第28話 森人族の思惑
「ノーム、話がある」
丁度、見張りが交代となったタイミングだった。
「な、何でしょうか?」
油断しきっていた俺は、慌てて立ち上がり言葉を述べる。
まさかこのタイミングでこの人が来るとは思わなかった。
俺の知る未来では森人族の長となっていたウッド。
その険しい顔は変わらずで、雰囲気だけで気圧されてしまう。
それに勇者パーティとして訪れた時に感じた勝手な印象だが、この人は特に人間が嫌い、そんな印象を受けた。
そんな彼が一体俺に何の用だろうか。
まさか自ら処罰を言い渡しに来たのか。
可能性はないとは言えない。
「ついてこい」
ウッドは懐から牢の鍵を出し、俺の入っている牢の扉を開いた。
断るわけにもいかない。
俺は黙ってついていく。
スタスタと一切こちらに話しかけることも振り向くことなく歩き進めるウッド。
まるでこちらに関心がないかのようだ。
本当についていっていいのか、不安になってきた。
「あの……」
不安になり声をかける。
だがウッドは反応を示さない。
聞こえていないわけではなく、単に無視をしているようだ。
ますます不安になってきた。
「ここに入れ」
そしてしばらく歩き、辿り着いた建物。
特に他と変わりのない建物だ。
強いて言うなら町の外れという立地くらいか。
そこに入るよう指示された。
「……失礼します」
ウッドの険しい顔で催促され、俺は恐る恐る建物内へと足を踏み入れる。
中は何の変哲もない一般的な民家という感想だ。
もしかしてとどこかで思っていた拷問器具のような物騒な物は見当たらない。
それだけでもホッとする。
「適当な場所に座れ」
目の前には机と椅子。
ここに座れということなのだろうか。
それとも床に座るのか。
本来であれば全く悩む必要のない事柄に対しても、この状況は悩んでしまう。
我ながら小心者さに情けなさを感じる。
「……何をしている?」
「す、すいません」
いつまで経っても棒立ちな俺にウッドが怪訝そうに声をかける。
俺は慌てて椅子へと座った。
その様子を見て、ウッドは特に何も言わずに奥へと控えていく。
良かった、間違いではなかったようだ。
ホッと一息ついてところで、俺は改めて辺りを見渡した。
ほとんど自然由来のもので作られた家具の数々。
当然家も木造なのだろう。
ただ一点だけ、魔道具に関しては完全な人工物だ。
自然を好む森人族でさえ、魔道具は使用していた。
魔法協会開発工房の発明品、魔道具。
世界を一新させた世紀の大発明と言える。
この影響力の高さは世界随一と言っても過言ではない。
そしてその開発工房トップがあのレフィアなのだ。
見た目で判断してはいけない人の筆頭とも言える。
レイモンドも当然そうだが、俺の人脈はいくら公爵家と言えどとんでもないことになっている自覚がある。
どう足掻いても波瀾万丈な人生になる予感しかしない。
「紅茶だ」
そうこうしているうちにウッドが奥から戻ってきた。
手には紅茶が入ったカップを2つ。
そのうちの1つを俺の方へ置いた。
まさかそんな気遣いをされるとは思わず内心驚いた。
「あ、ありがとうございます」
失礼がないよう慌てて謝意を告げ、カップに口をつける。
ウッドの言った通り紅茶のとても香ばしい香りが鼻を突き抜けた。
紅茶の良し悪しなんて分からないが、素直に良い香りだと感じる。
「つくづく分からない人間だな」
「え?」
突然ウッドからそう声がかけられた。
険しい顔なのは変わらないため、何を思っての発言なのかは分からない。
「いや、何でもない」
「は、はあ」
結局はぐらかされて真意は聞けなかった。
「では早速本題に入ろう」
そうしてウッドが再び口を開く。
俺は息を呑んで次の言葉を待つ。
一体何を話されるのだろうか。
少なくとも俺の今度を左右することには違いない。
