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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
六章〈推し活とガチ恋は別物〉
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21(西尾新平)

「で。お前は何を企んでんだ」


 去って行った益子と美南を見送ってから俺たちも歩き出す。俺はキョウから渡された玄米茶パックにストローを刺しながら聞いてみた。

 すると、キョウは分かりやすく目を泳がせて「な、何のことかな〜?」とか抜かしている。ったく、下手くそなんだよ。


「益子まで使って。なんか話があんだろ俺に。そんな回りくどいことしねぇでも、取り敢えず話は聞いてやるよ」


「え、えー? 嘘でしょ……?」


 実のところキョウが数日前から俺に何か言いたげだったのは分かっていた。ただそれがホワイトデーだとかと被ったせいでややこしくなってただけで。

 益子が唐突に俺の行きつけの銭湯のチケットを渡してきた時は面食らったが、その後に現れたキョウを見て確信した。多分こいつの根回しだとな。


 ひとまず歩きながらキョウを詰める。どうせ帰る場所は同じだ、逃げ場はない。キョウは初めはもごもごと、何やらはっきりしない口振りだったがやがて観念したように肩を落とした。


「じゃあ話だけするね? 俺、頼まれたんだよ。シンペーを説得してほしいって」


「あァ? 誰から何を?」


「中言先生から、吹奏楽部に入ってくれって」


 ……多分その瞬間の俺は鳩が豆鉄砲食らったような、そんな間抜けな顔になっていたと思う。でもすぐにピンと来た、そういやちょっと前に中言からもその“お願い”はされたことがあった。その場で一蹴して断ったが。


 前におっさんの店で演奏させられた時。あの一回だけだ、俺が中言にラッパを聞かせたのは。その後ここぞとばかりに勧誘を受けたが、俺にはバイトもあるし無理に決まってる。一度断ったらしつこくされるってことはなかったが……諦めてなかったってことか? いや、それとも……?


「吹部、まさか人員が足りてねぇのか?」


「俺は詳しくないけど……でも、そうだな」


 キョウはそれを言うのに少し渋っていた。でも黙ったのはほんの一瞬で、視線を若干落としたまま続けた。


「ヒメちゃんも辞めちゃったからね。人の入れ替わりが激しいせいで練習がままならなくて、コンクールも散々な結果だって聞いたことはあるよ」


「……そうだったのか」


 灰原か……久々に聞いた名前に思わず反応してしまった。キョウの顔色を窺ったが、こいつは存外平気そうにしている。なんだ、こうして平然と話題に出せるくらいには回復したのか。ならいいんだがよ。

 で、灰原も中言んところの部活に所属してたのか。あいつバイトもやってなかったか? 初めは俺と同じホームセンターで、そのあと色んなところを転々としてたって聞いてたが……まァ、この話を聞くに部活も幽霊部員だったんだろうな。


 で、その迷惑を見事に中言は被ってたって訳だ。……と、そういや灰原のことを北之原が現行犯でとっ捕まえた時、中言の助言で灰原を疑ってたとか言ってたな。中言はそれで、だいぶ前から灰原の様子が可笑しいことに気付いてたのか……。


「んで、中言はお前に俺を説得しろって? ……まさか益子もか?」


「ご、ごめんね。でも先生にちゃんと確認したけど、言ったのは俺と益子ちゃんだけだって。他の人はシンペーが楽器できること知らないはずだよ」


 キョウは酷く申し訳なさそうにしている。こいつが何を心配してるのかは分かる。ったく、そんなにしおらしくなる必要もねぇんだがな。


 と、まァ。ここ数日のキョウの悩みの種が明らかになったところで俺もスッキリした。


「夏のコンクールだろ。中言が目指してんのは」


「え? あ、あぁ……いや、俺は詳しく知らないけど」


「吹部って確か街中のイベントとかによく駆り出されてんだろ。俺はそんなのに一々混ざるほど余裕はねぇ。平日は勿論、土日だってそれなりにバイトがあるからな」


「だよねぇ……」


 キョウと益子も多分困っただろうな、他の奴ならともかく俺の説得ってので気が重かったことだろうよ。自分で言ってると笑えてくるがよ。キョウの反応を見るに説得が上手くいくとは思っていなかったらしい。ま、そりゃそうよな。


「だから――“応援”っつーことなら協力してやらんでもねぇぞ」


「え」


 キョウが素っ頓狂な声を出した。顔を見ると口をあんぐりと開けて、信じられないようなものを見る目で俺を見ている。そこまで驚くことか。足取りまで止まって、その場に立ち尽くしてしまったので俺も立ち止まる。それに一言「置いてくぞ」とだけ言ってやると、はっとしたようにしながらも目は丸いまま俺に着いてきた。


「そ、それって、一応は入部するってこと?」


「あ? しねぇよ。応援だっつってんだろ」


「ええ……?」


 俺が中言の申し出にひとまず了承したってことと、それから俺が言ってることが今ひとつ理解できないってのでキョウは混乱しているらしい。……仕方ねぇ、もう少し言葉を付け足すか。


