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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
六章〈推し活とガチ恋は別物〉
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17(益子トラ)

 バレンタイン以降、彗星とあまりまともに会話できていない気がする。


 あくまで言っておきたいのが、私が避けている訳じゃないってこと。そりゃ、気まずさはある。でもあの後輩の子と何を話したのかとか、そんなことを問い詰めたりだなんてしていない。私には関係のないことだし。だから反対にあえてその話には触れず、私は普通通りに過ごしていた……はずなのに。

 避けられているのは私の方だ。彗星が、以前よりも明らかに私に対する口数が減っている。後輩の子に自分から話し掛けられる勇気は持ち合わせているのに――だ。


 そう、私は用済みってこと?

 だったら上等よ。でも私から無視するだなんて大人気ない真似はしない。話し掛けられたら普通に返事をするし。


 とまあ、彗星とはこんな感じ。それでもう二週間以上が経過し、あっという間に二月は終わりを迎えようとしている。別にいいのだ、彗星の話は。

 それより私にとって大事な話題は、中言先生から頼まれてしまった例の件よ。あの日以来私はそれについて考えなかった日はない。


 ――西尾兄を吹奏楽部に勧誘したい。

 驚いたのは、それは“ゲーム”ではあり得なかった展開ということ。そもそも西尾兄が音楽に精通してるってことは外出しの情報じゃなくて、彼のルートを進めることで明らかになる所謂秘密の設定というやつだ。それがどうして中言先生にバレているのか、そしてその中言先生からまさか私にその話を聞かされてしまうとは。


 冷静に考えて。本来の“西尾新平”なら普通に過ごしていればその情報を……自分の秘密を誰かに明かすなんてこと、しないはずなのに。それは弟である西尾恭でさえ知らない事実。つまりゲームにおいては西尾新平のルートに入らない限り誰も知り得ないはずの事実が、今こうして周囲にバレてしまっているということ。


 ――詠の仕業ね。うん、十中八九そう。詠が西尾兄を図らずとも攻略しちゃったに違いないわ。


 とにかく私の中ではそう結論づいている。詠とはあまりそう言った話はしないけど……ああいや、以前に聞いたことがあったっけ。彗星が私に告白してきた時、私は詠に問い掛けたことがある。西尾兄のことをそういう風に考えたことがあるか? って。

 答えはノー、少なくともあの時の彼女にとって西尾兄は大切な友達という認識だった。その言葉に嘘はない、と思う。推しキャラだからって現実でガチ恋してるとは限らないものね。


 でも今、あの二人が一体どんな関係性なのか……それは分からない。そして私の目には、西尾兄も詠に対して何かしらの感情は抱いている予感がする。だって彼の言動はゲームにおいても、大切な人ができた時から見せ始める反応に変化してきている。それは明らかだったからだ。……引っ掛かるのは、西尾弟の方も何故か最近になってその素振りを見せ始めたことだけど。灰原姫乃は退学したはずなのに……。


 ……考えていると頭が痛くなってくるわ。悩ましいのは、中言先生から頼まれてしまった西尾兄への説得の話よ。結局私は一度も西尾兄と話せていないし……そもそも別のクラスなんだから、会いに行かない限り普通に会うこともないのだから。とは言え中言先生の頼み……力になりたい気持ちが強い。

 こんな時、彗星に頼めば西尾兄弟とは簡単に話を取り付けることができたのだろうけど。今は彗星に頼ることはしたくない。……あいつも私を避けてるみたいだし。


 そんなこんなで経過してしまったのがこの二週間という訳だ。……さてどうしたものか。今日も私は、昨日と同じようにこうして頭を悩ませながら一日を終えている。




 ◇




「益子ちゃん……」


「うわっ!? な、なに?」


 下校しようと、靴を履き替えて校門を過ぎた時だった。背後から聞こえた声があまりに近距離で、思わず飛び退いてから振り返る。と、そこに立っていたのは西尾弟だった。


 幸いにも時間が少し遅かったので、周りに姫ノ上の生徒は見当たらない。もし周りに人がいたなら私に嫉妬の視線が向いただろうけど。

 で、西尾弟。わざわざ私に話し掛けてくるなんて珍しい……それに私は驚いたけど、よく見ると彼は少しバツが悪そうな、困り顔になっていることに気が付いた。……何かあったのかしら?


「突然ごめんね。益子ちゃんって隣町だよね? 駅まで一緒に歩いてもいい?」


「いい……けど。どうしたの? あなたの家は反対方向でしょう」


「うん、それは大丈夫。ちょっと話したいことがあってさ」


 私は身構えかけたけど、そう言いながら少し微笑んだ西尾弟の表情と口振りを見るにそんな深刻そうな話ではないことを察する。とは言え、怪訝なのは変わらない。


 取り敢えず彼の申し出には了承して、私たちは並んで駅までの帰路を歩く。……まさか、西尾弟との下校イベントをこの私が体験することになるとはね。


「本当はもう少し早く話したかったんだけど、バイトとか色々重なっちゃってね。益子ちゃんはいつも帰り早いし。ここ一週間は隙を伺ってたんだ……あっ、ストーカーじゃないよ!?」


