勇者パーティから悪役転生~相討ちした仇に転生しました

第1章 レスティ公爵家編

第5話 皇女と魔法

　アイリス・ディーネル。

　現皇帝ダリス・ディーネルの次女であり、その整ったルックスと高潔な人物像を持った彼女は、国民からとても人気を博していた。

　そして彼女はあの悪名高きノーム・レスティの許嫁としても広く知られていた。

「……定期的な挨拶かなにかか？」

「あ、彼女との事はご存じだったのですね？」

「当たり前だ」

　リビアの発言に大きくため息を吐く。

　自国の姫、それもかなり知名度の高かった人物を知らないわけがない。

　と言っても今の今まで存在を忘れていたのは事実だが。

「ちなみに今回のご訪問は、ノーム様のお見舞いでございます」

「……見舞い？」

「ノーム様が呪いによって倒れてしまったことは、関係各位には知らされておりますので」

「そういうことか」

　自分のことで思いのほか一大事となっていたことに、改めて貴族の影響力の強さを思い知らされる。

　だがその事実は怖い半面、好都合かもしれない。

　何しろ魔法協会と繋がりを持つための要件である、悪評払拭と好成績は影響力を使うことで効果を引き上げることができるからだ。

　これを利用しない手はないが、やりすぎにも注意は必要だ。

　誰かしらに変な疑いをかけられない。

　特に父からの視線には気を付けなければ。

「ああ、だから父とミリアも俺の様子を見にきていたのか」

「そういうことでございます」

　色々と合点がいった。

　父がわざわざ話しかけてきた理由とミリアが部屋の外にいた訳、更に言えばアイリス訪問。

　どれも俺の様子を見るためだったのか。

　ただ真意として、純粋な善意があるとは思えない。

「それにしても何で今更それを……急すぎないか？」

　今までお世話になってきたリビアだったが、今回の件に関しては文句を言いたくなってしまう。

　皇女訪問なんて公爵家からしてみれば大したことないかもしれないが、平民の俺からしてみれば一大事だ。

　いくら何でも悪い冗談にしか聞こえない。

「申し訳ありません、色々なことがあり今日まで忘れてしまって……」

　下手に言い訳しないのが彼女の良いところなのかもしれない。

　それにその要因は俺にある。

　これでは文句が言えないではないか。

「……それで、具体的な俺とアイリスの関係は？」

　追及を諦めて早速本題に入ることにする。

「最悪です」

「……何となく予想はしていたよ」

　ノームが女性にデレデレしているところなんて想像ができない。

　そしてそれはアイリスも同様にだ。

　互いに気が強いという共通項を持っており、どう考えても上手くいっているとは思えなかった。

　実際に学園でもノームとアイリスが会話をしているところは見たことがなく、裏では不仲説が囁かれていたほどだ。

　ということは今回の見舞いも、形式上のパフォーマンスというわけだ。

「なら特に対策はいらないわけか」

「はい、無理に敬った姿勢を見せる必要はございません」

　婚約者とはいえ仮にも皇族、現皇帝の娘に対してその発言は如何なものか。

　まあリビアの物事をハッキリと言い切る性格は、俺としてもとても気持ちが良いし、その性格からリビアが1年もの間ノームに仕えることができていた理由も理解できる。

　もちろんノーム相手にこんな物言いはしていなかったとは思うが。

　それに我がレスティ家も流石にディーネル皇族一家には劣るものの、家柄はかなり良く、第2皇女と婚姻関係が結べた所からも力関係が見えている。

　4代勇者を輩出した英雄家としてディーネル帝国では随一の人気を誇っていた公爵家、それがレスティ家なのだ。

　ただそれは俺ことノーム・レスティによって、堕ちた英雄家とまで言われるようになるのだが、それは俺の行動次第でどうにかするしかない。

「アイリス殿下……いや、呼び捨てでいいのか？」

「はい、そもそも婚約者ですのでこれからも呼び捨てで構わないかと」

「了解」

　結局のところ、ノームとアイリスの仲が親密でなくて良かったというのが本音だ。

　リビアのように直ぐに正体が疑われかねない。

　今回に関してもノームの人嫌いが上手く作用してくれているようだ。

