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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
プロローグ〈今世でも推しを推したいので〉
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プロローグ

 転生した。


 カレンダーは四月四日、明日に高校入学を控えた日。部屋の床に転がっていた地域広報誌に書かれている地名といくつかのスポットは私が『ゲーム内』で目にしたものそのままだ。


 転生女子、名前は茂部(もべ)(ながめ)。当て字で別名『モブA』とも読める。

 私がこの世界を『ゲームの世界』だと自覚したのはほんのついさっきの出来事だ。地元新聞の一文にあった「姫ノ上(ひめのかみ)学園」という単語を目にした瞬間、私の前世の記憶が途端に蘇った。


 私の、前世。自分についてははっきりと思い出せないが、私はある乙女ゲームに当時夢中だった。

 タイトルが『ハイスクール☆シンデレラ~あなたと王子と夢の魔法~』、高校生活を舞台とした何人かの攻略キャラを相手にする恋愛シミュレーションゲームだ。どういう訳かこのゲームに関する記憶ばかり鮮明に思い出される。

 と言っても実は私はこのゲームを深くやり込んでいた訳ではなかった。確か、友達がプレイしていたのを横で見ていたんだと思う。それを見ながら私は感想を飛ばしたりしていた。


 ハマったきっかけがある。いや、私は「沼に嵌った」のだ。攻略キャラの一人に。


 後から知った情報だが、私が沼に落ちたそのキャラクターはあまり人気ではなかったらしい。つまりはよく引き立て役のような扱いを受けていたのだ。実際、友達のプレイでも彼はそんなに目立ったキャラではなかった。

 しかしどうしてかそのキャラクターに強く惹かれた私は、ついに自分でゲームをプレイして彼を攻略するべく奮闘したのだ。結果、そこには沼があった。


 元々アニメやゲームはそんなにハマらない方だったし、ラブコメというコンテンツ自体私にとって受け入れ難いものだった。だから、乙女ゲームなどの非現実的な要素は仮想空間においてのものという認識の上で私は楽しんでいたので、ゲームのキャラにこんなに入れ込むとは自分でも思っていなかった。入れ込むどころかガチ恋だ。二次元の男にガチ恋してしまったのだ。自分でも終わってると思う。


 話を戻すと、とにかくこの世界はそんな私が前世にプレイしていたゲームの中に違いないという事実に気づいてしまったのがついさっき。私は一人発狂した。その後すぐに冷静になって今はソファで頭を抱えて座っている。


 ゲーム内で目にした地域名、学校名。そして西暦年を照らし合わせるに、ゲームのオープニングである入学式の前日――つまり今日こそがオープニング真っ只中。突然記憶が蘇ったのはこの影響もあるのだろうか。


 これから主人公は早速攻略キャラの一人、それもこのゲームの『顔』とも言えるほぼメインヒーローのあのキャラと出会うことになる。

 ……もしかして、今からそこに行けばそのシーンが見れるかもしれない?


 もちろん私はゲーム内で『茂部』なんて名前のキャラは見たことがなかったし、まあ文字通り私は『モブ』なんだろう。……どうせなら主人公がよかった、なんてことは言わない。推しを目の前にして正常でいられる自信がない。

 だから、モブくらいが丁度いいのだ。正直、転生は嬉しい。推しと同じ世界に生まれることができたし、推しと同じ時間を今この瞬間も生きているのだ。――そして。


 私は、推しと同じ空気を吸いたい。


 話したい、触りたい、恋したいとか、そんな感情はもうグッチャグチャになるほど抱いているけど――そんなものは私なんかが烏滸がましい。ただ私は、一目でいいから推しの姿を見れて、それから同じ空気を吸えれば至福の極みだ。


 会いたい。……どうにかして推しに会いたい。遠目にチラッと見るだけでいい。


 それだけなのに、今の私にとってそれはどちゃクソに高いハードルとして立ちはだかっている。何故なら――私の手元にある入学案内書に書かれている学校名はゲームの舞台である「姫ノ上学園」ではないのだ!


 『駒延(こまのべ)高校』。姫ノ上学園の割と近くにある県立の学校だ。ゲーム内でも名前はあった。ただ、この高校は偏差値も低く治安も悪く……ゲーム内で登場したここの生徒のキャラクターは『駒延生徒A』みたいな感じで表示されていたけど、基本的に悪役(・・)だった。


 モブはモブでも悪役モブか……。まあ、それでもいい。逆転の発想だ、悪役は悪役でも所詮モブ。要は大人しくしていれば変なことにはならないはずだ。

 致命的な問題として学校が違うと推しとの接点が失われてしまうことだ。同じ街に住んでいる限りいつかどこかで見かけることはあるかもしれないけど……いや、私にとっては同じ街で住んでいるというだけで嬉しいことだけど! それでも。接点が欲しい。推しとの接点が欲しい!


