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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
六章〈推し活とガチ恋は別物〉
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19(西尾新平)

 冬ってのは夜が長い。つまり、夜が来るのが早い。そして俺の住んでいる家の周辺は街頭が少ない。そんな道を女子供に一人で歩かせるのは、俺はどうにも気が引ける。


「茂部!」


 数少ない街頭の光を頼りに、微かに見えた小さな背中。吐く息は白い中、名前を呼ぶとその小さな背中がぱっと振り返った。


 目を丸くしてこっちを見ている茂部の顔は、まるでタヌキみたいだと思った。


「え、な、なに? どうしたの?」


「家まで送るんだよ。もう暗いだろうが」


「ええ……そんな、今帰ったばかりでしょ? ゆっくりしてたらいいのに。ここ、普段の帰り道とそう変わらないよ」


 何だか茂部がごちゃごちゃ言ってたが、俺はそれを無視して隣を歩く。そうすると茂部は困り眉になって、そのまま口を噤んで何も言わなくなるのだ。そうさ、それでいい。


 …………。


 ……会話がない。まァ、俺らは前からこんな具合だから今更気まずいだとかは思ってないが。取り敢えず空を見上げると、雲一つない綺麗な夜空だった。


「……なァ。寒くねぇ?」


「……寒いね」


「だよな……」


 ……とか思いつつ、沈黙に耐え切れずに話を振ってみたもののすぐに後悔した。なんだこの中身のない話題は。欠伸の方が長いんじゃねぇか。


「でもさ、私は冬が好きだよ。夏よりマシと思う」


 一瞬の沈黙からすぐ、気遣ったのか茂部がそう付け加えた。思わず横顔を見下ろすと、茂部はさっきの俺のように空を見上げていた。


「へぇ。そりゃどうして」


「家に虫が出ないからね」


「……なるほど?」


 思ってたよりちょっと、何というか予想の斜め上の回答が出てきてビビる。いやしかし、予想してたより数倍は可愛い理由と言えばそうかもしれない――いや、やっぱ可愛げはねぇな。面白さが勝る。


「……そんなに笑うほど面白い理由だった?」


「え? あ、すまん」


 堪えたつもりが、ニヤケ顔が隠せていなかったらしい。茂部は少し口を尖らせて目を泳がせている……別に、小馬鹿にした訳じゃなかったんだがな。でも、否定してやるにはその表情を観察する方が楽しいと思った。


「他にも理由はあるよ。ほら、寒さって着込めばどうにかなるし対処可能でしょ? 暑さは脱いだところでどうしようもないからさ」


「そりゃ確かに、言えてんな」


「あとは冬は静かだよね。夏は外がうるさい、主に蝉。朝はそれで起きちゃうし、夜は暑くて寝れやしない。蚊にも刺されるし……とにかく私は夏が苦手かな。冬のほうが過ごしやすいと思ってる」


 ふむ、冬のほうが静か……か。言われてみれば確かにそうだ、冬ってのはどこに行ってもやけに静まっている。その点、夏は喧しいイメージが強いかもしれない。


「新平くんは? 夏のほうが好き?」


「……今までそんなことは特に考えてなかったが……そう言われりゃ確かに冬は過ごしやすいかもな。雨も降らねぇし」


 実のところ、俺は夏が嫌いだ。苦手って訳でもないが、とにかく嫌いだ。――親父の命日が八月ってことも一因である、な。これは実際に言いやしないが。


 俺の答えを聞いた茂部は「そうなんだ」とだけ呟いて、それから続く言葉はなかった。しかし表情を見るに、俺の回答にご満悦の様子だ。変にニヤけている茂部の横顔を見ていると、俺も少し気が抜けてきて笑ってしまった。




 ・・・ ・・・




 俺たちは比較的ゆっくり歩いていたと思う。それでもその道程はこんなに短かったかと驚くくらい、あっさりと茂部の家まで到着してしまった。特に話で盛り上がった訳でもない、呆気にとられるくらい束の間の時間だったように思う。


「わざわざありがとうね。……新平くん」


 家の様子を見るに今日も茂部の母親は不在らしい。茂部はスマホのライトで手元を照らしながら玄関の鍵を開けている。俺の家とは違う、随分と古びた扉は茂部が鍵穴を弄る度にギシギシと不安になるような音を立てていた。

 この家は平屋で、そんなに大きくない。だが寂しい印象だ。ここにずっと一人で、こいつは虚しさを覚えたりしないのだろうか。……そんなことを考えながら茂部の顔を改めて見てみる。が、そこに答えがある訳でもない。耳と鼻の先が寒さで赤くなっている茂部が、ふと振り返って俺の顔を見上げた。不意に目が合う。俺も少し驚いたが、茂部はもっと驚いたようだった。


