第30話 三者三様
「ウッドさんが……容疑者?」
俺は思わずエルドへと尋ねた。
突然のことで意味が分からない。
「ああ、非常に残念だが最もその疑いが強い」
「どうしてですか?」
先ほどウッドとそのことについて話したばかり。
言った者勝ちとしたくはないが、既にウッドは信用してしまったのだ。
今更彼を疑えと言われても素直に疑うことはできない。
「では事件を交えて話をするとしよう」
そうしてエルドが語り始める。
誘拐された父の視点。
言わば被害者視点での話である。
今までとはまた別の見識が得られるはずだ。
「まず私の娘が何者かに攫われてしまったことが始まりだ」
俺が巻き込まれた最初の誘拐事件のこと。
「あれは昼頃だったか、私はいつものように公務をしていた。すると突然悲鳴のような音が聞こえた」
初めて知らされる事件の詳細。
今までは姫様が誘拐されたという概要しか教えて貰えてなかったため、とても貴重な話だ。
しかし白昼堂々誘拐事件が起こっていたとは、何と大胆な犯行だろう。
「直後、見回りの戦士が私のところに駆け込んで来た。彼らは慌てた様子で姫様が何者かに攫われた、と告げてきた」
エルドが眉間に皺を寄せる。
娘が攫われた親の気持ち。
推し量ることなどできないが、辛いに決まっている。
「その後は動揺と混乱でよく覚えていなくてね、周りの人たちには迷惑をかけてしまったよ」
そう言って苦笑するエルド。
それは後悔なのか、無力感なのか。
俺には分からない。
少なくとも親という立場においては仕方のない行動だ。
ただ彼は長という立場でもある。
周りを導かなくてはならない立場。
それがきっと尾を引いているのだろう。
「今でこそこうして冷静を装ってはいるが、今にも飛び出して行きたい気持ちはある。だが私は長として森人族を率いなければならない。もどかしい気持ちだ」
握りこぶしを作ってエルドは言う。
俺は何も言えなかった。
親でも長、貴族という立場になったことのない俺には何かを言う権利はない。
何を言ってもきっと失礼になってしまうと思った。
「だからこそ私は森人族の名誉のために犯人を捜さなければならない――協力してくれるかな?」
「……はい、分かりました」
断ることなどできるわけがない。
一人の人が一族のために我を捨てている。
その心意気に報いたいと思うのは自然の流れだ。
「良かった、では先ほどの続きを話すとしよう。ウッドの件だ」
「お願いします」
そうして本題へと入る。
先ほどとは全く異なる気持ちだ。
「今回の事件、初めは人間の手によるものだと思っていた。何しろ人間の手によって森人族が攫われる事件は過去に何度も起きているからだ」
俺は無言で俯く。
情けなかったのだ。
エルニア大陸全土で締結されたシルフィア憲章。
そうした決まり事を作っても、人間は我欲で間違いを犯す。
同じ人間として恥ずかしい。
「そのため神林にいる人間を例外なく捕まえることになった、これは精霊会で話し合った結果、全会一致だった」
横暴かもしれない。
だが仕方がないとしか思えなかった。
「捉えた人間は多種多様だ、冒険者から貴族、そして魔法師まで様々だ」
魔法師、その筆頭がレフィアだろう。
改めて考えても凄いタイミングだ。
偶然か必然か。
現段階だと後者であると思わざるを得ない。
「だがしばらく経っても娘は見つからなかった」
当然だ。
その間にも姫様は移動していた。
隣国ディーネル帝国レスティ領へと。
そこで俺は出会ったのだから。
「そこで私は改めて考えた。人間が私の娘を攫うことができるのかと」
エルドは続ける。
「人間による誘拐事件は起こっているとはいえ、数年に一回程度。それに私たちも人間に対しては極力一人では接触しないように気を付けていた」
それに神林はそもそも人間が気軽に立ち入れる場所ではない。
特別な許可を得た人のみが立ち入りを許されるのだ。
それこそ貴族だったり1等級魔法師だったりだ。
「警備が甘かったとも思えない。そんな状態で他種族である人間が一国の姫を攫えると思うかな?」
エルドは俺へと問いかける。
俺はアイリスを思い浮かべた。
彼女も一国の姫だからだ。
