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第36話 救出後

 レフィアに水と若干の食料を渡した後、彼女はしばらくして寝静まった。


 相当疲れていたのだろう。


 ずっとこの家にいるわけにもいかないが、今のところは彼女を休ませることを優先させよう。

 随分と辛い思いをさせてしまったからだ。


 それに俺だって疲労困憊だった。


 逃亡から調査、そして救出活動と今日だけでかなりの仕事をした。

 

 ただ興奮しているためか、すぐに眠れそうにはない。

 落ち着けることも兼ねて、少しだけ外の様子を見てこようか。

 もちろん外套は羽織っていく。


 ――ウッドさん、この恩はきっと返します。


 外に出れば、辺りは真っ暗な闇が広がっている。

 街灯一つないエルフランド特有の光景だ。

 これなら外套なしでも正体がバレることはないだろう。

 むしろこの暗闇の中、外套で顔まで覆っている方が怪しまれそうなものである。


 俺はすかさず頭のフードを外し、視界を確保した。

 若干不安はあるが、バレるときはバレる。

 ならばこちらが先に発見して対処への時間を確保することの方が大事だろう。


 そうしてしばらく辺りを歩いた。

 特に何かをするわけでもなくただただ辺りを放浪した。

 もちろん警戒は怠っていない。

 しかし人の気配はないため、こうして何もすることなく歩くことになった。


 だが内心は穏やかなものではなかった。

 不安や焦燥、憤怒など様々な感情が入り混じり、胸を高鳴らせる。


 事件解決への手がかりは見つかった。

 レフィアの証言を聞けば必ず何か分かるからだ。


 しかし俺は逃亡中の身。

 もしもこの場面を誰かに見られでもしたら、と考えるとゾッとする。

 きっと全て俺のせいにされかねない。

 そうなったら最後、もうできることはないだろう。


 それに俺の立場は最悪だ。

 もしもレフィアが事件解決へ繋がる証言をしてくれたとしても、誰がそれを信じてくれるだろうか。

 唯一の頼りであったウッドは捕まってしまった。

 ならば残す人はただ一人である。


---


 翌朝。

 俺は日の光で目を覚ました。


「いててっ」


 全身の筋肉痛に顔を顰めつつ、俺は立ち上がる。

 真っ先に向かったのはレフィアが寝ている部屋だ。


「レフィア、起きてますか?」


 扉をノックして声をかける。

 しかし反応はなかった。

 まだ寝ているのだろうか。

 まああれほどの目にあったのだ、致し方ないことだろう。


 しかし様子は確認しておくべきだ。


 俺は扉を開いた。


「……あ」

「……あ」


 レフィアと目が合う。

 良かった、起きていた。

 なんて呑気なことを思ったのも束の間。

 

 着替え中!?


「いてっ!」


 目の前に衝撃が走り、視界が暗転した。


「出て!」


 そのまま押される形で俺は部屋の外へと出される。

 顔から落ちる大きな衣服。

 どうやら顔面にこれを投げつけられたようだ。

 しかしそれをされるのも当然のことをした。

 まさか着替え中だったとは。

 レフィアのためにもその光景を忘れなければならない。


「もう入って大丈夫です」


 しばらくして部屋の中からそう声がかけられた。


 もう大丈夫だよな?


