12.恋は勘違い
青空に蝉の声が響き渡る。
病院の屋上には、あおいの姿があった。
「梅雨明けだぁー」
あおいは両手を広げ、伸びをした。
神立は屋上にやって来ると、そこに、あおいの姿を見つけた。
そっと陰から様子を窺う。
あおいは、生徒手帳の表を開く。
そして、若い美しい女性の写真を見つめていた。
やがて、あおいの背中は震え始めた。
神立は動揺した。
「泣いてるんだ……。よっぽど亡くなったお母さんのことを」
あおいは、涙を拭う素振りをした。
「ま、まさか、事故で死ねば同じ世界に行けたのにとか思ってたら! え? だから屋上に!? 母を追って! まさか……」
よからぬことを想像し、まだ足が完治していない神立はその場でジタバタした。
× × ×
あおいは生徒手帳の裏表紙を開き、涙を流し笑っていた。
裏表紙には、ビックリした優一郎の顔の写真が挟まっていた。
それは、あおいが優一郎と初めて話した屋上で、唐突に撮った写真である。
「我ながら良き写真!」
あおいは生徒手帳を閉じ、大切そうに強く抱きしめた。
そして、空に向かって手を伸ばした。
恋は、脳みその勘違いだと言われる。
なら、わたしも今、勘違いをしているのだろうか?
誰かを本気で好きになるということは、実際にはないのだろうか?
つり橋効果という言葉がある。
恐怖のドキドキを好きだと勘違いするなんて、人間は単純すぎる。
先生の家に行った時、いけないことをしているのではないかというドキドキが、そこにはあった。
男性教師と女子生徒!
そして、国語の先生にあるまじき、あの『月が綺麗ですね』発言である。
でも先生は、まったくもって何も感じてない様子だった。
先生は勘違いでも、わたしを好きになってはくれないのだろうか?
そう考えると、先生の想い人は実に手強い。
雨の日に出逢った鎌倉の人は、一体どんな人だったのだろう。
相当な美人さんだったのだろうか?
それとも、とっても可愛らしい人?
どんなところが好きだったのだろう?
妄想が膨らむ。
あおいの様子を見つめていた神立の瞳には、あおいの姿は、母を想う一人の女性として映っていた。
神立の目からは、涙がこぼれた。
× × ×
その日、病院の廊下であおいと神立が歩いていると、突然目の前に子供が飛び出してきた。
避けようとした神立の足がもつれた。
「!」
慌てて壁に手をついた神立は、そこにあおいを巻き込んだ。
「あらヤダ! もうそんな関係に!?」
二人が振り返ると、杏花がしっかりと現場を目撃している。
状況からして、神立はあおいに壁ドンをしている事態となっていた。
「ち、違うわ!」
神立は慌てて訂正した。
「杏花、知り合いなの?」
あおいは尋ねた。
「そりゃ、もちろん。イケメンだから」
「はぁ……?」
杏花はドヤ顔だった。
× × ×
やがて、あおいより一足先に、神立は退院の日を迎えた。
「お先に」
「退院おめでとう」
あおいは神立を見送った。
「あのさ、退院してもまた会えないかな」
「え?」
「ほら、こうやって会えたのも、何かの縁かもしれないし」
「まぁ……」
あおいは、とくに何を気にするでもなく、神立の申し出を快諾した。
神立は、嬉しそうに病院を後にした。




