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3.月が綺麗ですね

 先生の家にお邪魔してしまっている。

 これは、まさかの出来事だ。

 

 ずぶ濡れのまま帰っても両親を心配させてしまうと思いここへ来たが、よくよく考えれば先生と二人きりだ。

 しかも、男性教師と女子生徒……!

 どう考えても、ずぶ濡れで帰るより心配な状態ではないだろうか。

 

 濡れた制服が目の前に干してある。

 わたしは今、バスタオルに包まれている。

 先生に、これといって変わった様子はない。

 そもそも変な気など、とても起こらないような、ぼろい小さな部屋である。

 

 

「先生って、こんなぼろいところに、ひとりで住んでるの?」

 

「は、はい」

 

「恋人は? 奥さんは?」

 

「いないです。もう……」

 

「もう……?」

 

 

 窓を開ける優一郎。

 外は晴れていた。

 

「天清さん、雨やみましたよ」

 

「本当だ」

 

 わたし達は、一緒に窓の外を眺めた。

 月明かりが、わたし達を照らした。

 

「月が綺麗ですね」

 

「えっ……!?」

 

 さらっと、そう口にした先生は、これといって変わった様子もなく、嬉しそうに月を眺めていた。

 

 

 ふと、窓際に目をやると、てるてる坊主が吊るされている。

 

「いやぁー、てるてる坊主を吊るした甲斐がありました」

 

「へ……」

 

「しかし、梅雨の時期にてるてる坊主とは、我ながら無茶なお願いを」

 

 先生は、クスッと笑った。

 

「天清さんは、てるてる坊主の発祥を知ってますか?」

 

「発祥?」

 

「雨が降り続き、僧侶に経を唱えてもらって、それでも晴れず。その僧侶は嘘つきだと首をはねられたそうなんです」

 

「え!」

 

「見せしめとして首を布に包んで吊るしたところ、雨が上がったそうです」

 

「怖っ!」

 

「中国から伝わってきたという説もあるようです」

 

「中国?」

 

「少女が犠牲になり天に昇ると、空が晴れたそうで。中国では晴天を願い、その女性を象った掃晴娘が作られるそうですよ」

 

「へぇー」

 

「空が晴れるとみんな微笑みます。でも、死人に口なしです」

 

「……」

 

「目の前から消えた人の想いは、どうやったら知ることができるんでしょう」

 

 優一郎は、てるてる坊主を見つめる。

 

「神様は、身代わりや生贄がお好きですね」

 

 優一郎はグラスにジュースを注ぐと、てるてる坊主の前に差し出した。

 

「高橋先生の子供は、生まれた時から本当のお父さんとお母さんと、過ごせるんだろうね……」

 

「本当の両親がいても幸せになれるとは限らないですし、本当の両親じゃなくても幸せになれると僕は思うんです」

 

「別にこれまで不幸だったわけじゃないの。だけど……なんでわたしは生まれて来たんだろう」

 

「……」

 

「なんでお母さんは、わたしを産んだんだろう」

 

「生きてほしいと思ったからではないでしょうか」

 

「え?」

 

「天清さんのお母様は、天清さんに生きてほしかったから、天清さんを産んだのではないでしょうか?」

 

 あおいは、腕にはめたブレスレットを見つめた。

 

「きっと、見守ってくれてると思いますよ」

 

 優一郎は、晴れた空を見上げた。

 

 

 きっと、先生も何かを抱えているんだと思った。

 そもそも、何も抱えてない人なんていない。

 ブレスレットは何も言ってくれない。

 でも、そこには伝えたい何かがあるのかもしれない。

 窓際のてるてる坊主は、ニッコリとこちらを見ていた。

 

 ねぇ、先生。

『月が綺麗ですね』その意味、分かってる?

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