第38話 作戦決行
姫様の部屋へと向かう。
そんな目標ができた俺たちだったが、すぐに向かうという選択は取らなかった。
理由は簡単だ。
「ごめんなさい、時間は限られているというのに」
レフィアは申し訳無さそうに告げる。
俺は仕方がないと首を振った。
「大丈夫ですよ、それに無理をして失敗でもしたらそっちの方が最悪です。それに作戦決行は日が暮れてからの方が良いかと思います」
レフィアは長く監禁生活だった。
表面上元気に見えても、肉体にも精神にもダメージが残っているに決まっている。
今は休むべきだ。
「分かりました、ノーム君の判断を信じます」
「ありがとうございます」
レフィアはそう言って再び横になる。
俺を信じてくれて本当にありがたい。
もし彼女がアランだったら……
直ぐにでも行ったほうが良いと反論してきたかもな。
それをアリアと一緒に宥めるのだ。
ああ、きっとそうなっていた。
「何だか楽しそうですね」
ふと、レフィアがそう声をかけてきた。
「あ、すいません!」
懐かしさのあまり思わず頬を緩めてしまっていたようだ。
こんな状況下で何と場違いなことだろう。
「いえいえ、緊張しすぎて休めなかったら元も子もないですから」
「あ……」
レフィアはそう言って微笑んだ。
言われてみれば確かにそうである。
明日には大事が控えているこの状況。
緊張で休めない可能性が高い。
「あれ、急に無言になってどうしました?」
「自分の置かれている立場を思い出しまして……」
「ふふ、ノーム君でも緊張するんですね」
「当然しますよ!」
レフィアの言葉に大きく頷いた。
何故か彼女から俺は度胸がある人に思われていたみたいだ。
だがそれは大きな間違い。
あまり顔に出ないから勘違いされがちだが、俺は小心者なのだ。
慎重な性格もそのせいである。
「そうなんですね、何だか安心しました」
「何だと思ってたんですか」
「大人っぽさを通り越して、達観した子ども仙人と」
「……今すぐそのイメージを変えてください」
レフィアの言葉に抗議の意を示す。
確かにレフィアの言葉は言い得て妙であり、半分正解だ。
悔しいがそれは否定できない。
だがロイとして生きていた年齢は18歳。
仙人をイメージされるほど老いてはいないし、達観してもいない。
「もちろん冗談ですよ」
レフィアはそう言って悪戯な笑みを浮かべた。
まさに年齢通りの可愛らしい笑みだ。
つい忘れがちだが彼女は今の俺の身体とほぼ同い年。
そう考えると、彼女の方が大分大人びている。
まさに人に言える立場ではない。
こうして考えると改めて史上最年少の1等級魔法師の凄さが実感できる。
しかしここから成長したら一体どんな人になるのだろうか。
純粋に気になるところである。
「どうしました、私の顔をじっと見て」
「あ、ごめんなさい、ボーッとしてました」
彼女の事を考えるあまり、無意識に顔を見てしまっていたようだ。
「まあ見られて減るものでもありませんし、いくらでも見ていいですよ」
「……遠慮しておきます」
誇らしげな表情を浮かべ、俺に見るようアイコンタクトをするレフィア。
だからといってジックリ見るワケにもいかず、俺は首を振って断った。
「あーあ残念。もうこんな機会ないのに」
悪戯な笑み浮かべながら俺を挑発するレフィア。
「……残念です、これでレフィアとの縁も最後というわけですか」
しかしやられっぱなしでは気が済まない。
負けじと俺も言葉を返した。
「むっ、痛いところを突きますね。流石は仙人ノーム君」
「やめてください!」
レフィアもレフィアで言い返してきた。
そうしてしばらく問答を繰り返し、二人で笑い合う。
「ふふ、大分緊張もほぐれたんじゃないですか?」
「え、まさかそのために?」
レフィアの一言に俺は感心の視線を送った。
「まあ半分以上はただの趣味でしたが」
「……ですよね」
今までの会話が全て計算だったとしたら、感心を通り越して怖い。
逆にそこまで人間離れしていなくて安心した。
だが今までの会話のお陰で緊張がほぐれたのは事実だ。
大分リラックスできた。
やはり話し相手がいるというのは良いものだ。
「ということで休みましょうか、一緒に寝ます?」
「……緊張して眠れなくなるので遠慮しておきます」
再び仕掛けてきたレフィアに丁寧なお断りを入れる。