確かに俺とアイリスは襲撃を受けてしまった。
あの暗殺未遂事件は稀にみる大事件だろう。
だが結果としてアイリスは無傷だった。
油断をついた上でその結果という事実。
それこそ国の長に害を与えることの難解さを示しているだろう。
「……難しいと思います」
俺は答えた。
「私も同じ答えだ。ならば一体どうして事件が起きてしまったのか」
そして結論だ。
「外側からの攻撃ではない。つまり内側に協力者がいたら、その考えに至ったのだ」
俺は再びアイリスのことを思い出した。
あの事件の時も引き金を引いたのはアイリスの使用人。
内側の人だった。
「それで……どうしてウッドさんが協力者だと?」
俺は思い切って切り出す。
ここまでの推論は俺も概ね同意だ。
内側からの犯行が最も合理的な推理だろう。
何ならウッドも同じ答えを導き出していたはずだ。
だというのになぜ対立してしまっているのだろうか。
「一つは彼が人間嫌いであるという点だ」
俺は首を傾げる。
そこと今回の事件の繋がりが見えない。
「先ほど人間を捉える判断をしたのは精霊会の満場一致だと言ったが、初めにその声を上げたのはウッドだった」
まあ彼なら言いかねないと思ってしまう。
「感情のままに同意してしまった私も悪いが、それによって何が起こったか分かるかな?」
俺は考えた。
人間が全員捕まったという産物以外のこと、それをエルドは言いたいのだろう。
「……人間たちの反発が強まったでしょうか」
俺だってそうだが心当たりのない人が問答無用で拘束されたら誰だって不満が募る。
だが人間たちから反抗心を煽って何になるというのだろうか。
「半分は正解だ、後もう半分は森人族の視点から見えることだ」
森人族視点。
人間である俺には分からないことかもしれない。
「つまり人間が犯人であるということを森人族に知らしめているということ、そしてそれは森人族が人間へと嫌悪感を抱くことに他ならない」
「……確かに」
思わず頷いた。
人間が次々と牢の中へ入れられていく様。
中には抵抗した者もいるだろう。
そんな様子を見たらどう思うだろうか。
何も知らない人でも、怖いと思うはずだ。
人間と犯罪者がイコールで結びつく。
そうして森人族は人間を恐れや不快感を持つ。
人間は人間で不当な扱いをした森人族に不満を持つ。
見事に対立関係が構築されている。
そしてそれを行ったのが人間嫌いであるというウッドだとしたら。
段々と点と点が線で繋がっていく。
「そうして人間と森人族、両種族の対立は深まっていくことになる」
「それがウッドさんの目的……」
「恐らくは……そして人間を排斥する機運が高め、この森に一切の人間が立ち入れなくすることが目的なのかもしれない」
俺は何も言えなかった。
否定しようにも、あり得る話だと思ってしまうからだ。
「もしかして、レフィア……1等級魔法師の件も」
「可能性はある」
ふと思い出したレフィアの詳細。
あれがレフィアによる犯行ではなく、ウッドによるものだったとしたら。
今頃レフィアはどこかに捉えられていることになる。
もしくはレフィアとウッドが協力関係にあるのか。
いや、それならウッドが人間と組む意味。
レフィアがウッドと組むメリットはないか。
ああ、もう何が何だか分からない。
「そして次にウッドは君と接触を図ってきた。何か企んでいるとしか思えない」
「……そうですね」
「だからこそそれを逆に利用する、ウッドの行動を君が監視して私に教えてくれ。そうすればこちらで何か対策が打てるかもしれない」
もしここまでの話が全て本当ならばその話に乗るのが一番の策だろう。
だが本当に乗っていいのか。
現段階ではウッドは疑わしいだけだ。
それなら俺だって疑わしいし、1等級魔法師であるレフィアだって犯人の可能性がある。
「……もう少しだけ考えていいですか?」
「分かった、だが時間はあまりないことを忘れないように」
「はい」
結局決められず答えは保留にすることになった。
暗い気持ちのまま外へ出る。
日もすっかり暮れてきており、辺りは薄暗く染まってきている。
まさに今の俺の心境を物語っているかのようだった。




