第15話 救出
「あら……バケモノ女じゃない。ご機嫌麗しゅう」
「ディアナお姉様……!?」
私に見つかっても余裕たっぷりに笑うディアナお姉様を見ていたら、思わず声を荒げてしまいました。
一体何がどうしてこうなったというの? どうしてディアナお姉様がこんな所にいて、レックス様を踏みつけているの? それに、レックス様は縛られていますし、こんなにたくさんの人に囲まれて……中には前に社交界で私に言い寄ってきた人もおりますし……。
「アイ……リ……」
「レックス様! すぐにお助けします!」
「くる……な……」
『侵入者か!? さっさと殺してやる!』
『先手必勝!!』
レックス様の元に向かおうとしましたが、周りの方々の何人かが、私に向かって剣を振り下ろしてきました。ですが、私は心が見える魔法が使える……不意打ちのつもりでしょうが、そんなに心の中で叫びながらでは、バレバレですわ。
「そこっ!」
私は向かってきた方々の武器に氷塊をぶつけて弾き飛ばすと、立て続けに同じ魔法を腹部に命中させて吹き飛ばしました。
ふぅ、戦闘を前提とした魔法の訓練などしておりませんが、心が見える魔法を使えると、いつ攻撃してくるのかとか、相手がどこを狙っているかがわかっていいですわね。
とはいえ、このまま無策に突っ込んでも、また迎撃されるのがオチでしょうし……どうすれば……。
「どうやってここがわかったわけ?」
「……レックス様が伝言を残した女性に話を聞いて、北ブロックに探しに来たら……レックス様の声が聞こえましたの。そんな事よりも、これはディアナお姉様が仕組んだ事ですの!?」
「声? もうボロボロで喋る事もままならないのに……ああ、こいつの心の声が聞こえたのね。心の声が大きければ、離れていても聞こえるんだっけ? 普通に喋るだけでもうるさいのに、心までうるさいとか馬鹿じゃないの? まあいいわ……ええそうよ。厳密に言うと、お母様が準備して、お父様がアイリスを閉じ込め、私が直接手を下す予定だったのよ」
「お父様とお母様まで加担してたなんて……っ!? やめなさい!!」
さらに足に力を入れるディアナお姉様に、私は氷柱を真っ直ぐ飛ばしましたが、ディアナお姉様の風の魔法によって軌道をずらされてしまい、当たる事はありませんでした。
……さっきは上手く武器をはじけましたが、今の相手は魔法の腕がピカイチなディアナお姉様……流石に正面からでは通用しませんわね。
『アイリス殿……早く逃げるんだ! こいつらは闇魔法を使って、俺に君との縁を切る契約をさせるつもりだ!』
闇魔法……? 縁を切るって、一体どういう事ですの?
『こいつらの目的は、あくまで俺だ! 今すぐに立ち去れば、アイリス殿が傷つく事はない……なに、俺は君のためならいくらでも耐えられる! だから……早く逃げろ!!』
こんな状況でも、心の妖精を使って私の心配をしてくれるレックス様に驚いていると、一人の男性に後ろからがっしりと身体を掴まれてしまいました。
くっ……不覚でしたわ……レックス様の言葉に動揺して、背後から来ていた方に気づけませんでしたわ。
「丁度良いわね。バケモノはそこで大切な男が傷つき、そして裏切る様を見てると良いわ。別に良いでしょ?」
「いいんじゃないか? 俺は彼女を手に入れられるならそれでいい」
「決まりね。ほらさっさと誓いなさいよ」
「こと……わる……」
「レックス様!! このっ……離しなさい!!」
私は拘束している男性の足の甲を思い切り踏みつけて怯ませ、拘束の手を緩めさせてから、そのまま水の魔法を使って彼を壁まで押し流しました。
とりあえず拘束からは抜ける事は出来ましたが……明らかに数が多すぎますわ。それに、ドレスでは動きづらいことこの上ないです。
「ごめんなさい、レックス様。あなたのために着てきたドレスですけど……」
少しためらいながら氷の短剣を作り出すと、ドレスの袖を完全に切り落とし、スカートも半分以上切り落としました。よし、これでかなり動きやすくなりましたわ。
「何をしているグズ共! さっさと捕まえろ!」
「ちっ……マールムのガキめ、偉そうにしやがって。まあいい、ハーウェイの血を手に入れるのは俺だ!」
「何を言っている! 僕の家のものに決まっているだろう!」
「ハーウェイの力、舐めないでくださいまし!!」
過去に私に言い寄ってきていた方々の口喧嘩に嫌悪感を感じつつも、魔力を右手に集中させた私は、そのまま地面に魔力を流して、倉庫の中の床や壁を全て凍らせました。
「うわっ、なんだこれ!?」
「滑って上手く立てねえ!!」
突然変化した床の状態に対応できない方々は、転んだり滑ったりしていました。当然、その隙を私は見逃しません――私はレックス様に向かって、真っ直ぐ滑っていきます。
『来ると思ってたわよ、馬鹿ね!』
『良い手だが、流石に詰めが甘いのではないか?』
「その言葉、そっくりお返ししますわ!!」
ディアナお姉様やロック様は、私がなにか一手挟んでからレックス様の救出に来ると踏んでいたようだけど、私には心の妖精を通じて、何を考えているのが聞こえる……戦いに於いて、その差は大きいです!
