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第8話 未来と運命

 リビアとアイリスが部屋から出て行ったのを確認した後、俺は窓から外を見た。

 本来であれば手入れされた綺麗な庭と荘厳な正門があった場所、そこから黒煙が立ち込めているのが確認できる。

 そこら中に飛び散っている木片は、アイリスが乗ってきた馬車だろうか。

 もしあの中にアイリスが乗っていたらケガでは済まなかったはずだ。


「火属性魔法の爆発……」


 当然ながら街中で使用を禁止されている魔法群で、戦時中でもなければまず使用されない危険なものだ。

 脅しではない明らかな殺意。

 しかもそれは相手がそれなりに魔法を扱うことが出来るという証明でもある。

 魔法師で言えば4等級以上、暗殺者としてかなり優秀な人材だと思われる。


 しかしそれは俺にとって好機だった。

 慣れない体格に運動後の疲労という最悪な状態。

 近接戦闘になってしまえば確実に負けることは目に見えている。

 だが魔法を使う相手ならば話は別だ。

 肉体の状態など関係なく、純粋に魔法で打ち勝てば良い。

 2等級魔法師だった実力を見せつけてやればいいだけ、と思いつつもこの身体での実戦経験は皆無なのが現状だ。

 以前のように魔法を使うことが出来る保証はどこにもない。

 それにもし魔法を上手く使えたとしても、優勢に戦えるのは魔法を使う相手との1対1の場合のみ。

 皇族と公爵家襲撃の実行犯が1人であるわけがなく、今すぐ攻撃に移るのは愚策に思えた。


「衛兵は……やられてるか」


 辺りを見渡してみると、警備をしていたであろう人達が倒れているのを確認できた。

 最初の攻撃で真っ先に狙われたようだが、胸が上下しているのが確認できる。死んではいない。


「っ!」


 嫌な予感がし、ほぼ直感的に頭を下げる。

 途端に頭上を火の塊が通過し、後ろの壁を燃やした。


「火球……」


 火属性魔法の火球。

 最も一般的な攻撃魔法。

 もちろん街中での使用は禁止されている。

 そしてそれをこちらに向かって放ったということは、俺の存在が気づかれたか、あるいはアイリスがいると思われる客間を狙ったかのどちらかだ。

 できれば後者であって欲しいが、いずれにせよ攻撃されることには変わりない。

 直ぐにここを離れた方が良いだろう。


「水球」


 延焼し始めている壁に向けて小さな水をかけると同時に、ゆっくりと客間から出た。

 客間の出た先は大広間が広がっており、すぐ傍に正面玄関がある。

 敵が入ってくるとするならば、間違いなくここからだろう。

 であればここを塞ぐことで時間稼ぎができるはずだ。


「よし、砂塵操作!」


 俺は近くに飾られていた花瓶を割り、その中にあった土を操作する。

 フワフワと浮かぶ土。

 だが案の定その動きは拙く精巧の欠片もない。

 やはり慣れ親しんだ水属性魔法のようにはいかないみたいだ。


 しかし今の作業に精巧さは必要ない。

 俺は浮かべた土の塊を扉の隙間へと潜り込ませていく。

 嫌がらせ程度にしかならないかもしれないが、これで扉は開きにくくなったはず。

 念のために余った土をポケットに仕舞い込み、次なる準備を済ませるべく、俺は食堂へ急いだ。


「ノーム様! ここは危険です直ぐにお逃げを!」


 食堂にはメイドが1人、焦った様子で俺に対して声を投げかけてきた。

 しかし俺はその忠告を無視し叫ぶ。


「今すぐ水を用意してくれ! できるだけ多く」

「み、水ですか?」

「早く!」

「は、はい!」


 困惑しながらもメイドは指示に従ってくれた。

 若干心は痛むが、今は緊急事態だ。

 致し方ない。


「お水です!」


 走ってメイドが用意してくれたのは、ノームの頭ほどのサイズの容器に入った水だった。

 十分である。


「ありがとう」

「では、直ぐに避難を!」

「ああ」


 メイドの後ろをついていく。

 裏口から逃げようとしているようだった。

 だが、裏口には使用人が皆焦った様子で立っていた。

 すると顔を怪我したのか、布で顔を覆った1人の使用人がこちらに気づき、こう口にする。


「囲まれているみたいです」


 流石の計画性というべきか。

 直ぐに屋敷内に入ってこない辺り、屋敷から逃げ出す者の背後をついて1人1人仕留める作戦みたいだ。


「ノーム様、こちらへ」


 裏口からの脱出は不可能と考えたメイドが、俺を連れて再び歩き出す。

 

「どこへ?」


 俺の質問にメイドは耳打ちする。


「地下室でございます、ロード様やアイリス殿下もそこにいらっしゃるかと」


 そういえば先ほどの場所にいたのは数人の使用人だけだった。

 アイリスや父、リビアの姿はなかったが、そういうわけか。


 いや、ちょっと待て。


「ノーム様?」


 俺は歩みを止めた。

 何故あの使用人は、この屋敷が囲まれていることを知っていた?

