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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
一章〈推しと同じ空気を吸いたくて〉
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 ――私はどうやら、モブのくせにフラグを立てるのが上手いらしい。


 梅雨明けは叶わなかったものの幸運なことに前日と当日カラッと晴れた体育祭の日、私は見事に怪我をこさえることになってしまった。


 と言うのが、これは私は絶対に悪くないと思う。競技中にすっ転んで怪我した訳じゃないんだから。

 先生に頼まれてテントの中のパイプ椅子並べを一人でやっていた時、突風が吹いてテントが崩れたのだ。誰だよこのテント張った奴。


 怪我と行っても大したものじゃないけど、テントの支柱とか天井のパイプが身体のあちこちに降ってきて軽く痣ができてしまった程度だ。突然テントに生き埋め状態になった瞬間は流石に焦ったけど。


 いの一番に助けに来てくれたのが佐藤先生だった。多分一番近くにいたからかな?

 「茂部――!?」とか叫びながらすぐに引っ張り出してくれたから、怖かったとかそう言うのはなかった。

 先生、小柄だけど結構力持ちのようで。私は小脇に抱えられて保健室に運ばれることになった。私がいくら大丈夫と言っても今日は一日過保護だったなあ。


 肘と膝に大きな青痣ができてしまったけど、それは咄嗟に頭を守ったからだ。だから大事には至らなかった訳だけど。まあ結構痛い。でも、流血とかはしてないから一週間も経てば治る怪我だ。


 佐藤先生はかなり申し訳なさそうにしていて、私の親にも謝る! と言って聞かなかったんだけど。そもそも私の親はどこにいるか分からないので、何度か同じような問答を繰り返して納得して貰うのにかなり時間がかかった。


 ――と言うわけで身体のあちこち、特に脇腹の辺りが痛い状態で迎えたアルバイトなんだけど。


「……店員さん、何か調子悪いの?」


「あ……あぁいえっ、失礼しました。こちらお運びしますね……っ!」


 無理はよくないんだな、としみじみ思い知らされる。佐藤先生に止められた通り、バイトは休んだほうが絶対によかったなこれ。

 お客様にも訝しげに見られてしまうことが多い。多分、変な冷や汗と表情に滲む苦痛があまりにも露骨だからだろう。……店長にお願いして今日は早く帰ろうかな……。


「俺が運びます。……代わる」


「――あ」


 そこで、すかさず私が持つべきだった商品をひょいと持ち上げたのは。


 新平くんだった。大した大きさじゃない折り畳み式のテーブルだけど、あまりに見苦しかった私を見兼ねての行動だろう。……申し訳なさでいっぱいになる。


「お前ちょっと、そこで待ってろ」


 お客様の車まで荷物を運びに行く前、ぼそっと小さく新平くんが私に囁いた。――お、怒られる。責任感の強い新平くんのことだ、仕事に身が入っていない私にさぞイラついたことだろう。


 身体どころか心まで痛い。文字通り心が折れてしまいそうだ……無理は禁物とはこのこと。


 取り敢えず新平くんに言われた通りその場で待つ。その間は身体に差し支えない程度の品出しをこなしながら。

 そんなことをしていると。


「茂部〜! お前大丈夫か? 辛そうだぞ?」


「え? ――先生?」


 ひょっこりと、商品棚の裏から現れた佐藤先生。どうしてここに――確かに、今までもたまにここへ現れたことはあった。何でも生徒が働くアルバイト先には定期的に見回りしなきゃいけないとかで、この店舗は先生の担当らしい。