「はぁ!!」
「きゃあ!?」
「うおっ!?」
迎撃態勢を取っていたディアナお姉様とロック様の足に氷塊をぶつけると、バランスを崩して転んでしまいました。そしてそのまま滑っていき、壁に勢いよく衝突されました。
一方の私は、屋敷を脱出する際に使った時と同じように、氷の短剣を地面に突き刺して強引にブレーキをかける事で、うまくレックス様のところで止まることが出来ましたわ。
「レックス様! ご無事ですか!?」
「ア……リ……」
すぐに氷の短剣で縄を切って拘束を解いてさし上げましたが、それでもレックス様はぐったりとしております。
ああ、なんて事……こんなに血まみれになって……こんなになるまで、私のためにずっと耐えてくれていたんですのね……こんな酷い事をするなんて、絶対に許せませんわ!
「くっ……このバケモノめ……行動を読んでいたのに、心を見てそれに対応してくるなんて……!」
「今だけは、心が見える魔法に感謝しますわ。さあ……レックス様をこんなに痛めつけた罪は、その身で償ってもらいます!」
「バケモノが、調子に乗るんじゃないわよ!!」
「くっ……きゃあぁぁ!!」
残っている魔力を全て使い、周りのものを全てを凍らせるブリザードを発生させましたが、激昂したディアナお姉様は、強風を生み出してブリザードを押し返してきました。
それどころか、そのまま風の刃を無数に作って私の四肢を切り刻んできましたわ。
い、痛い……けど、この程度の痛みなんて、レックス様が受けた痛みに比べれば可愛いものですわ。こんなところでへこたれてる場合では……。
「この私が、あんたみたいなバケモノに負けるわけないでしょう!」
「バケモノ? 上等ですわ! レックス様を守るためなら、私は喜んでバケモノになりましょう!」
勇ましく叫んだのは良いですけど……先程のブリザードで決めるつもりでしたので、もう魔力がほとんど残っていません。それに身体中が痛むせいで、立ち上がれそうもありません。
そんな私とは対照的に、周りの方々も凍った床に対応してきているのか、徐々に立ち上がっています。
いくら心を見て相手の狙いがわかるとはいえ、こんなにボロボロの状態では厳しいですわ……。
「ほらほら、自慢の心を読む魔法で何とかしてみなさいよ!!」
「きゃあぁぁぁぁ!!」
痛みに耐えながらも、なんとか魔法を使おうと試みましたが……ディアナお姉様の風の刃が、それを阻止しようと私に襲い掛かります。
トドメを刺そうと思えばいつでも刺せるでしょうに、ディアナお姉様は私をいたぶるように、わざと急所を外しております。
もう身体は切り傷だらけで、折角着てきたドレスの半分以上は血で赤く染まってしまいました。疲労も限界にまで達したのか、息をするのもつらいです。
「随分と大人しくなっちゃて、どうしたのかしらバケモノさーん? 私に罪を償わせるんじゃなかったのー?」
「きゃあ!?」
『あはははは!! なんて楽しいのかしら!! 最初からこうしてればよかったわ!! ほらほら、もっともっと悲鳴を上げなさいよ!!』
「うっ……」
ディアナお姉様の心の妖精が歓喜に震えるのを見せつけられながら、何も出来ずに身体を切り刻まれる。それは、今までで一番の屈辱を感じました。
嫌だ、負けたくありませんわ。こんな人に……レックス様との幸せを奪われたくありません……!
「ほら、死にたくなければ、もう諦めて私に泣いて謝りなさい。そうしたら、今後は私に絶対服従という条件下で許してあげても――」
「……なんなんだ貴様は……」
ディアナお姉様が楽しそうに笑う中、凍っていたはずの床や壁が一気に溶け始めました。それと同時に……ドスの効いた声を漏らしながら、レックス様はのそりと立ち上がりました。
その表情も心も、私が今までに見た事がないくらいの怒りに染まっていて……恐怖すら覚える程でしたわ。
「もう許さん。ディアナ・ハーウェイ……貴様だけは……いや、貴様らハーウェイ家だけは、俺が直接裁きを下してくれる」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
こちらのお話ですが、作者の不手際により抜けてしまっておりました。読者の方々には混乱を待ていてしまい、大変申し訳ございませんでした。以後このような事が起こらないように気をつけます!