 あの様子からして誰かが出て行った気配はなかったし、そもそも敵方が逃亡者を仕留める作戦なのだとしたら、それを一介の使用人が勘付くことなんてあり得るのだろうか。

 褒めたくはないが、暗殺者である彼らは専門家。

 素人に気づかれるようなへまはしないはずだ。


「くそっ!」

「ノーム様、どこへ!?」

「用事が出来た、貴方は先に地下室へ!」

「ノーム様!」

「絶対に着いてくるな!」


 俺はメイドの静止を振り切り直ぐに裏口へと戻った。

 俺の予想が正しければあの使用人はきっと。


「おや、どうしてお戻りになられたのですか?」

「……何をしている」


 裏口に立っていたのはたった1人の使用人。

 残りの使用人は皆、床に倒れておりピクリとも動かない。


「質問を質問で返すとは、やはり噂に違わない礼儀知らずのクソガキみたいですね」


 使用人が顔を上げる。

 予想通りだった。

 そこにいたのはアイリスの使用人テル。

 先ほどは顔を覆っていたのに加えて、服装も違っていたから気が付かなかった。


「答えろ!」

「はぁ、安心してください。ただの睡眠毒ですよ」


 大きくため息をついて呆れたように言うテル。

 どういうわけか使用人を殺すつもりはないらしい。


「まあ後遺症は残るかもしれませんが」

「クソ野郎が! 砂塵操作!」


 ポケットに入れていた土をテルへと投げ、魔法を唱える。


「全く……目くらましにもなりません」


 テルは一歩も動かず土を正面で受ける。

 しかし俺の投げ飛ばした土はテルへと届かない。

 こいつ、風を身体に纏って!


「風属性魔法……」

「おや、頭の方は回るみたいですね」


 つまり正面を攻撃した火属性魔法使いではないということ。

 やはり複数人での犯行だったか。


「安心してください、私の目的はアイリス殿下とレスティ公の命だけ、彼らの居場所を教えてくれるのなら何もしません」


 歴史通りだ。

 反皇族派による暗殺事件。

 結局、未遂に終わったことは間違いなく、何らかの要因で彼らは失敗することになる。

 俺の出る幕じゃないかもしれない。

 だが、この事件の結末を知っている身として、死傷者出たことだけが心に引っ掛かっていた。

 あいつの言い分を信じるなら、あの使用人たちを殺すつもりはないらしく、今はまだ死傷者は出ていないはずだ。

 衛兵の人達も見た限りでは生きていた。

 だったら誰が被害にあってしまうのか。


「……目的は何だ?」

「聞いてどうするんです? 協力してくれるとでも?」


 協力、その言葉を聞いてゾクリとする。

 ノームだったらどう答えるだろう、と考えてしまったからだ。

 だが俺は俺だ。

 答えは変わらない。


「ふざけるな!」

「やはり馬鹿ですねえ、嘘でも言えば良いものを」


 呆れた眼差しを向けるテル。

 だがこの男に嘘が通じるとは思えない。

 心にもないことを言って無様を晒すよりは、本心を言った方が良いに決まっている。


「では、貴方もこの方たちと同じように眠ってください」


 余裕の笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。

 その際にこちらに見せつけるように、懐から短剣を取り出した。

 敢えて相手を煽るような行動、趣味が悪いとしかいえない。

 だが、それは油断の表れでもある。


「水弾」


 テルの胸めがけて指を指す。

 と同時に魔法を放った。


「っぐ、お前、何をした!」


 テルは胸を押さえてその場にうずくまる。

 俺が使った魔法、水弾。

 水球とは似て非なる魔法で、その最大の違いは速度と威力。

 現に風の鎧を纏っていたはずのテルにダメージが通っている。

 まあそれは油断、隙があったことも起因しているが。


「知らなくていい」

「この、クソガキが!」


 激昂してこちらに飛びかかろうとするテル。

 俺の懸念していた近距離戦闘だ。

 逃げる足も避ける身軽さもこの身体にはない。


 だが、俺の攻撃は生物において一撃必殺だ。


「水流操作」

「がはっ!」


 苦しげに呻くテル。

 なおも鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。

 だが血液を滞らさせたのだ、もはや気力ではどうにもならない。


「寝てろ」


 そしてテルはその場に倒れこんだ。

 血流が止まったことによる酸欠状態。

 ただの気絶だ。

 このまま殺すことも可能だが、情報を引き出すためにも殺すわけにもいかない。

 それに俺の体面もある。

 この歳から殺人なんて荷が重すぎる。


「何とかなった……」


 何とか1人は仕留めることができ、俺は大きく息を吐く。

 残り何人かは知らないが、屋敷を取り囲んでいるというのは俺たちを屋敷に閉じ込めるためのデマだと考えるのが自然か。

 ならば数十人という規模ではないと思いたい。


 ということでひとまず地下室に向かうことにした。

 何といっても疲れたの一言に尽きる。

 魔力枯渇の気配はまだないが、体力の方が限界だ。

 

「――死ね」

「え?」


 1人倒して油断しきっていたのだろう。

 もしかしたら疲労のせいもあったかもしれない。

 俺は背後に近寄ってきていた敵に気が付かなかった。

 迫る死の感覚。

 魔法を使う余裕もない。


 ――ああ、俺はまた死ぬのか。


 油断と隙。

 完全に自分の責任だ。

 俺は諦めて目を閉じる。


「ノーム様!」


 突然誰かに体当たりされ、俺は床に転がった。

 慌てて目を開くと、そこには1人の人影。


「リビア!」


 それは見知った顔、アイリスと共に避難したはずのリビアの姿だった。


「……ノーム様、ご無事で何よりです」


 彼女はこちらを振り向き、小さく笑みを溢す。

 彼女の背中には、1つの短剣が突き刺さっていた。

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