 緊張しながら扉を開く。

 そこにはちゃんと衣類に身を包んだレフィアがいた。


「さっきはごめんなさい!」


 すぐに謝罪の言葉を告げる。


「いや、私も咄嗟のことでつい……」


 彼女の様子を見るに怒ってはいなさそうだった。

 ホッと息を吐く。

 このまま関係がこじれてしまったら最悪だった。


「それにノーム君、助けてくれてありがとう」


 そういう彼女の口元には笑みが見えた。

 それを見て本当に安心する。


「無事で本当に良かったです」


 心の底から出た言葉だった。

 本当にギリギリだった。

 もしもあと数日遅れていたら。

 そもそも地下室を見つけることができなかったら。

 最悪の結末になる可能性は大いにあったのだ。


 だからこそ今こうして彼女と話ができていることに、最大の安堵と最高の幸福感を感じていた。


 そう思うと自然に涙が溢れてくる。


「あ、ごめんなさい!」


 まさか自分が泣くとは思っていなかった。

 慌てて涙を拭い謝罪する。

 泣きたいのはレフィアの方だろうに。


「ふふ、謝る必要なんてどこにもないじゃないですか」


 そう言って笑うレフィア。

 そんな彼女の目にも涙が見えた。


---


「ごほんっ、では私の経緯を話しましょうか」


 ひとしきり感情を零したところで、気を取り直し会話を始める。

 早速本題の件だ。


「まずノーム君と別れたところからですね」

「お願いします」


 最初の事情聴取の時の話だ。

 懐かしささえ覚える。

 そう思えるほどに前の話に感じた。

 日付的には二週間とちょっと。

 だが色々ありすぎて、もっと前のように思えたのだ。


「あの後は森人族長に連れられてとある部屋の前につきました」


 話し始めるレフィア。

 俺の前からエルドと去った時の話である。


「彼が案内した部屋は彼の娘である、姫様の部屋でしたね」


 そうだ。

 レフィアはあの少女の容態を確認するためにエルドと同行したのだった。


「私は指示に従いその部屋へと入って、そしてそこにいたのは一人眠りにつく森人族の少女がいました」

「あの子が……」


 俺は彼女を助けた時のことを思い出す。

 酷く怯えていた森人族の少女。

 彼女もまた被害者なのだ。


「私はすぐに彼女を見て、彼女の容態を確認しました。ノーム君との推測通り魔力枯渇でしたね」


 やはり転移という身に余る天恵魔法を暴発させてしまったためだろうか。

 しかしここまで話を聞く限り、特に何事もなく少女の容態も確認できている。

 その後に何か起こったのだろうか。


「そしてその後、案内された仮家に居た時……」


 彼女が口ごもる。

 間違いなくこの時に何かが起こったのだろう。


「突然誰かが押し入ってきて、私は為す術もなく捕まってしまいました」

「……その誰かというのは?」


 彼女の境遇を考えれば質問するのも憚られるが、事件の解決のためだと割り切って聞いた。


「相手は覆面を被っていたので、顔は……」

「……まあそうですよね」


 相手も無策で犯行をするほど馬鹿じゃない。

 顔を隠すのは当たり前だ。


「その後はあの地下室に入れられて、魔道具を作るよう何度何度も命令を受けましたね」

 

 ウンザリとした顔のレフィア。

 相当、言われ続けたのだろう。


「魔道具……」


 しかしなるほど。

 色々合点がいった。

 それでレフィアを攫ったわけか。

 ポイントは地下室にあった大量の魔道具。

 そこから犯人が魔道具に固執していることが分かる。

 つまりレフィアを攫ったのは単に1等級魔法師が目障りだったからとか、人間に罪を着せるためとかではなく、彼女が魔道具の製造元、開発工房のマスターだったから。

 しかしそこまで魔道具に固執する理由はなんだろうか。


「これで話せることは全部です」

「ありがとうございます」


 レフィア視点での話は色々参考になる。

 だが結局の所、彼女視点でも誰が犯人かは分からないということ。

 振り出しに戻るとまではいかないが、手詰まり感は否めない。


「……どうしようか」


 思わず迷いの丈を口に出す。

 それを聞いてレフィアは微笑んだ。


「ああ、いい忘れてました。実行犯は森人族ですよ」

「え? 顔は見えなかったんじゃ……?」

「はい、は見えてません」


 彼女の言葉に首を傾げる。


「ですが魔力は隠せませんから」

「魔力?」


 突然の言葉に俺は更に困惑した。

 魔力とは本来不可視なもの。

 可視化する時もあるが、それはあの転移の際にも起こった発光現象だけ。

 しかしそれは魔力が高密度な時にしか発生しない。

 そんなことができるのは一握りの存在だけだ。


「あれ、いくらノームくんでもこのことは知らなかったみたいですね」


 そういうレフィアの目は、怪しく赤色に光っていた。

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