第17話 目が覚めたら
『ああ、やっぱりアイリス殿と飲むお茶は最高だな!』
あれ……ここは……ディヒラー家のお庭? どうして私はこんな所でレックス様とお茶を飲んでいるのかしら。
さっきまで燃え盛る倉庫の中にいたのに……どうなっているの?
「え、ええそうですわね」
『ところでアイリス殿。俺に協力してくれないか?』
「え、協力……ですか?」
『そうだ。俺は……君を不幸にする連中を全て殺すつもりだ』
一体何を仰っているんですか……? レックス様は私の説得に応じてやめてくださったじゃないですか。なのに……どうしてそんな事を……。
『だから、君が嫌いだと思う人物や、少しでも不幸にしてきそうな人間を教えてくれ! 片っ端から殺しに行くから! そして君が幸せになれる世界を作ろう!』
「そ、そんなのいけませんわ!」
『……どうして止めるんだ? 俺は君のためを想っているんだ」
私の事を想ってくださるのは嬉しいですが、だからといって人間を殺すだなんて間違っていますわ!
『さあ……早く教えるんだ! 教えないというなら……』
「っ……!?」
レックス様が低い声でそう仰った瞬間、周りの風景が一瞬にして燃えさかり、私の前にはあの青い炎の龍が生まれていました。
「……レックス様は、私の事をそこまで想ってくれて、守ろうとしてくれるんですね。本当にありがとうございます。あなたのその想いに……ちゃんと向き合います。もう、逃げません」
青い炎の龍に一切怯まずにそう言うと、レックス様を含めた全てのものが崩れていき……私は意識を失った。
****
「おや、ようやくお目覚めになられましたか」
「え、あれ……ここ……どこ……?」
ゆっくりと目を開けた私の視界に入って来たのは、白衣を着た男性と、白衣に負けないくらい真っ白な部屋でした。
どうして私はこんな所にいるんでしょうか……? 先程まで倉庫にいて……気づいたらレックス様とお茶をしていて……そして今度は真っ白な部屋……頭が混乱してきましたわ。
「ここは病院ですよ」
「病院……?」
「はい。私はあなたの担当医です。以後お見知りおきを」
「は、はあ……よろしくお願いいたします」
情報の処理が追いついていないせいで、なんとも間の抜けた返事をしてしまいました。少々恥ずかしいですわ。
「あの、どうして私はここにいるのでしょうか? 私は北ブロックの倉庫にいたはずですが……」
「あの火事になった倉庫ですね。近隣住人や、あなたの家に仕える方々によって自警団に連絡が行きましてね。あなた方を救出後、そのまま病院に運び込まれたんですよ。ちなみに通報した方の誰かが、倉庫の中に取り残されていたあなた方を事前に救助してくださったんですよ。おかげで誰も死人は出ませんでした」
そんな事が……だから病院にいたのね……という事は、さっきのは夢だったのかしら。
……よく見ると、身体中に包帯が巻かれていますね……それに気づいたら、急に身体中が痛んできましたわ。
「私、どれくらい眠っていたんですか?」
「一ヶ月くらいですね」
「い、一ヶ月!?」
「魔力の使い過ぎが原因です。あなた無茶しすぎですよ? あと一歩で魔力欠乏によって助からなかったところです」
うっ……そう言われると何も反論が出来ませんわ……あの時はレックス様を助けたり止めたりする事で頭がいっぱいでしたので……。
「治療はいたしましたので、あなたの命に別状はありません。ただ……両腕の火傷がかなり酷く……懸命に治療はしましたが、火傷の跡は残ってしまうかと」
「……そうですか」
もう消えない跡が……これもレックス様を助けるためには必要だった事。後悔は一切しておりませんわ。
……レックス様? そうだ、レックス様はどうなったんでしょうか?
「レックス様はご無事だったんですか!?」
「彼はあなたよりも怪我は酷かったが、命に別状はないですよ。意識を取り戻したのも早かったですしね」
「そう、ですか……よかった……本当によかった……」
「それと、もう一人の女性ですが……最近まではここで治療を受けてたのですが……」
もう一人の女性ってディアナお姉様の事ですわよね? その口ぶりだと……もしかして、もうこの世には……?
「亡くなってしまったんですか?」
「いえ、彼女の怪我は軽傷でしたので。ですが、自警団によって身柄を拘束されてしまい……そのまま連れていかれました。この件に関しましては、彼の方がお詳しいかと」
「彼? レックス様の事でしょうか?」
「ええ。自警団の中に、彼の家の方も含まれていたそうですよ」
……私が眠っている間に何が起こったのか、何となく予想はつきましたわ。ですが、今はその考察をするよりも、レックス様の元へと向かいませんと。
「あの、レックス様の元に伺いたいんですけど、お部屋はどこでしょうか?」
「五階の部屋ですよ。一部屋しかないのですぐにわかるかと」
「わかりました。ありがとうございます」
「ご心配なのは重々承知ですが……あなたもまだ全快したわけではありません。あまり無理はしませんように」
「肝に銘じておきます」
そう言ってから、お医者様は後から来た看護師の方と一緒に私の包帯を取り替えてから、部屋を後にしました。
さあ、早くレックス様の元に行きましょう。そして、守ってくれたお礼や、今回の事を含めて……色々と謝罪をしませんと。
「ふぅ……ふぅ……体力が落ちてるのかしら……歩くだけでもつらいですわ……」
途中で休憩をはさみながら、何とか五階まで到着した私は、一室しかない部屋の前に立つと、軽くノックをしました。
「レックス様、アイリスです……レックス様?」
中から何の返事もありません。話し声も聞こえませんし……もしかして。
「失礼します」
ゆっくりと部屋の中に入ってみると、部屋の中はもぬけの殻でしたわ。
どこに行かれたのでしょうか……何かの検査で部屋を移動しているとか、あとはお手洗いとかでしょうか。この病院は広そうですし、体力が全然無い状態で探すのは大変そうですわ。
『あぁ……アイリス殿……頼むから早く目を覚ましておくれ……!!』
「……今の声は」
間違いない。今のは確かにレックス様の声ですわ。上の方から聞こえましたが……これより上にはもう病室はありません。
という事は……屋上にいらっしゃるのでしょうか? 考えていても仕方ありませんし、とにかく行ってみましょう。
「か、階段……つらいですわ……」
これ以上階段を昇る必要が無いと思っていたので、さらに追加で昇らされるのはつらかったですが、何とか屋上までたどり着いた私の前には、誰もいない夕暮れ時の屋上で、遠くを眺めながら、祈るように右手を胸に当てるレックス様の姿がありました――
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