「帰りが早いのは電車の関係よ。今日は日直でやることが残っていたから、半端な時間になっちゃうし少しゆっくり帰ることにしたの。で、話って?」


「あぁ、うん……」


 電車の時間は……もう何本か見送ってもまあ、問題はない。ひとまず急ぐ必要はないので、私は普段よりも少しのんびりとした足取りで歩くことにした。西尾弟もそれに合わせて歩いている。多分、これくらいが丁度いい。


「中言先生からなんか、変なこと頼まれたでしょ?」


「変なこと……?」


 ……そして、西尾弟が言ったのは。中言先生の話? 頼まれたこと……ちょっとだけ考えて、ああ、と納得した。


 西尾兄の話だ。吹奏楽部、勧誘の話。――先生、弟の方にもしっかり根回ししていたのね。思わず苦笑が零れる。


「確かに変なことを頼まれたわね」


「あぁ、本当なんだ……。ねぇ、ちなみにこの話って他の誰かに話しちゃったりする? スイくんとか」


 不安そうに聞いてくる西尾弟。なにを心配しているのかは何となく分かった。でも、彼の口から出てきた彗星に関しては私も思わず片眉を上げずにはいられない。……しかし、それに関してはこの話の本筋とは関係がない。私の脳裏に浮かんできた彗星の顔を払い除けて、私は西尾弟の問い掛けに答える。


「……話してないわ、誰にも……彗星にも。だからまず安心して大丈夫よ。中言先生から頼みごとをされたってことも誰にも言ってないから。私も毎日考えていたところなのよ、どうしたものかとね」


「そうなの? あ、それじゃシンペー本人にもまだ話してないってことだね? あーよかったぁ……本人の耳に入ってないなら取り敢えずは大丈夫だよね……」


 ほっとしたのか、一気に西尾弟の雰囲気が変わる。普段と違う堅い雰囲気だったのは緊張していたかららしい、見るとすっかり普段通りの明るい彼に戻っている。


「ねぇ、どうしようね? 俺さぁシンペーを説得なんて無理だと思うんだよなぁ……絶対に怒り狂って終わりだよ……」


「まあ、確かにそうね」


 西尾弟は身震いする動作をしながら言う。……その言葉には概ね同意する。かなり怒りそう……というのも想像できるけど、私としてはやっぱり原作にない設定である、というのが主ね。そう、イメージが全くないから。


 吹奏楽部って女子が多いし、何より団体競技だから。そこに西尾兄が混じって演奏するなんてまずあり得ないことだと思う。……思うけど、反対にこうとも思う。それは、今の西尾兄は私がイメージする原作通りのキャラ設定とはすっかり異なる人間であるということ。そう考えればあり得ない話ではあるのかもしれないけど――いややっぱり、想像できないわね。


「……そう言えば益子ちゃん。驚かないんだね? シンペーの意外な趣味。疑ったりしなかった?」


「えっ?」


「だってさシンペーがトランペットだよ? なんかイマイチ想像できないでしょ。俺だって実はまだ一度もシンペーの演奏はちゃんと聞いたことないんだよねぇ」


 あ……まずい? 冷や汗が背筋を伝う感覚があった。そうだ、普通に答えてしまったけど――これって西尾兄にとっての最大の秘密で、そして西尾弟が今言ったようにそれは弟にすらちゃんと明かしていないことなんだから。


 それを私がすんなりと受け入れているのは……西尾弟からすれば不信感を覚えるかもしれない。しまったと思って西尾弟の表情を窺うと、彼はそうは言いつつも特に気にしていない風だったのでひとまずほっとする。ああ……疑い深い性格じゃなくて助かった。


「でもさ、中言先生が知ってたってことはシンペーはどこかで実力を披露したってことだよね? 才能があるとか言ってたし……ちょっと妬けちゃうけど。ってことは、人前で演奏することに抵抗自体はないのかなぁ。うーん、どうやって説得しよう?」


 驚いた。西尾弟は、絶対に無理だと思いつつもどうにか説得はしてみる腹積もりらしい。私は……どこかのタイミングで西尾兄にチラッと話だけして、断られればそれを先生に伝えればいい、くらいに思っていたのだけど。


 何だか少し、私が情けなく思ってしまう。私……これでも以前は中言先生が最推しの存在で、こんな頼まれごとをされたのならどんな手を使ってでも力になろうって気持ちになっただろうに。それが、西尾弟の方が一生懸命に先生の力になろうとしている。……私、駄目な奴よね。


 うーんうーんと頭を悩ませている様子の西尾弟を見ていると、少し私もやる気が出てきた。そうね、丁度いいかもしれない。今の私はあまり他のことも考えたくない気分だし……何かに打ち込むことがあるくらいが、心の安寧も保てるのかも。


「分かったわ。二人で少し考えてみましょう、西尾兄の説得方法。まず普通に話すだけじゃ話にならないと思うし、何かひと捻りが必要よね」


「うん! ありがとう。あー、俺一人じゃないのが唯一の救いかもしれないなぁ。よしっ、頑張ろうね! 今日は取り敢えず気を付けて帰ってね、あとで電話してもいい?」


「ええ、大丈夫よ。待ってるわ」


 さて……しばらく夢中になれそうな話題ができて喜ばしく思うべきなのかも。最近、変に考え込むことも多かったからね。


 たまには高校生らしく日常を楽しませてもらおうじゃないの。

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