「中言が大事にしてんのはコンクールだろうから、それに向けての楽譜だけ貰えりゃ協力するってことだ。全体の練習……とかがどんくらいの頻度でやってんのかは知らねぇが、参加率が低いことを予め了承してくれるってんなら、だな」


「……マジ?」


 キョウはまだ信じられないようだ。それだけ俺がすんなり協力を買って出たのが意外だったのか。……まァ、そうか。俺の身内であればあるほど、そして俺自身が一番驚くことかもしれない。


「中言に言っとけ。あとはテメェで俺のとこに来いってな」


「あ、あのさ。シンペー、なんでそんなにやる気なの? あぁいや、変な意味とかじゃなくて……だってその趣味(・・)って、シンペーの秘密じゃなかったの?」


 キョウの疑問はもっともだと思う。俺はキョウにもまともに自分の演奏を聞かせたことはないし、音楽に関することを聞かれてもはぐらかしてきたのは事実だ。……例えばそのトランペットはどこで手に入れたんだ、とか。どこで音楽を習ったんだ、とか。


 キョウには俺の口からちゃんと、俺の“親父”の話はしたことがない。そして俺はキョウがどれくらい親父のことを知っているのかも分からない。流石に“父さん”は知ってるだろうが、母さんがキョウと父さんにどこまで話したのかも……分からない。

 でも多分、親父がトランペット奏者だってことはキョウも知ってるだろうから大方の予想はついてることだろう。その上で深く追求しないでいてくれたんだ。俺は、そこまで分かってる。


「――心変わりがあったんだよ。こっちの事情だ」


 ……けど。キョウが察してた通り、確かに俺はこいつを自分の秘密として周りに隠してきた。


 心変わり、ね。それがあったのはつい最近のことだ。……自分でも笑っちまうようなくだらねぇきっかけだと思うがな。


 俺がそれだけ言うと、キョウは妙に納得したような顔付きに変わった。……小っ恥ずかしいから具体的に言うつもりはなかったのに、まさかこの一言で何かを察しやがったのか?


「心変わり……か。恥ずかしくなくなった? それとももう隠す必要がなくなったってこと、かな?」


「うっせ。何だっていいだろ」


「分かった。もしかして……俺たち以外の人からの後押しがあったとか、だ」


「……何だって、いいだろって言ってんだろうが」


 案外――鋭いところを突かれた。顔に出てないか不安になり思わず自分の顎を撫でて誤魔化す。……なんで。なんで分かった? いや、カマかもしれん。キョウを見るとやけに楽しそうだ。あァ、腹立つ!


 だが実際、キョウの言った通りだ。これはあいつ(・・・)の後押しでもある。……本人にそのつもりはないんだろうがな。


 茂部(あいつ)が俺のラッパが好きだってんなら――ちょうどいい見せ場が手に入ったようなもんだ。ま、バイトと掛け持ちってなるとちょいとキツイもんがあるが。




 俺には生憎、自分から進んで慈善活動に取り組む心持ちは備わっていない。これはあくまで自分のためだ。この状況すらも自分のために利用させてもらう……そんな邪な感情だけで協力を了承したに過ぎない。


 俺には“自信”が必要だった。


 惚れるきっかけなんて人それぞれだ。実際、俺だってどの瞬間からあいつに惚れたか答えることはできない。気付いたらこの感情は育っていた。……そういうもん、なんだろう。

 でも相手もそうだとは限らない。俺は恋愛経験が少ないし、この気持ちをどうしたらいいのかさえ分かってないんだ。でも一丁前に観察だけはしてきた。キョウと灰原を、そして美南と益子を。感情なんて、特に恋愛感情なんて――まさに人それぞれだ。


 答えを得る方法も、正解も分からない。でも一つの指標があれば自分に自信が芽生えると思った。


 ――好きな女を、振り向かせるための自信が。



「俺、応援するよ。シンペーの“応援”を。……ちょっとややこしいね?」


「あァ? ……いや別に、そんな気構えるこたぁねぇよ。そもそも中言が俺のスタンスに納得するかも分からねぇ。……ちなみに、もし中言がこれ以上のことを要求してきた場合は協力を取り下げるからな」


「そっかぁ。うん、そしたらその時は、今度は俺が中言先生のほうを説得してみせるよ。せっかくウチのシンペーがやる気になってるんだから納得して! ってね」


 キョウはこと穏やかに、それはもう久々にみる晴れやかな笑顔を浮かべてそう言った。去年に色々あったこいつはしばらく辛気臭い顔がすっかり染み付いちまったもんだと思ってたが、まだそんな風に笑えたらしい。――うん、いいことだ。


「俺も頑張らなきゃなぁ。うん、頑張ろう」


「あ? なにをだよ」


「うーん……男として? いや、色々とだね。色々!」


 キョウは俺の少ない言葉から多くの意味を汲み取ることが得意なんだろうが、反対に俺はそれが苦手だ。だからそう言って笑うキョウの顔を見ても、こいつが何を思っているのか察することはできなかった。


 けど、楽しそうだから多分いいことなんだろう。

 ……そうに違いねぇ。

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