「やっぱ今日は休んだほうがよかったんじゃないのか? 学校と違ってバイトは強制じゃないんだからさ」


「い、いえ、大丈夫ですよ。ほらほら見た目ほど痛くはないですし……いででぁっ!?」


「――何だこりゃ。あ、悪ぃ……」


 袖を捲って湿布が貼られた肘を見せてみると、突如横から差し出された人差し指が一番痛いところを突いてきたので汚い悲鳴をあげてしまった。


「やっぱお前怪我してんじゃねぇか。何か調子悪そうだと思ってたがよ……そう言うことか」


 人差し指は新平くんのものだった。早々に戻ってきた彼は呆れたように私を見下ろしている。いたたまれない。


「俺が店長に話つけてくるから、今日は帰れよ。悪化してもアレだろ?」


「えっ!?」


「ただでさえぼーっとしてるのが多いんだから、またひっくり返ったりして新しく痣作るだろ。帰る準備してろ。――店長!」


 私が何も言えずにいる間に新平くんはちょうど近くを歩いていた店長を呼び止め、小走りで何やら話をしに行ってしまった。

 ……もしかして私、世話焼かれちゃってる? このまま帰らされる? ……慌てて後を追おうとすると、先生が「待て待て」と私を止めた。


「お言葉に甘えて今日は帰れ。先生も言っただろー? 変に無理してもいいことないぞ。無理して周りに迷惑掛けちまうことのほうが組織にとっては迷惑なんだからな?」


「面目ございません……」


「それにしてもお前いい友達持ったじゃないか? 前に二人で出掛けてたよな。……そう言う感じ?」


「はい? ……いや、前に出掛けてたのは四人ですって。先生も会いましたよね? 他の二人。でも確かに、しん――西尾くんはいい人です。それは認めます」


 新平くんはお世辞なしに誰よりも優しい人だ。……だからこそこんな風に迷惑掛けたくなかったのに。


 いけない。私も店長のところに……と思って目をやると、店長と目が合った。駆け寄ろうとしている私に気がついたのか、「いいよいいよ〜」と言った感じで手をひらひらとさせている。これは……?


「店長も帰れだとよ。さっさと着替えて来い」


 早い、もう話が終わったらしい。私の元へ戻って来た新平くんはくいっと親指で更衣室を指差す。……これ、強制的に帰らされるやつなんだ。


「すみません、お手を煩わせてしまって。……着替えてきます!」


 しおらしく謝ると……新平くんの鋭い瞳が無言で「いいからさっさと行け」と伝えてきていることに気づき、私は慌てて更衣室へ走って行った。……帰る前に店長には挨拶しなきゃ。


 ささっと駒延高校の制服に着替え、鞄を手に更衣室を出る。セーラー服は着替えが楽で助かった。


 さて、店長のところに……倉庫の片隅でパソコンを弄っている店長に声を掛けると「大丈夫大丈夫! 早く帰りな!」と食い気味に言われたので、取り敢えず頭だけ下げて引き返すことにした。


 申し訳なさいっぱいにそっとフロアへ出ると。


「……あれ? 先生、まだ居たんですか?」


「おうよ。どうせ俺も帰るところだし、ついでに車乗せてってやろうと思ってな」


「え? 誰を?」


「誰って……お前しかいないだろ?」


 買い物カゴ片手にレジ前へ立つ先生がまだ居た。レジ対応は……新平くんだ。ちょっとした工具の小物を購入したらしい……あれ、私のこと送るって?


「よ、よろしいのですか」


「そりゃお前、怪我人だし。ちょっと待ってろな?」


「……ありあとしたー」


 精算が終わり、レジ袋を持った先生が「行くぞー」と私を促す。車で帰れるのか、これはラッキー。家までそんなに遠い訳じゃないけど近い訳でもないから。


「……お疲れ。気をつけろよ」


「あ――うん。ありがとう、西尾くん。お先に失礼します!」


「おう」


 新平くんにはもう頭が上がらない。……もし、有り得ないかもしれないけど新平くんが調子悪そうだったら今度は私がこんな風に世話を焼いてあげよう。


 ゆっくり歩いてくれる先生の後に着いてフロアを歩く。その間、どうしたのと声を掛けてくれる先輩たちにへこへこと頭を下げながら。


「――帰るの?」


「あっ……灰原さん。うん、すみません。ちょっと……大したアレじゃないんだけど、調子悪くて。お先に失礼しますね」


「ふーん、そう……お疲れ様」


 入り口近くで床を掃いていた灰原さんにも呼び止められた。今日も可愛い……じゃなくて、先に失礼するのでこちらも挨拶を返す。


 ……何となく、灰原さんからは壁を感じることが多い。一応前に一緒に出掛けた仲ではあるんだけどね。まあ、相手が私と合わないと感じているのなら仕方がないか。新平くんと話す灰原さんは楽しそうだし、それでいいや。


「よーし茂部、俺の愛車を紹介するぞ」


「わあ。かっこいい軽自動車ですね」


「棒読み棒読み。でもな、燃費も良くて乗り心地も最高だぞ? お前もこのドライブで俺の愛車の良さを分かってくれるはずだ」


「フッ。よろしくお願いします」


 ――先生の運転に揺られ、私は帰路につく。ドライブと言うにはかなり短い時間だったけど。


 先生は私の家に着くなり、外観があまりのボロ屋敷なので呆気に取られていた。うん、私も酷いと思う。


「お前、苦労してんだな……アルバイト頑張れよっ!」


「痛っったい! 痛いんですけど!?」


 苦労してると思われたみたいだけど、お金には今のところそんなに困ってないんだけどな。ちゃんとお母さんからの振り込みもあるし。


 それより結構強めに叩かれた背中が傷痕に響いて痛いです、先生。ちょっとだけ涙も出た。

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