「あ、ごめんね手間取っちゃって……大丈夫だよ、開いた開いた。寒いし早く帰ったほうがいいよ」


「すまん。俺、お前に圧かけてたか? 早くしろとか思ってた訳じゃねぇよ、ただ見てただけだ」


「ああ、いや……」


 そうさ。寧ろ俺はこの時間ができればもう少し長く――。


 ……いや。ただちょっと、言い訳を探していただけだ。すんなりと帰らずに済む理由を。


 俺がそれ以上何も言わないし、それでいて帰ろうともしていないせいか、茂部は訝しげに首を傾げて俺を見ている。……いや、そうだよな。ここまで引き伸ばして怖気づくのも格好がつかない。


 俺は今日一日、頭を悩ませていた最大の“理由”をポケットから取り出した。そしてそれを茂部に差し出す。


「これ、やる」


 一応、店で包装してもらったが時期も時期なのでやたらと凝ったデザインになってしまった。リボンの付いたあまり大きくない小箱だ。それも俺の気恥ずかしさを増加させているが、差し出してしまった以上後には引けない。

 俺の突き出した片腕を見て目を丸くさせた茂部は、戸惑った様子のままおずおずと両手を差し出した。そこにぽん、とそれを置いてやる。


「えっと、これ……どうしたの?」


「礼だ。先月の」


「先月?」


「……ほら。キョウからも貰ってただろ。それだよ」


 恥ずかしさのせいでぶっきらぼうな言い方になってしまったが、そこまで言ってやっと茂部も理解したらしい。一度大きく目を見開いて、それから「ええっ!?」と大きな声をあげた。……な、なんだよ。そんな驚くか?


 実を言うとそいつを用意したのも今日……どころかついさっきだ。バイト上がりにデパ地下に寄って適当に見繕ってきただけの間に合わせだ。……ここ一ヶ月に悩み抜いた末に勢いだけで決めてしまったもんだがな。結局こういうのは俺の性に合ってねぇし、正解も分からん。だからこんなもので茂部が喜ぶかは分からない――が。


「あの……今。開けてもいいかな?」


「今!? ……いや、別に。構わねぇがよ」


 ふわりと頬を緩ませた茂部が、ゆっくりと洒落たリボンを解いて箱を開ける。こうして目の前で開けられるとは……だが、恥ずかしくてもそれを顔に出すのはプライドが許さなかった。何とか無表情を保てるよう静かに踏ん張りながら、俺は茂部の次の反応を待った。


「わ。……え、ええ……っ! 可愛い!」


 そんなに驚くことか。……俺が適当に選んだのは、女性物の腕時計だ。俺が普段使っているものより随分と小振りなデザインのもの。比較的シンプルだが、レディース用なので少し可愛らしいデザインになっている。


「……こ、これ、本当に私が貰っていいの!?」


「……不満か?」


「そ、そんな訳ないよ! でもこれ……」


 それは、今も俺の左手首に巻かれているシルバーの腕時計と同じデザインのものだ。こっちはメンズ用で少し大振りな、可愛らしさからはかけ離れたゴツいデザインだが。これは俺が一昨年からずっと愛用している腕時計だった。


 茂部はしっかりそれに気付いたらしい。チラチラと俺の左手に目をやりながら、どう言うべきか考えあぐねているようだ。


「ずっと考えてたんだよ。でも結局分からなかったんだ、お前が喜ぶようなものが……だってよ、聞いたところでラッパがいいとかで。そんなことばっか言うだろ?」


「それは……」


「だから俺が気に入ってるものを選んだんだ。まァ、気に食わなけりゃ家に飾っとけ。んで少し経ったら売り飛ばせば金にはなんだろ。な?」


「う……売らないよ!? ……売れる訳ないよ。こんな……」


 半分は冗談のつもりだったが。しかし茂部の反応を見るに、嫌ってこともなさそうだ。単純に戸惑ってるだけだな。……それを察して、俺はひとまずほっとした。まだ恥ずかしさはあるが、な。

 茂部は軽く俯いてしまっていて顔はよく見えない。けど今はそれでよかった。多分俺も変な顔になってるだろうし。


「じゃあ俺、行くぞ」


「あ……うん。その、ありがとう! 気を付けてね!」


 ぱっと茂部が顔を上げてそう言った。笑顔……ではなかったが、こいつも少し恥ずかしさがあるのか頬が赤くなっている気がした。ただ辺りは暗いので、俺の勘違いかもしれない。




 帰り道。俺はできるだけ時間を掛けて家を目指した。外はこんなに寒いのに、顔の火照りが冷めるまで随分と時間が必要のようだった。


 結局、カップケーキの意味までは聞けなかったが……多分それを聞いたら俺は――。


 ――思い上がりだろうと、自分に言い聞かせる。


 初めは多分、見てて面白い奴。それから目が離せない奴になって、やがて一緒にいると楽しい奴、になったんだと思う。


 この感情が以前のものと異なることはとっくに自覚している。でもきっと、今のように――安らげるような感情なら、それは。

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