「ふふ、その歳の子が言う断り文句じゃないですよ」
「レフィアだって、その歳が使う誘い文句じゃないです」
またしても問答が始まったが、結局は和やかな雰囲気で決着を迎える。
そうして俺たちは夜までの間、和やかな雰囲気で過ごし、そしてそれぞれの部屋で英気を養うのだった。
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そして深夜。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
静かに部屋を出ると、既にレフィアは支度を整え椅子に座っていた。
顔色を見る限り、問題はなさそうだ。
「はい、バッチリです。レフィアは大丈夫ですか?」
休憩を取るという選択は間違っていなかった。
「私も大丈夫ですよ」
拳を前へ突き出して元気さをアピールするレフィア。
何とも可愛らしい光景である。
だが和んでもいられない。
「では行きますか」
しっかりと気を引き締め、ウッドの家を出た。
辺りは真っ暗。
月明かりだけが辺りを照らしていた。
「……着いてきてください」
囁くような声でレフィアが告げる。
見れば彼女の瞳が赤色に鈍く輝いていた。
魔眼である。
「……魔眼って夜目にもきくんですか?」
私語は慎むべきなのだろうが、疑問は解消しておきたかった。
必要な情報だと思ったからだ。
「魔力には明暗なんて関係ありませんから」
「なるほど」
暗闇が見えるようになるため、というよりは暗闇に潜む人を見抜くための魔眼使用ということか。
「……見えてきました」
しばらく歩くと、一つの建物が見えてきた。
レフィアが言うにはそこが姫様のいる建物らしい。
見れば、聖霊会の建物のすぐ近くだった。
警備が厳重そうである。
「見張りは3人ですね」
レフィアが小声でそう告げる。
流石は魔眼。
俺の目には何も見えていないというのに。
「どうしましょう?」
「そうですね、物音を立てるというのが定石だと思いますが……」
レフィアはそう言って手を出した。
魔法を使うという意味だろう。
確かにそれで注意を逸らすのが最も簡単で効果的な手だ。
俺だって魔王軍と戦う際に使ったこともある。
それにこちらは小柄であり、加えてこの暗闇。
見つかる可能性もずっと低いだろう。
だが念には念を入れておいた方が良い。
「これを使いましょう」
俺は川辺から持ってきていた魔石、特にサイズが大きめのものをレフィアに差し出す。
「これは」
「はい、レフィアさんが目印として置いた魔石です」
「なるほど……ノーム君はこれを目印に私を見つけてくれたんですね」
「はい」
とはいえ今は談笑している暇はない。
「森人族の魔力感知を警戒してってことですね」
「そういうことです」
レフィアは俺の考えをすぐに汲み取り、魔石を受け取った。
「いきますよ」
「お願いします」
レフィアの合図に小さく返事をし、その時を待つ。
そしてレフィアは魔石を投擲。
魔石は狙い通り建物の外れに飛んでいき、地面にコツンと音を立てて落ちた。
「どうですか?」
俺はレフィアへと確認を求める。
レフィアはその赤い眼を使って様子を見ていた。
「……もう少し待ってください」
レフィアの言う通り、俺はジッと待つ。
ほんの数秒なのだろうが、その時間はとても長く感じた。
「今です」
そしてレフィアからの合図。
俺たちは素早く、かつ静かに建物へと移動した。
「――れん、気をつ――」
途中、見張りの森人族の声が聞こえてきたが、一切振り返ることなく足を進めた。
そして何とか建物の中へ入り込むことに成功する。
ここからは少しの音でも立てることはできない。
レフィアとアイコンタクトし、建物内を進む。
ゆっくりと、丁寧に。
鼓動がやけにうるさく感じた。
だがそれでも冷静にレフィアを信じて歩く。
そしてレフィアが一つの扉の前で立ち止まった。
レフィアと目が合い、彼女は頷く。
どうやらここが姫様の部屋のようだ。
大きく深呼吸をする。
高鳴る鼓動を落ち着かせるように。
レフィアが扉に手をかけた。
そしてゆっくりと扉が開かれる。
部屋の中は当然真っ暗。
だが月明かりに照らされたベッドが一台あるのが確認できた。
そしてそこに眠る少女の姿も。
間違いない。
その少女はあの時助けた森人族の少女だ。