「それではお着替えやその他諸々を済ませておいてください、私は一度下に降りて様子を確認してまいります」

　そう言ってリビアは部屋から出ていった。

　俺は大きく息を吐く。

　まさかあのアイリスとこのような形で会うことになろうとは、人生何があるか本当に分からない。

　しかもアイリスは俺がノームになる前にも会ったことがある人物で、勇者パーティの歓迎会で実際に会話をしたこともあった。

　その時の印象はとても良く、こちらに対する気遣いや誠意も窺い知れた。

　だが今の俺はノームだ。

　あの時のアイリスは一度忘れた方が良いかもしれない。

　むしろ嫌悪感を向けられても良いように構えておいておくのもありかもしれない。

　そんなことを考えながら支度を始める。

　と言ってもリビアに用意された服に着替えるくらいのことしかないので、準備は直ぐに終わってしまった。

　持て余した時間。

　しかし特にこれといってやることもない。

　嫌な緊張感を持ったまま、時間がゆっくりと過ぎていくのを感じる。

　さて、どうしようか。

「そうだ、魔法」

　ノームの体になってから一度も魔法を使っていなかったことを思い出す。

　そこで俺はとある研究論文を思い出した。

　それは以前何気なしに読んだ魔法工房の研究論文だ。

　タイトルはずばり『魔力は身体に宿るか魂に宿るか』。

　人が使える魔法は才能によって決まる。

　それが火、風、水、土の四つから構成される魔力属性のことを指し、人は基本的に生まれ持った魔力属性に適した魔法しか使うことができない。

　つまり俺は水の魔力属性を持っていたため、水属性魔法を使えたわけだ。

　そしてその魔力属性というのは一体どこからもたらされているものなのか。

　それが魔法師の間では結構議論になることが多かった。

　身体に宿っていると主張する者。

　魂に宿っていると主張する者。

　もしくは天から授けられていると主張する者。

　このように主張は多種多様であり、魔法工房としてもその議論に決着をつけるべく研究をしていたのだろう。

　そこであの研究論文だ。

　魔法工房から出されていることもあり、発表当時はかなり注目を集めていた。

　そしてその論文は、魔力は魂に宿るもの、という結論を導き出していた。

　とはいえ、「絶対にそうである」と言った断言口調ではなく、あくまで「そう考えられる」といった見解だ。

　今まで身体改造を施した人間に、属性変化が生じなかった点を根拠としたらしい。

　だがまだ事例がないだけとも言える。

　つまり結局のところ正解には誰も辿り着けなかった。

　だからその論文が出た後も、その論争は続くことになったのだ。

　しかし今の俺ならその正解を知ることができる。

　俺の記憶が正しければ、本来のノームの魔力属性は土。

　俺の魔力属性であった水ではなかったはずだ。

　土属性を使っていたノームの身体に、水属性を使っていた俺の魂。

　さて、どちらの魔力属性になっているだろう。

「……緊張してきた」

　一生解けないと思っていた答え。

　その答えが今俺の体にある。

　緊張しないわけがなかった。

　俺は大きく息を吐き、お馴染みの水属性魔法を唱えようと口を開く。

　その瞬間だった。

「ノーム様、アイリス殿下がお見えになりました」

「……分かった」

　アイリスと魔法論。

　どっちが大事かと問われれば間違いなく前者だ。

　魔法師としては後者を選びたい気持ちだが、今は自分の願望よりも堅実な一手を選択するべきである。

　リビアに連れられ、再び1階へと向かう。

　今度は誰にも会うことなく1階に辿り着いた。

「こちらが客間になっています」

　扉の目の前でリビアが耳打ちしてくる。

　この扉を開けば、あの第2皇女アイリスがいる。

　つい魔法論の考えに耽ってしまい緊張を忘れていたのだが、やはりこうして目の前にすると緊張感が溢れてくる。

　俺は大きく息は吐き、扉を開いた。

　高級感溢れる客間のソファーに座る、可愛らしい顔立ちの少女。

　間違いない、アイリス・ディーネルだ。

「待たせたな、アイリス」

　できるだけ自然に、かつ強気にいくため先に言葉を発した。

　シンと静まり返る部屋。

　アイリスとその使用人と思しき男性は言葉を失ったかのように固まり、リビアは空笑いを浮かべていた。

