16.てるてる坊主に秘められた想い
それから、時は流れた。
翌年、6月。
その日は、雨が降っていた。
あおいが見るスマートフォンには『関東甲信地方 梅雨入り』とある。
「てるてる坊主、作らなきゃね」
あおいは独り言を口にした。
するとそこに、神立からメッセージが入って来た。
「!」
『これぞ東京LIFE!』
『代官山のカフェ』
『今度、東京遊びに来なよ』
メッセージと共に、オシャレなパンの画像が添付されていた。
あおいはパンの画像を広げ、見つめた。
「一瞬を、永遠にする力……か」
× × ×
東京都渋谷区、パン屋『縁』。
カフェ付きのパン屋の店内に、神立の姿はあった。
「よかったら、試食してみてくれませんか?」
神立が声の方を振り向くと、焼きたてのパンをトレイにのせた店員が立っていた。
「しらすパンです」
神立の前に、しらすがどっさりのったパンが差し出された。
「こちらは新作、うなぎパンです」
続けて神立の前には、うなぎの蒲焼きが挟まったパンが差し出された。
「うわっ!」
神立は、うなぎパンのインパクトに思わず声を出した。
「わたしは、まだまだ修業を始めたばかりの身なんですが」
店員は、にっこり微笑むと立ち去った。
神立はその店員に、少しばかり違和感を覚えた。
× × ×
あおいの部屋の窓には、てるてる坊主が吊るされている。
あおいは、ミニアルバムを広げ過去を思い返していた。
アルバムには、隠し撮りした優一郎の写真や、江の島の写真が沢山並んでいる。
「先生、今頃どうしてるんだろ……」
あれから先生には逢っていない。
逢っていないというより、もう逢うことはできないのだ。
きっと、今もどこか違う場所で“先生”をしているのだろう。
あのデートは、本当に最初で最後で、そこに続きの物語はなかった。
わたしも深く思い出さないようにやり過ごし、この一年を過ごしてきた気がする。
でも、写真の中の先生は、あの日のまま笑っていた。
ふと、棚に目をやると、埃の被った分厚いアルバムがある。
手に取り広げると、そこにはあおいがまだ赤ん坊だった頃の写真が詰まっていた。
「この時にはもう、いなかったのか……」
亡き本当の母のことが頭をよぎり、アルバムを閉じると、あおいはアルバムを棚に戻そうとした。
すると、棚の奥に何かが詰まった様子で、アルバムが中に入って行かない。
「?」
あおいは棚の奥を覗き込むと、そこには白い何かが見える。
取り出すと、それは古いボロボロのてるてる坊主だった。
「てるてる坊主!?」
まさかのてるてる坊主の登場に、あおいは驚いた。
てるてる坊主は、後頭部が破れ、中に詰めてある紙が少し飛び出していた。
あおいは、中身が気になり、てるてる坊主を解体すると、中に詰められていたくちゃくちゃの紙を広げた。
「これって……!」
あおいはその紙に書かれていた文字に目を通すと、勢いよく部屋を飛び出した。
辺りはもう暗く、雨の中、傘を手に家を出ると、あおいはあの日の記憶を頼りに、優一郎のアパートへと走った。
くちゃくちゃの紙を持つあおいの手は、酷く震えていた。
お願い、先生!
今も同じ場所にいて!!
× × ×
優一郎は、ひとり自宅で調理をしていた。
「痛っ!」
手元が狂い、優一郎の指から血液が流れ出した。
× × ×
「先生! 先生!」
あおいは、部屋の扉をドンドンと叩く。
中から応答はなかった。
「……」
あおいは、ドアノブに手を伸ばした。
すると、扉は簡単に開いた。
「!」
あおいは、そのまま部屋の中へ足を踏み入れた。
「先生!」
すると、中は薄暗く、もぬけの殻だった。
あおいは、その光景に膝から崩れ落ちた。
× × ×
小さな引き出しを開けると、優一郎は絆創膏を取り出した。
開けた勢いで、中から一つの珠が手前に転がってきた。
血がにじむその指で、優一郎は珠を手に取ると、静かに見つめていた。
× × ×
嘗て優一郎と月を眺めた窓の桟には、首が傾き、ぐったりとしたてるてる坊主が落ちている。
誰もいない、そのアパートの部屋には、あおいとてるてる坊主だけが取り残されていた。
てるてる坊主は、わたしのこころを晴らしてはくれなかった。
ここに書かれていることが、もし真実なら……。
ねぇ、先生、先生は今どこにいるの……?
先生、青い糸は……、青い糸はね……。




