第29話 交錯する想い
森人族の中に犯人がいる。
その言葉の意味するところは、一連の事件の犯人が人間ではなく同族である森人族によって引き起こされたものだとウッドは思っていると言うことだ。
まさかウッドからそのような言葉が出てくるなんて予想外であり、俺は驚いた。
「だから森人族を頼ることはできなかったのだ」
これで人間である俺を試した理由が納得できた。
「とはいえ人間を信頼するのも難しい話だ。だから初めはあの1等級魔法師を頼ろうと思ったのだが……」
「行方が分からなくなってしまった、と」
「ああそうだ」
なるほど、段々と事情を把握することができた。
だがまだウッドが森人族を疑っている理由が分からない。
「……でもそれだと、やっぱり人間が犯人だったってことになりませんか?」
ここはお互いに腹を割って話さなければいけない場面。
聞きたいことは遠慮することなく聞くべきだ。
「まあそうだな。1等級魔法師の件は完全に予想外だったのだ。姫様が目を覚ませば全て解決すると思っていた矢先のことだったからな」
それは俺にしても驚きの出来事だ。
一応1等級魔法師としてレフィアを少しだけ疑っていたのは事実だが、まさか本当にそうだとは思わなかった。
「森人族と人間どちらも信じられない状況になってしまった以上、種族ではなく、個人の人となりを見て判断するしかなくなったのだ」
「……なるほど」
そして試されたのが俺だった。
そういう話だ。
単純に良心を持ち合わせている人なら誰も良かったとも言えよう。
「とはいえお前を先に試したのは偶然ではない」
「あ、そうなんですか?」
俺を選んだのもちゃんと理由があったらしい。
「お前は唯一、容疑者の中で姫様と関わりを持っている。確か――姫様を助けた、だったか?」
「は、はい、そうです」
ウッドは事情聴取のことを覚えて入れくれたようだ。
「当然それを信じた訳ではない、言い換えればそれはお前が一番怪しいということことになる」
「は、はい……自覚してます」
恐らく最初の誘拐事件において現行犯で捕まったのは俺だけだ。
2度目の誘拐犯と思われるレフィアを除くと、非常に残念だが疑わしいという点において俺は誰にも負けていないだろう。
「だからこそお前を始めに調べることにした。お前は森人族から見て最も怪しい立場にいる。ということは森人族とは最も遠い位置に立っている者ということになるからだ」
森人族の中に真犯人がいるという見方で考えると、確かに俺は最も森人族の立ち位置から離れている。
何せその森人族たちから重罪を被せられているからだ。
「まあ理由はどうあれ、お前は私の信用を勝ち取った。正しい倫理観を持っているという点についてお前は信用に値する」
「あ、ありがとうございます」
改めて言われると何だか照れ臭い。
「早速だが、お前が見聞きしたものを教えて貰おう」
「はい、分かりました」
俺は事件に巻き込まれた成り行きについて話していく。
レスティ領で姫様を見つけたこと。
運び屋らしき人間と戦闘を行ったこと。
姫様の天恵魔法と思われる力に巻き込まれたこと。
レフィアに話したことと同じことをウッドにも告げた。
ウッドは特に反論もすることなく、俺の話に黙って耳を傾ける。
険しい顔なのは相変わらずだが、今は何だか頼もしく見えてきた。
「なるほど、お前の置かれた立場は理解した」
そして俺が話し終わるなり、難しい顔でウッドはそう述べる。
「やはり人間が関わっていたか」
「はい、そうですね」
運び屋と言えど人間に変わりはない。
森人族だけでなく人間も事件に関わっていることは間違いないのだ。
状況は最悪である。
「あの、姫様の件ですが」
「なんだ」
ひとまず俺はウッドに尋ねた。
事件に直接的な関係はないが、聞きたいことがあったのだ。
「姫様には天恵魔法があるというのはご存じでしたか?」
「いや、聞いたことはない。ひとまずお前の話は信じるようにはするが、その件に関してだけは何とも言えん」
「分かりました」
つまり姫様の天恵魔法は、存在が秘匿されていたのか、あの時偶然目覚めたのか。
そのどちらかだろう。
ただどちらであっても、第三者による証言がないことに変わりはないため俺の容疑は晴れることはない。
「では今後についてだが――」
ウッドがそう言いかけた瞬間。
「ウッド、少しいいか?」
家の扉が叩かれた。
ウッドと目が合う。
「……長だ、少し待っていろ」
長、というと事情聴取の時に会ったあの眼鏡の森人族だ。
娘が再び行方不明になってしまった境遇は計り知れない。
ウッドは席を立ち、扉の方へと向かった。
俺は少し緊張して待つ。
もしかするとウッドが無許可で俺を連れ出したのではないかと思ったからだ。
