13.二人っきりの補習授業
その日、『陽沙芽高校』の教室には、ひとり優一郎の姿があった。
やがて、教室の戸が勢いよく開くと、あおいが登場した。
「先生! ジャーン」
鞄には、小さなリングに形を変えたブレスレットが付いている。
「腕にできなくなっちゃったから、リニューアルしたの!」
優一郎は微笑んだ。
教室では、しばらく休んでいたあおいの為の補習授業が行われた。
優一郎は、あおいにプリントを渡し、説明をする。
しかし、あおいはプリントではなく、優一郎の顔ばかり見つめていた。
「? 何か顔についてますか?」
「先生が恋人と出逢った場所ってどこ? どこで雨宿りしたの?」
「え……。天清さん、べ、勉強に集中してください」
「あーごまかした」
「誰のための補習だと思ってるんですか……」
あおいは、優一郎をじっと見つめた。
「そ、それを言ったら、ちゃんとやりますか?」
「うん!」
あおいは笑顔で答えた。
先生はいつも困った顔をする。
でも、わたしのお願いは聞いてくれるのだ。
「神社の参拝中に、急に雨が降ってきたり、風が吹いたりすることがあります」
「?」
「それは、神様からの歓迎のサインだと言われていたりします」
「へぇー」
「天清さんは、みそぎの雨って知ってますか?」
「みそぎの雨?」
「神社で降る雨は、みそぎの雨と呼ばれ、けがれを洗い流し、身を清めてくれるそうです」
「ふーん」
「神社に来たら急に雨が降り始めたり、本殿に着いた時には晴れていたり、それってとても縁起がいいことなんだそうです」
「雨なのに縁起がいいんだ」
「僕が彼女と出逢ったのは、神社なんです。そう、突然雨が降ってきた、神社だったんです」
「素敵だね」
過去を懐かしむよう話す先生の顔は優しくて、あたたかかった。
× × ×
図書室では、あおいを待つ杏花が、ひとり勉強していた。
「お待たせ。真面目に勉強してるー」
「そりゃそうよ。早めに終わらせないと後で泣くことになるわよ?」
「はーい」
「補習どうだった?」
「ん? 知りたい?」
あおいは笑顔だった。
「あのねぇー」
杏花は呆れた様子だ。
「先生と二人っきりよ?」
「あおい、まだ先生のこと? 少しは頭打って戻ったかと思ったのに」
「素敵な話聞いちゃった」
「女は好きな人より、好きになってくれる人といる方が幸せになれるのよ?」
「いつの時代の話よ。もう時代は令和なんだから」
「小糠先生なんてダメよ」
「小糠先生って一途なのよ? 今も昔の恋人のことを想ってるの」
「そのおかげで振り向いてもらえないんでしょ? 小糠先生のことは忘れな!」
「陰があるのがまたいいんじゃない!」
「いい加減目覚ましなって。そんな昔の恋人まだ引きずってる40のおじさんとか、絶対ヤバイって!」
「否定ばっかり」
「あの人はどうなの? ほらぁ……病院で知り合った」
「え? 神立さん?」
「いいんじゃない? あおいにも気がありそうだし?」
あおいは、ため息をついた。
「イケメンだからいいんでしょ?」
「なら、わたしがもらっちゃうよ?」
「どうぞー」
「言ったからね? 先言ったからね? もう裏切りじゃないからね!」
「はいはい」
杏花は、いつの間にかイケメンの神立さんを気に入っていたらしい。
先生と恋人との出逢い方は、とてもロマンチックだった。
雨降る神社で、神様からも歓迎されていたなんて。
先生は、消えてしまった恋人のことを話す度、寂しそうでありながらも、どこか嬉しそうで、わたしには見せない顔をする。
そこには、わたしが入る隙間はなかった。




