第27話 選択
あれから1週間。
流石に何も音沙汰がないのはおかしい。
「あの、すいません」
思い切って俺は見張りへ声をかけた。
「なんだ?」
見張りは怪訝そうな顔でこちらに振り向く。
「えっと、事件について何か聞いていませんか? 例えばレフィア……えっと、一緒の牢屋にいた彼女についてとか」
「知らん」
それだけ言って見張りはそっぽを向く。
本当に知らないのか、単に相手をする気がないのか。
どちらにせよ俺へ情報が流れてくることはなさそうだ。
非常に困った。
まさかこんなことになるとは予想外だ。
あの流れだと、レフィアによって直ぐに事件解決へ進展していくと思っていたのだがそうではないらしい。
何かあったと考えるしかない。
しかし情報がない以上、予測で考えることしかできない。
1つは姫様の意識消失の原因が魔力枯渇ではなかった可能性だ。
これなら回復に時間が掛かっているとして納得できる。
最悪、病状が悪化している可能性だってあるからだ。
そしてもう1つ、最も考えたくないことがある。
それはレフィアが例の闇と繋がっている1等級魔法師である可能性だ。
彼女が嘘を真実のように話せば、事態を混乱に導くことだってできる。
それこそ姫様の症状を俺のせいにもできるのだ。
そもそもなぜ事件の日に神林にいたのか、タイミング的にそこを疑うこともできる。
信じたくはないが、確実に否定できる証拠もないのが現状だ。
それともまた別の要因が絡んでいるのか。
俺の知らない何か。
森人族の内情は詳しくないし、ほとんど知らないと言ってもいい。
だが確実に言えることは、人間嫌いであるということだ。
そしてその人間によって今回の事件が引き起こされてしまった。
彼らが全ての人間に対して嫌悪感を抱くのも仕方がないことだ。
それゆえ、そもそも無実であろうとなかろうと拘束を解く気がないと言う可能性も否定できない。
考えれば考えるほど可能性は浮かび上がる。
どれかに当てはまっているか、もしくは全くの見当違いな考えなのかもしれない。
結局答えは最後まで分からないままだ。
せめて未来の知識が生かせれば何か分かったかもしれないが、俺の記憶にはこの事件のことは一切覚えがないのが前回の襲撃事件と異なる点だ。
まさかそのような事件に巻き込まれるとは。
しかし俺が今回巻き込まれたのは偶然ではなく、ノームの決められた運命である可能性もある。
もしこれが運命であるならば、本来のノームはこの事態を乗り越えたことになる。
何せ学園には問題なく通っていたからだ。
ただノームがレイモンドと縁が合った話は聞いたことがない。
となるとやはりこれは俺だからこそ巻き込まれた偶然か。
結局答えは分からずじまい。
今はただただ時間が解決してくれることを期待するしかできない。
それにレスティ家もといディーネル国内のことも気がかりだ。
俺は腐っても公爵家の嫡男だ。
そんな人物が行方不明になったと知れたら、国中大騒ぎになってしまうだろう。
それにレスティ家は先日の襲撃事件があったばかり。
国の警備体制への不信を招くことに繋がる。
更に同行者のレイモンドに監督責任が問われてしまいかねない。
恩人であり師匠であるレイモンド。
できる限り自由に生きるという選択肢をくれた人物でもある。
そんな人に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だが結局、自由に生きようとした結果がこれだ。
俺はますますどうしたら良いのか分からなくなってしまった。
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それから再び数日が経った。
しかし進展はない。
何もすることなく、起こることもない牢屋の日々。
そろそろ不安が募り、焦りも出てきた。
本当にこのまま牢屋で生涯を終えてしまうのか、と。
毎日のように見張りへ声をかけるが、情報は得られない。
同室の囚人へ会話を試みるが相手をして貰えない。
外の景色を見ても代り映えがない。
だが時間を持て余している反面、焦りによって物事にも集中できない。
