10.星に願いを
その日、杏花はあおい用の授業ノートとプリントを鞄に詰め込み、病院へと向かった。
「あおいー! 来たよー!」
あおいの病室に、杏花が小さな花束を持って登場した。
「杏花!」
「でも元気そうじゃん。よかった。安心したよー」
「うん、ありがと」
「見たよニュース。お年寄りの運転とか、あおいトレンドじゃん!」
「あぁ……」
「はい、これわたしからのお見舞いね」
杏花の鞄から、あおいの前に、どっさりと授業ノートとプリントが流れ出た。
「うわっ……」
思わず声が漏れた。
× × ×
「でも全然知らなかったな。あおいが養女だったなんて」
「……」
「でも、何も変わらないよ。わたし達は」
「うん」
「そんなことより、これ!」
杏花は、あおいに短冊を差し出した。
「?」
「もうすぐ七夕でしょ? ほら、あおいも!」
「短冊?」
「ロビーに飾るんだってね。わたしも参加しようと思って」
杏花は、得意気に自分の短冊をあおいに見せた。
あおいは思わず笑った。
そこには『イケメン彼氏ができますように』と書かれていた。
「何これ」
「イケメンは大事よ。目の保養なんだから!」
「そうなの?」
「空からは、どこにイケメンがいるか分かるんだから。ちゃんと頼まないとね」
杏花は、よほどのイケメン好きなのだろうか。
いや、わたしがイケメン好きじゃないということでもない。
ただ、もう今は、先生のことしか考えられないだけだ。
飾らない、それでいて哀愁のある先生のことしか見えないのだ。
星に願いをするなら、人は何を願うのだろう。
空からは、どこにイケメンがいるか分かる……か。
確かに、空からは全てが見渡せる。
だとしたら……。
× × ×
病院のロビーには、沢山の短冊がかけられた笹の葉が置かれていた。
優一郎は、その光景を眺めていた。
「先生!」
「天清さん。明日は七夕ですね」
「先生も書いた?」
「いや、わたしは……。天清さんは何をお願いしたんですか?」
あおいは、自分の短冊を指差した。
そこには、『お父さんに逢えますように あおい』とあった。
「!」
「わたしね、本当のお父さんのこと何も知らないの」
「……」
「でも、お父さんはまだ、どこかで生きてる可能性あるでしょ? だから、逢えたらいいなって」
「……」
「天の神様なら、織姫様なら、知ってるでしょ? わたしのお父さん」
わたしの本当のお父さんは、今、どこにいるの?
お母さんが、どうしても教えてくれなかったというお父さんの存在。
それは、どうして?
本当は、聞きたいことがいっぱいある。
「身内の反対を押し切ってまで、どうしても産みたい。お母さんがそう思った相手って、知りたいじゃない」
「……」
先生は、わたしの短冊を見つめたまま何も言わなかった。
× × ×
あおいと優一郎がその場を去った後、あおいの短冊を見に来た人物がいた。
「あおいの願い事!?」
ビクッとして振り返ったのは、神立だった。
神立の振り返った先には、杏花が立っていた。
「あら、こんなところに足の折れたイケメンじゃない!」
「……」
「あおいのことが、気になるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「?」
「あの……さっき一緒にいた男の人って」
「あぁ、先生!」
「先生!?」
「そう、うちの担任。小糠優一郎」
「担任!?」
「あおいの彼氏だと思った? それはさすがにないか? あおいはね、ちょっと変わってるから。やめといた方がいいかもよ」
「……」
「ま、わたしにしといたら? どうも、田中杏花です」
「え……」
杏花は笑顔を振りまくと、神立の前を立ち去った。
その場に取り残された神立は、再びあおいの短冊を見つめていた。




