18.それは雨が降ったらきっと逢える場所
レストラン『緑』の店前で、神立はあおいからの電話に出た。
「ごめん、これから江の島に行ってくる!」
「え? ちょ……なんて?」
「これから、先生に逢いに行く!」
「えぇ!?」
走りながら電話する、あおいの息づかいが、神立の耳元にまで届いた。
「えぇ!!」
あおいの言葉を最後まで聞いた神立の大声は、店前の通りに響き渡った。
神立が店内に戻ると、杏花が尋ねた。
「あおいなんて? どっかで迷子にでもなってるの?」
「それどころじゃないよ」
「?」
「今から江の島に行って来るって」
「江の島?」
「先生に、会いに行くんだと」
「え、ウソ!?」
「俺もまだ理解できてないんだけどさ……」
「えぇ!!」
神立から話を聞いた杏花の大声は、店中に響き渡った。
× × ×
江の島弁天橋の途中には、優一郎の姿があった。
「似てたんです。天清さんの横顔が、あなたに……」
優一郎が握った手を開くと、そこには、あおいのブレスレットの珠が一つあった。
その珠には、『IZUMI』と文字が刻まれていた。
優一郎は、遠い過去を見つめるように、海を見つめていた。
× × ×
その日は雨が降っていた。
突然降ってきた雨に、門の下へと駆け込んだ。
そこにいたのがあの人だった。
当時高校の先生に恋をしていたわたしを見て、あの人は僕も教師を目指す、そう言った。
妊娠が分かった時、わたしは逃げ出した。
あの人は優しいから、言ったらきっと産むのをとめようとする。
でも、いずれいつか死んでしまうのなら、生まれてきた意味を、生まれた証を、わたしはここに残したい。
この新しい命に、生きてほしいと思ったから。
わたしはあの人から貰ったブレスレットを、幼い頃からの友人に託した。
その日も雨が降っていた。
留守電で一方的に別れを告げて、その理由も言わずに電話を切った。
江島神社の入口には青い鳥居がある。
悪い縁だったら切れてしまう。
でももし、本当に縁があるのなら、もう一度。
江島神社、それは雨が降ったらきっと逢える場所。
村雨いずみ
× × ×
あおいは、電車を降りると江島神社へ向かい、ひたすら走った。
先生はいつも、わたしに困った顔をする。
でも、わたしのお願いは、いつでも聞いてくれる。
一生のお願いも、叶えてくれる。
ねぇ、どうして?
どうして、言ってくれなかったの?
先生がブレスレットを必死に探してくれたのは、消えてしまった人の伝えたかった想いを大切にしたいから。
先生がもう教師をしていないのは、恋人に、もう二度と逢えないと知ってしまったから。
先生は勉強を教えてくれた。
恋人との出逢いを教えてくれた。
恋人とのエピソードを教えてくれた。
先生になろうと思った理由を教えてくれた。
でも、一番大切なことは教えてくれなかった。
ねぇ、どうして?
どうして、一番大切なことだけ言わずに、目の前から消えてしまったの?
わたしが、ずっと逢いたかった人だったのに……。
先生、こころは言葉にしなければ、伝わらないんだよ?
お父さんの、バカっ……!
次回は、最終話です。




