14.さよならのその前に
夕方、港の見える丘公園には、あおいと神立の姿があった。
あおいは、カメラのファインダーを覗き、目の前の風景にシャッターを押す。
神立はあおいの横で、緊張気味の面持ちだった。
「ほら見て、キリン!」
「え?」
あおいは、神立に撮った写真を見せる。
そこには、ガントリークレーンが並んでいた。
「あー」
「巨大なキリンに見えるでしょ?」
「うん、そうだね」
遠くに並ぶガントリークレーンの風景は、キリンの群れをつくっていた。
あおいは、自分が撮った写真を見ながらご機嫌だった。
神立が口を開く。
「俺、高校卒業したら、東京の大学に行こうと思うんだよね」
「へぇーそうなの?」
それはまるで、気のない返事だった。
「東京って、誰だって一度は憧れるもんだろ? あおいちゃんはさ、東京って……」
「鎌倉……」
「鎌倉?」
「わたしの好きな人が、好きな人。鎌倉の人なんだって」
「は、はぁ……」
「わたしのお母さんも、鎌倉から嫁いできたんだよね。あ、もちろん育てのお母さんね」
「そ、そうなんだ」
「わたしは鎌倉に憧れるかな。ねぇ、話ってそれ?」
「え、いや、それは……」
「わたしも話があるの」
「え!」
あおいは、にっこり笑った。
「ど、どうぞ……」
「話っていうか、相談なんだけどさ」
「?」
「わたしの好きな人。絶対に好きになっちゃいけない、年上の人。そう言ったじゃん?」
「あぁ……」
「あれ、先生のことなんだよね」
「えぇ!? あの?」
「あの?」
「いやーそのぉ、先生と生徒の禁断の……あの?」
「うん、そう。あの」
「……」
「小糠先生」
「……」
「でも、夏休みが明けて少ししたら、先生いなくなっちゃうの」
「どうして?」
「高橋先生の代わりだから」
「?」
「高橋先生が子供を産んで戻って来たら、いなくなっちゃうの」
「なら、誘ったら! デートに!」
「えぇ!?」
「だって、独身なんでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「いなくなる前にだよ! たとえ、それが最初で最後でも」
「……」
「その先生と行きたいところとかないの? 一緒に横浜中華街行こうみたいなさ」
「ある! 先生と行きたいところ、ある!」
あおいは、食い気味に答えた。
「おぉ! それだよ! それ!」
「ありがとう! で、そっちの話は?」
「あぁ……うん、それはまた今度でいいかな?」
「え……?」
「こっちは、その、大した話じゃないから。そのデートが終わった後で? 全然いいし。慌てなくても時間はあるし……」
「?」
「……」
「よし、やるぞー!」
「よっぽどカッコイイ先生なのか。あの時顔見とけば……」
神立は、ぼそっと呟いた。
× × ×
「ということで、まだまだ暑いです。二学期も体調には気を付けて、過ごしてください。ホームルームは以上です」
朝のホームルームが終わり、教室を出て行く優一郎をあおいは引き止めた。
「先生!」
「どうしましたか? 天清さん」
「相談があるの」
「相談?」
「放課後、時間ちょうだい」
放課後、あおいは屋上に優一郎を呼び出した。
「相談ってなんでしょうか?」
「行きたい場所があるの」
「行きたい場所?」
「先生と一緒に行きたい場所があるの」
「……」
「神社に行きたい!」
「……」
「先生が、恋人と出逢った神社に行きたい!」
「天清さん……何を言い出すかと思ったら……」
「一生のお願い!」
「一生のお願いは、こんなところで使うものではありませんよ」
相変わらず、先生は困った顔をした。
「だって、先生はもうすぐいなくなっちゃうでしょ……」
優一郎はハッとした。
「だから、最後に。最後でいいから、一日だけ、わたしに付き合って!」
「うーん……」
あおいは、肩を落とした。
あおいの様子を見た優一郎は答えた。
「分かりました」
「! ホントに? ホントに?」
「はい。その代わり、最後です」
「やったー!」
あおいは、大はしゃぎだった。
「やったよ、神立さーん!」
あおいの叫び声が、空に響いた。
無邪気に喜ぶあおいの姿を見つめ、優一郎は微笑んだ。