「今回の事件について、いや正確にはあの話し合いの後に起きたことについてだ」
あの話し合いというのはレフィアと一緒に行った事情聴取のことだろう。
あの後というと俺が牢に戻ってからのこと。
レフィアについて、あの姫様について。
進展を話してくれるのだろうか。
「1等級魔法師レフィア・ライフォ・カノープス……まあ肩書なんて我々にはどうでも良いが、その1等級魔法師はあの後行方をくらました、姫様と一緒にだ」
「……え?」
予想もしなかった言葉がウッドから飛び出す。
それはつまり事件の犯人がレフィアと言っているようなものではないか。
「何か心当たりはあるか?」
「……い、いえ」
突然のことに俺は上手く言葉を返せない。
彼女とは牢の中で少し話しただけで、ほとんど何も知らないのだ。
俺の知る未来でも彼女の所在は不明のままで会ったことはなく、開発工房のマスターであると言うこと以外の情報は一切知らなかった。
そして同時に1等級魔法師が裏にいることについて話していたことを思い出す。
まさかレフィアがその1等級魔法師だったのか、と。
とても信じられないが状況がそれを物語っていた。
「今ここで嘘をつくならば、お前も同罪と見なすことになる」
ウッドが畳みかけてくる。
「……彼女とは牢の中で初めて会って、それ以外は何も知りません」
事実だけを述べる。
憶測など視野を狭めるだけ。
今は必要ない。
「そうか、まあそうだろうな」
やけにあっさりとウッドは納得した。
信じて貰えたことには変わりないので良かったが、あのウッドらしからぬ反応と思わざるを得ない。
「あの、1つ良いですか?」
「なんだ?」
「どうして俺にその話を?」
思い切って話を切り出した。
今までその事件は隠されていたはずだ。
町は特に騒ぎもなく、見張りも教えてくれなかった。
だと言うのに俺だけはこうして呼び出され包み隠さず詳細を教えてくれた。
俺の他にも俺と同じ容疑で捕まっている人はたくさんいたはずなのだ。
レフィアと接点があった、それだけの理由での人選とはとても思えない。
「ああ、簡単な話だ。お前が信用に値すると私が思った、ただそれだけのことだ」
なんてことないようにウッドはそう告げた。
意味が分からない。
俺は混乱する。
ウッドとはほぼ初対面で、会話をしたのは一回きり。
信用を得られる言動をした自覚はない。
それに勇者パーティ時代でさえも、ウッドからは信用を得られていなかったはずなのだ。
だというのに容疑者である俺に信頼を寄せているのは、一体どういう了見なのだろう。
訳が分からない。
「……すいません、その理由は教えて貰えますか?」
「昨夜のことを思い出してみろ」
「昨夜……あ」
昨夜と言われたらあれしかない。
牢の鍵だ。
結局、誰による仕業なのか分からなかったあの出来事。
今、その件について切り出されるということはもしかすると――
「まさか、ウッドさんがあの鍵を!?」
「ああそうだ」
ウッドは頷く。
あっさりと不可解な出来事が判明した。
では一体何のためにそんなことをしたのだろう。
今でもウッドは町の重役。
その行為は犯罪に手を貸しているのではないか。
「お前が正しい倫理を持っているかどうか試させて貰った」
「……なるほど」
理由は分かった。
だが腑に落ちない。
わざわざ俺にそんなことをする理由がまるで分らないからだ。
別に犯罪者の1人や2人、ウッドが自ら試すまでもない。
それこそ裁判でハッキリさせれば良いことだ。
「ですが分かりません、どうしてわざわざそんなことを?」
その理由を聞かない限り、俺は納得ができない。
最悪、ウッドが人間を陥れるために色々と画策していることも考えられるからだ。
「……正直な話だ、私は森人族の中に犯人がいると思っている」
そうしてウッドがますます険しい顔で語り出した。