 まずは接点を作ることだ。……私は少し考えて閃いた。

 アルバイトだ。確か推しは部活をやらずにバイト三昧だったはずだ! 流石に四月の段階じゃまだ早いだろうけど、できるだけ早くアルバイトの面接を押さえておこう。

 どちらにせよ今の私にはお金が必要なのでバイトは必須だと思っていた。お金も稼げて推しとも会える。控えめに言って最高では?


 とにかく行動だ。私はスマホの地図アプリを開いて家を飛び出した。

 この私、春休みにこの街へ引っ越してきたばかりなのだ。当然だけど中学までの友達とかはいない。そして、ここの土地勘も全くない状態なのだ。

 私はゲーム内に登場した数々のデートスポットやらが頭に入っているので、大体の区域は分かっている。でもその距離感だったり詳細の道のりは全く分からない。だってゲームでは静止画だけが移り変わっていただけであとはキャラクターの台詞から距離感を感じ取る以外に手段がなかったし。


 まずはこの街に慣れよう。……推しの家も何となくの場所は分かってるけど、もっと詳しく分かるかもしれない。いや、ストーカー化しないように気をつけないと。私は推しと同じ空気を吸いたいだけで推しに迷惑を掛けたい訳じゃない。


 ショッピングモールに喫茶店、賑わう駅前には映画館……うん、ゲームで見た通りだ。大通りが私の家からは少し遠いのが残念だけど、かなり住みやすい街だよね。

 推しの住所も確か海沿いの少し寂しい場所だった気がする。通学距離が長いから自転車通学をしていて……それに関するイベントもあったんだっけ?


 オープニング、入学式前日のイベントで主人公も同じように街を歩いていた。チャリには乗ってないけど。

 主人公の生い立ちは、昔この街に住んでいたが何やかんやで幼い頃に引っ越してしまい、高校生になったタイミングでまたこの街に戻ってきたという設定だ。まあよくあるやつだけど、私もモブでも同じ設定なんだよね。

 だから主人公にとっての幼馴染キャラが存在する。それが先に述べたほぼメインヒーロー枠のキャラなんだけど……今頃公園で二人は出会った頃だろうか?


 ……見に行ってみようか。と言ってもその公園の場所が分からないけど、そこは何となくの勘で。住宅街の中にある小さな公園だし、きっとすぐ見つかるはずだ。


 ゲームではぼんやりとしたビジュアルでしか映っていなかった主人公がどんな子なのかも気になるし。何より、例の『ほぼメインヒーロー』は私の推しと強い繋がりがある人物。彼に会えれば間接的に推しに会えたことになる……!


 そう思って引き返すべく、私は一度ママチャリを止めてUターンする。昼下がりの駅前、春休み中の学生で溢れたこの場所は人が多いので特に周りに気を使う。このママチャリは家にあったものだけど、古く錆だらけで少し動かせば耳障りなキーキー音が響いてしまう。なるべく周りの人の迷惑にならないようにしないと。


 ……ガチャガチャとやっていると、やっぱり古すぎる自転車のせいかチェーンが変に固まって後輪が動かなくなってしまった。うーむ、油差してから来ればよかった……このままじゃ乗れないし、道の真ん中でもたもたしてると邪魔になってしまう。早く移動しないと……と思ってるけど、自転車って結構重くて動かし難い。

 私の手際が悪いせいで、とすっ、と軽く肘が通りすがりの誰かにぶつかってしまった。


「あ、すみませ――」


「おい。邪魔だ」


 …………ん?

 私よりも頭一つ高い位置から降り注いだその声は、低音ながらもよく通る質のいい声色だった。私はこの声を知っている。

 いや、いや、でもまさか……


「――――!!!?!?」


 今、心臓が、全身の血流が文字通り停止したかのような感覚があった。


 推しが。目の前に。


 ――短く雑に切り揃えられた硬い質の黒髪に、ほんの少し褐色な肌。三白眼の鋭い目付きと、とても十五歳には見えない大きな身体。


 高校生を通り越して大学生にも間違えられそうな、その大人びた姿は、私が画面越しにガチ恋に堕ちたキャラその人が、そこに。


「――――あ!」


 私が立ったまま衝撃を受けていると、推しの彼は私のことなんて気にも留めていないようですたすたと歩いて行ってしまう。この雑踏の中、彼の姿はすぐに人混みに呑まれて見えなくなってしまった。


 今の推しだよね。いや絶対そうだった。あのご尊顔と何より低音イケボを間違えるはずがない。


 ――推しを、感じた。彼は生きていた。つまり、私と同じ時間を――


「邪魔!」


「あっすみません!」


 感動して震える間もなく、今度は別の通行人から叱責を受けてしまったのでそそくさと移動する。


 俄然やる気が出てきた。また会えたらいいな。私はその日鼻歌を歌いながら帰路についた。


 完全に、ゲームのオープニングのことを忘れて。

よろしくお願いします!

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