7.あなたの心の中に降る、ほまち雨
夕方、その日あおいは、雑貨屋の前を通りかかった。
少し寂れた看板に『ほまち』と文字が書かれている。
あおいは、ガラス越しに店内を覗く。
「あっ!」
そこには、右半身が犬、左半身が猫でできた置物が売られていた。
その猫は、左手をあげていた。
「これだ!」
あおいは、すぐに店内へと駆け込んだ。
やがて、雨が降って来た。
紙袋を抱えたあおいが、店内から出てくる。
「!」
ガシャーンと衝撃音が鳴り響いた。
あおいのブレスレットが、その場にバラバラに飛び散った。
雑貨屋『ほまち』には、自動車が突っ込み、店内はぐちゃぐちゃになりガラスの破片が散乱している。
現場は騒然とし、人々の傘が集まった。
「大丈夫ですか!」
人をかき分けやって来たのは、そこに偶然居合わせた優一郎だった。
事故現場には、はね飛ばされたあおいの姿があった。
あおいは頭から血を流し倒れており、優一郎は青ざめた。
「天清さん……!」
優一郎は、震える指で電話をかけた。
やがて、救急車のサイレンが近づいて来た。
現場には、救急隊員が駆けつける。
「あ、あの! わたしは、『陽沙芽高校』の教師で、この子の担任です!」
優一郎は、自ら救急車に乗り込むと、病院へと向かった。
× × ×
手術室前はスタッフが行き来し、バタバタしていた。
「篠津先生、血液ですが、Rhマイナスです!」
「すぐ輸血準備して」
「はっ、はい!」
「……!」
優一郎は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
× × ×
優一郎は手術室の前で腰掛け、ひたすら手術が終わるのを待った。
扉が、再び開く。
「追加取って来て」
「はい!」
看護師は手術室から飛び出して行った。
足を骨折し、松葉杖姿の神立翠春が、廊下で慌てた様子の看護師とすれ違った。
その慌ただしさに、神立は思わず看護師の方を振り返った。
「……」
× × ×
「血液の提供者が見つかりました」
ピリピリした手術室に、少しだけ安堵の空気が流れた。
× × ×
優一郎の目には、涙が浮かんでいた。
慈子と虎太郎が、優一郎のもとに駆け込んできた。
その頃には辺りもすっかり暗くなり、夜になっていた。
「娘は! 娘は今!」
「先程、手術は無事に終わったようです」
慈子は体の力が抜け、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
「先生が救急車を呼んでくれたそうで」
「あぁ、それは、いや、はい……」
「本当にありがとうございました」
虎太郎は優一郎に礼を言った。
「偶然現場に居合わせただけなので……。とにかく、無事でよかったです」
「ありがとうございました」
この日、優一郎の心の中には雨が降った。