しかしそれは杞憂だったようで、長と呼ばれた男性は俺の前へと姿を現しこう言った。
「あの時振りだ、名前は確か……」
「ノームです、ノーム・レスティと言います」
慌てて席を立ち名前を告げる。
「ああそうだった、では私も、私はエルドと言う者だ。今はこのエルフランドの長を務めている」
長はエルドと名乗った。
名前にはやはり心当たりはない。
そもそも森人族に親しい人なんていなかったのだから、前任者のことなんて知る由もないか。
「えっと……エルドさんはどうしてここへ?」
エルドはそのまま椅子に座り出したので、俺は尋ねる。
今は特別な待遇を受けているが、あくまで俺は容疑者。
邪魔であるなら直ぐに戻る準備はできている。
「いやなに、ウッドが君を連れて行ったと聞いたのでね、心配になって駆け付けたというわけだ」
「ええっと……?」
俺は首を傾げながらウッドを見た。
「……長」
ウッドは困った顔でエルドへと声をかける。
「まあ杞憂だったようで何よりだ」
エルドは意にも返さない様子でそう述べた。
「しかし君が進んで人間と関わるとは驚いた」
「……仕事に私情は関係ありませんので」
「なるほど、確かにそうだ」
ここまでウッドが狼狽えている姿を見るのは初めてだ。
ウッドもそうだが、エルドも中々のくせ者のようである。
森人族の長になる人は皆そうなのだろうか。
勝手な推察だが不安になってきた。
「それで何か成果は得られたのかね?」
エルドがウッドに問う。
果たして彼は何と答えるだろうか。
俺とウッドの目線では間違いなく成果はあった。
情報を交換することができたからだ。
だがエルドの目線だと何も進展していない。
エルドの目線からだと俺はただの容疑者であり、俺の証言なんて信じられるものじゃない。
それに二度に渡る誘拐事件の真相。
そこに関しても何も分かっていないのだ。
「いえ、残念ながら」
ウッドは首を振った。
俺との関係を隠すためなのか、エルドの求めている答えを得られていないからなのか、真意は分からない。
「そうか、それは残念だ。明日もやるのかね?」
「はい、その予定で」
「そうか、くれぐれもやりすぎないように」
「承知しております」
ひとまず話は終えた。
エルドも納得した様子で席を立つ。
「ああ、そうだウッド」
「なんでしょう」
「彼の尋問はもう終えたんだね?」
「はい、一応は」
エルドと目線が合う。
「良かった。ではノーム君、私も少しだけ話をしたいんだが良いかね?」
「え、あ、はい、大丈夫です」
突然の言葉に俺は反射的に頷いた。
「では行こうか。ウッドお邪魔したね」
そして俺はエルドと共にウッドの家を出る。
まさか更なる試練が待ち構えているとは思わなかった。
今度はどのような用件なのだろう。
事情聴取の時はエルドとは会話をしなかったため、改めての確認なのかもしれない。
「大丈夫だったかい?」
「え?」
唐突な言葉。
俺は思わず聞き返す。
「言いにくいことだがウッドは人間嫌いなのだ、君に何か酷いことをしたんじゃないかと不安でね」
「い、いえ、ウッドさんには真摯に対応して頂きました」
やはりウッドは人間嫌いだったようだ。
しかしそれは予想していたことで、特に驚きはしない。
まあ心苦しいところではあるが。
「そうか、ならば良かった」
そう言って再び歩き出すエルド。
俺は違和感を感じていた。
俺は彼から見て娘を攫った容疑者。
今でこそレフィアが最も疑われている状態だが、俺の疑いが晴れた訳ではないのだ。
だというのに俺に対するその態度は、そのまま子どもを相手にしているような柔らかな対応だった。
俺からするととても理解できない。
人間であろうと森人族であろうと、その価値観に違いなどないはずだ。
ならばエルドもウッドと同じように、俺が犯人ではないと確信を持っているということになる。
「ではここで少し話をしよう」
そうして案内された場所は、事情聴取の際も訪れた精霊会の建物。
あの時と違って俺たちを除いて誰もいない。
「ウッドから事件のあらましは聞いたかい?」
「はい、一通りは」
早速本題に入った。
疑われないようできるだけ正直に答えよう。
「なるほど、どうやらウッドが真摯な対応をしたというのは本当のようだ」
エルドは続ける。
「じゃあ話は早い、今回の事件、君にも協力してもらいたいと思っている」
「……え?」
まさかエルドからも協力の願いが出されるとは思わなかった。
人間社会では期待を一切されていない俺。
逆に森人族たちからこうも信頼を寄せられているのは何という因果だろうか。
複雑な気持ちである。
「とはいえ頼みたいことは一つだけ、今回の事件に関わっていると思われる容疑者――ウッドを監視して欲しいんだ」
そうして告げられた言葉は俺をますます混乱へと陥れるのだった。




