっている赤城くんを見てはやれやれと肩を落としている。そして、その傍らに私がいたことで先生は目を丸くさせていた。
「またお前か赤城、にしても今回は派手に……いやそれより茂部も一緒とは、お前さんもどこか怪我したのか? 大丈夫か?」
「私は大丈夫です。彼を運んだだけなので」
私が答えると、先生はさらに怪訝そうに首を傾げては私と赤城くんを交互に見やる。
「なんか……意外な組み合わせだな。赤城、お前もついにクラスメイトに心を許したんだな。心機一転、お前も今年は進学クラスの一員としてこれからは……」
「うっせーな、こいつが勝手に構ってくんだよ!」
と、怒鳴り声。あまりの声量に私も佐藤先生もびっくりして思わず黙り込んでしまった……けれど、これだけの声が出せるならどうやら体力は無事に回復してきている様子だ。なんだ……思ったよりピンピンしてるじゃん。
「佐藤先生にお伝えしたいことがあるんですが」
「どうした?」
「今に至った経緯についてです」
私がおもむろにそう言うと、おばちゃん先生はお茶菓子を片手に「私は職員室へ行ってますね〜」とそそくさに出て行った。先生なりの気遣いだろうか、それとも校内の面倒事に関わりたくなかっただけなのか……。とにかく、赤城くんの応急手当はしっかり終えてくれたみたいだしまあいっか。
私が切り出したことで佐藤先生は小難しい顔をして近くの椅子に腰掛けた。そして私にも座るよう促してくる。一度チラリと赤城くんのことを横目に見ると、彼は不機嫌そうな顔を隠しもしていなかったけど席を立つ様子はなかった。一応……同席してくれるらしい。というか居てくれないと困るんだけどね。
「詳細は赤城くんの口から聞きたいところなんですけどね。私はほぼ知らないと言っても差し支えないレベルなので」
「あ? どうだかな。テメーも東条のキープか何かなんだろ!」
「声でか……じゃなくて、キープ?」
何だか聞き逃せない単語が飛び出たような気がするけど。要領を得ない私に対して、赤城くんは敵意剥き出しの表情で私を睨みつけている。こうして見ていると本当に野良猫……いや言ってる場合か? ただまあ、赤城くんが童顔なのと小柄、そして今は手負いの状態であるせいか全く迫力がない。だからこそ私も臆せず話せる訳で。
「あー、ちょいちょいちょい。茂部、取り敢えずはお前の話から聞かせてくれや」
佐藤先生が割って入る。そうだ、一番訳も分からず混乱しているのは先生だ。と言っても先生は昨今の校内事情で色々と察しているところはあるのだろう。たった今も赤城くんの口から「東条」って言葉が出たし……すでに疲れた顔をして肩を落としている。
「私は帰ろうとしたところで偶然にも喧嘩の場面に出会してしまっただけです。正しく言えばそこにいる赤城くんが一方的にボコボコにされているところでしたが」
「な……っ、お、オレだって好きであんな状況になった訳じゃあっ」
「それは当然分かるんですが、君のことを押さえつけて蹴っていた二人は……名前は知らないけど金髪と青髪の、赤城くんがよく一緒にいた二人だったよね? で、あとから現れたのがさっきも言ってた東条くん。この“三人”が君のことをイジメていた、この認識で合ってる?」
私が問い掛けると、赤城くんは何かを言いかけて――それを途中でやめて、視線を落とした。表情は暗い。というか、どう答えるべきか悩んでいる様子だ。こんな反応ってことはきっと、彼にとってこの状況は少なくとも酷く辛いことに違いないはず。……どうしてこんなことに。
「金髪と青髪ってのは、金沢と青葉のことか。確かにお前ら三人はこの二年間もずっと一緒だったな。っつーか中学も同じだったんだっけ? 最近仲悪いのか」
佐藤先生が付け足した。金沢と青葉……なるほど、それがあの二人の名前か。これは何というか、覚えやすいな。
そして赤城くんは相変わらず何も言わない。表情も変わらない。私も少し反応したのが、先生が言った「中学も同じ」という事実。それはゲームの設定でもそうだ……新平くんと同じ中学校の三人。それを否定しないのは間違ってないってことだろう。
「実は俺も気になってはいたんだよ。赤城、お前は最近怪我をし過ぎだ。んで他の二人はそうでもなさそうだし、何ならお前はよく一人でいる。加えてだ、お前は急に進学クラスを希望した。……あの二人と離れたかったのか?」
「余計な世話だ!」
やっと何か言ったと思ったら反抗的な態度。ただやはり先生の話すことを否定しない。なるほど見えてきた。信号機トリオの中で仲違いがあって赤城くんは他二人と離れるためにクラス替えを狙って急に“進学クラス”の仲間入りを果たしたのか。案外賢い……と思ったけど、特段進学する気がないのにそうせざるを得ない状況だったのかもしれないと思うと同情したくなる。それほどまでに追い詰められていたとも考えられるけど、どうなんだろう。
そして私が気になるのは東条ダイヤの存在。もしかして……いや、もしかしなくても。信号機トリオの仲違いに、彼が一枚噛んでいるんじゃないか? 私はそう疑っている。
だってさっきの状況でも。まるで、東条くんがあの二人に命令して赤城くんに酷いことをしているようにしか見えなかった。
「東条ダイヤ。一体何が目的……あ、」
思わず口が滑る。思っていたことを口にしてしまったようだ。二人が一斉に私へ視線を向けたので慌てて黙る。しまったと思ったけど、話の流れとしては然程違和感ではなかったようだ。証拠に、先生も小難しい顔をして腕組みをしながら続ける。
「まあ主犯格は東条ってことだな? そりゃ納得だ。あいつには誰も逆らえないみたいだからな。学校側も手を焼いてんだヤツには」
「そうなんですか!? ……私たちの後輩なのに、本当に誰も逆らえないんですか?」
「みたいだぞ。俺も噂程度しか聞いちゃいないが、どうもヤツは素行の悪い大人たちとつるんでるって話だしな。本当なら生活指導もんだが……あいつにまつわるエグい話はどれも噂ばっかで、全然現行犯として指導できないんだよ。喧嘩だってそうだ、こんな風にやられた奴からの話しか聞けない」
やられた奴、のところで赤城くんがより一層ぶすっとしかめっ面になった気がした。
「まあしかし、大丈夫だよ赤城。お前は自分であいつらから離れる選択をしたんだ。それが原因で執着されたとしても、物理的に距離を置くことと時間が経つことでその興味は薄れていくもんさ。今回の件は俺からも一応、金沢と青葉の担任と……あと東条もか。そこに話はしておくし。だからしばらくはお前も自分でしっかり自衛に努めろ。で、しんどい時は俺に言えよ。分かったか?」
「だから、余計な世話だってんだよ……」
赤城くんは不服な様子だけど、そう語る佐藤先生はかなり頼もしく見えた。……私も、この学校で過ごすにはあまりに不安要素が増えてきてしまっていたところだったけど、いざとなれば先生を頼ることができれば心強い。
そういう意味では、今日こうして巻き込まれたのもいい経験になったかもしれない。巻き込まれないのが一番なのは間違いないんだけどね……。