　もしかしなくても俺は対応を間違えたのだろう。

「……呪いにかかったと言うのは本当のようですね」

　アイリスが怪訝そうな表情をこちらに向け言葉を発する。

「何のことだ？」

「貴方が挨拶をしてくるなんて、今までなかったでしょう？」

　思わず苦笑いが零れる。

　まさか挨拶すらしない仲だとは思わなかったからだ。

　もはや絶縁状態と言っても過言ではないか。

「……まあそうだな、呪いのせいだ」

　特に言い訳も思いつかず、アイリスの言葉に肯定をする。

「大袈裟な話ではなかったようですね、お大事にとだけ言っておきます」

　アイリスの言葉から、今までもこうした事故はあったのだと推測された。

　そしてそれらはノームの大袈裟な反応のせいで、大したことがなかったと考えられる。

　ノームのことを考えると、とてもありそうな話だ。

「ああ、それで要件はそれだけか？」

　居心地の悪さが尋常ではない。

　アイリスの以前とは真逆の冷たい印象に、背後に控える使用人からの圧。リビアと俺の緊張感も相まって、場には嫌な空気が流れている。

　せっかく来てくれて申し訳ないが、一刻も早くこの場から立ち去りたい。

「いえ、レスティ公とも約束がありますので」

「そうか」

　それだけ言って再び沈黙が訪れてしまった。

　気まずい。

「では私は旦那様を呼んでまいります」

　逃げるようにリビアが部屋から出ていった。

　仕事なのだろうが、この場から逃げることのできたリビアが恨めしい。

「テル、貴方も控えていいですよ」

「承知いたしました」

　アイリスの言葉によって後ろに控えていた使用人も部屋から出ていく。

　アイリスと二人きり。

　最悪な状況になってしまった。

「ノーム、少し貴方とお話があります」

「なんだ？」

　明らかな人払い。

　かなり重要な話をするつもりなのか。

　より緊張感が高まる。

「貴方の妹のことです」

「……ミリアがどうした？」

　突然妹ミリアのことを振られ、驚きつつも自分のことに対しての指摘でないことにホッとする。

　だがその俺の感情とは真逆に、アイリスの声音に熱が帯びる。

「っ！　今日、初めて顔を見ました。知っているんですか彼女の状況を」

「ああ」

　俺だって今日知ったばっかりだが、ちゃんと認識している。

　あの痛々しい少女のことを。

「だったら……っ！」

「……何とかしようとは思っているさ」

「……え？」

　今までのノームからは決して零れないであろう言葉。

　それを俺は思わず口にしてしまった。

　アイリスの怒気が収まり、今度は驚愕へと変わっていく。

「今、なんと言ったのですか？」

「……何とかする」

　流石にごまかすのは不可能だった。

　それにここまで妹のことを考えてくれているアイリスに真意で向き合いたい気持ちもある。

「その言葉、信用できるとでも？」

「まあ、それは俺の努力次第だな」

　直ぐに信用が得られるとも思っていない。

　努力する。

　それこそ本当に俺の目標達成に必要な事柄だ。

「……今までのこと、忘れてはいません。呪いで表面上は丸くなったのでしょうが、貴方の性根が腐っていることを私は忘れません」

「ああ」

　あのアイリスにここまでハッキリと言われてしまうとは。

　哀れな男だ。

「ですが今回はあくまでお見舞い。病人にこれ以上のことは言いません。次お会いすることがあった時、それこそ呪いの効果が切れた時期にもう一度お話をしましょう」

「ああ、それで良い」

　そう言ってアイリスは部屋から出て行った。

　一人残される俺。

　大きく息を吐き脱力をする。

　結果としてはどうだろう。

　相変わらずボロが出まくりだったが、ひとまずは乗り切ったと言っても良いのではないだろうか。

「これから頑張らないとな」

　アイリスとの会話を思い出し呟く。

　結局はノームという愚かな男が招いた結果があの言葉には全て詰まっている。

　その一つ一つを赤の他人、いや仇である俺が尻ぬぐいをしなければならない運命に腹が立つが、己の良心に逆らうことはしたくない。

　そう、ノームのためではなく、あくまで自分のため。

　まずは見た目から。

　俺は自分のお腹を見て一つ決心した。