トレーニングをしようにも運動はできるスペースがないし、魔法は例のごとく対魔金属によって阻まれる。
もはや何もできない日々。
それはとても辛く、もどかしい日々だった。
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深夜。
月の明かりのみが唯一の光源である時間帯。
そんな時間に俺は目を覚ました。
甲高い物音が聞こえたからだ。
不可解な物音で目が覚めるのは、勇者パーティとして旅をしていた時の癖とも言えよう。
薄暗い闇の中、俺は辺りを見渡す。
甲高い音は自然界では滅多に聞かない音だ。
それこそ金属が硬い物に当たった時のような音。
人為的に引き起こされたものとして見た方が良いだろう。
「……これは」
俺は牢屋の中に落ちているものに気が付き声を漏らした。
その物体を手に取り、改めて目を凝らす。
鍵だった。
くすんだ色をした小さな鍵。
まだ温もりを保っていることなら、誰かの手によって投げ入れられたものと考えられる。
あの甲高い音の正体で間違いないだろう。
しかしいったい誰が何の目的で入れたのか。
疑問が尽きない。
俺に接触する可能性が高いのはレフィアだろう。
この町において俺が唯一接点を持っている相手だからだ。
では何のために鍵を入れたのかだ。
それはこの鍵が何の鍵であるかによって分かるかもしれない。
とはいえ牢の中で鍵と言えば一つしかない。
俺は早速、牢の外へ手を伸ばす。
幸いこの時間帯に見張りはいないようで、スムーズに鍵穴を発見することができた。
高まる緊張感を必死でこらえながら、鍵穴へと鍵を通す。
少しでも手元が狂って落としでもしたら最悪だ。
丁寧に丁寧に、鍵穴へと差し込む。
そしてその鍵は牢の鍵穴へと見事に入った。
後は回すだけだ。
「……回った」
カチリと金属音が鳴る。
鍵が開いた音だ。
恐る恐る扉を押してみると、扉が開いた。
扉は開き、見張りはいない。
ここから出る絶好のチャンスだった。
しかし俺は思いとどまる。
本当に出ていいのかと。
何せ俺が今からしようとしているのは脱獄だ。
それこそ本当に犯罪ではないか。
取り返しのつかないことになる。
悩んだ。
自由になりたいという欲求。
犯罪者になりたくないという理性。
その他、様々な考えがせめぎ合う。
そもそも鍵を投げ入れた人が誰なのか、どんな思惑でやったのか分からないのだ。
簡単に乗っかるのも危険だ。
しかしこのチャンスを逃したら、一生牢屋で生活をすることになる可能性がある。
もしくはいわれのない罪で処罰されるかだ。
そんなことにはなりたくない。
まさに今後の人生を大きく左右する究極の二択だ。
悩み抜いて決めるべき、決めたい場面。
しかし悠長にしている暇はない。
これは今、この瞬間においてのみ発生している選択肢だからだ。
時間の制限がある。
とはいえ結局、情報がないため考えても意味はない。
それにどちらにしても最悪の結果になることだってあり得るのだ。
ならば自分の意思を信じることこそが、後悔のない選択か。
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「……はぁ」
朝。
大きな欠伸をする。
あの後、俺は一睡もすることもできなかった。
最後の最後まで自分の選択が正しかったのか考えてしまったからだ。
「今日の朝飯だ」
見張りの人から食事を受け取る。
結果として俺は牢に留まることを選んだ。
何者かによる俺への思惑を読んだからではない。
純粋に自分の意思に良心に従っただけだ。
結局、その選択が正しかったのか間違っていたのか分からない。
あの後、特に誰かが来るわけでもなく、騒ぎも起きていなかった。
だが逃げていれば、なんて考えるだけ無駄だ。
もう終わった選択なのだから。
それから俺は変わり映えのない牢屋生活を送ることになった。
新しく収容される人たち。
喧騒奏でる牢屋の面々。
質素な食事。
どれもこの1週間の間に慣れてしまった当たり前のことだ。
そして日が暮れてきた頃。
「ノーム、話がある」
牢屋にいる俺に森人族の男、ウッドが直接赴いてきた。




