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第20話 思案と決断

 レイモンドとの会話の後、俺たちは宿に帰った。

 レイモンドとは同じ部屋で、今も同じ空間にいる。


 だが部屋は沈黙が流れ会話はない。


 レイモンドは先ほど魔法協会支部で交わした契約の書類を作成している。

 普段は見られない真面目な姿だ。


 俺の方は特に何かをしているわけでもなく、ベッドの上で呆けていた。

 手持ち無沙汰というわけではなく、思案に耽っていたからだ。


 レイモンドから伝えられた、自由に生きるということについて。


 今の俺はノームであってノームではない。

 ノームの振りをしているわけでもなく、ただ別人に成り代わったことを悟られないようにしているだけだ。


 屋敷内の人々の間では、呪いのせいに。

 その他、市民の人々からは事件の恐怖から。

 レイモンドからは過去の後悔からだと推測された。

 

 考えられるパターンだけでも3つ。

 今のノームにはそれだけ自分を変える要因があった。

 それこそ母親を失った時のようにだ。


 だからこそ今の俺はノームの振りをしなくても生きていけた。

 恐怖、後悔によって変わった哀れな子どもとして。


 だがそれでも自由に生きているわけではない。

 俺の行動には本能の前に理性が伴う。

 本当に動いていいのか、答えていいのか、変えてしまっていいのかと。


 もちろんほとんどの人も考えて行動はするだろう。

 だが俺の場合は、人が変わったとバレないように自分の本心を曲げる必要があった。

 それはノームではなく、俺でもない。

 もはや誰でもない人物。

 自由に生きることとは全くの反対だ。

 

 窮屈な人生。

 意識したことはなかったが、レイモンドからはそう見えていたのかもしれない。


 それにもし俺がこのままノームとして生き続けなければならなかった時、それを死ぬまで続けることになるのだ。

 想像するだけで嫌気が差す。

 それこそ本当に窮屈で、楽しさの欠片もない。


 ただそれでも俺として自由に生きていた時間はあった。

 唯一本当のことを告げた相手、リビアとの会話だ。

 リビアとの会話は自分を隠すことなく話すことができたし相談事もできた。

 まさに俺として生きることができる自由な時間だったのだ。


 だがリビアは事件のケガで療養している。

 復帰はまだまだかかりそうで、学園再開までに間に合うかどうかも分からない。

 

 彼女がいてくれたら何と言ってくれるだろうか。

 一緒になって考えてくれるだろう。

 そこで何か策が浮かぶかもしれない。

 根本の解消はできないまでも、現状の改善はできる策を。


 ああ、そうか。

 今思うと、俺はリビアにだけは甘えていたのだ。

 いや、頼っていたと言う方が正しいか。


 つまり俺が自由に生きるために必要なこと。

 それは相手に本当のことを伝える必要があるということだ。

 隠さなければならないことを明かさなければ俺は俺として生きていけない。


「ノーム、俺はこの書類を渡すために支部によってくる。お前はここで待っとけ」

「分かりました」


 レイモンドは立ち上がって部屋から出て行った。

 付いてこいと言わない辺り、気を遣っているのかもしれない。


「……どうするか」


 一人になった部屋で改めて考える。

 

 俺はどうするべきなのか。


 自由に生きるための道標は見つかった。

 後はどう行動するかだ。


 このまま隠し通すか、全てを打ち明けるか。


 前者は将来にわたる苦痛。

 後者は現状の問題解決にはなるが、正体がバレてしまうという新たな問題を引き起こしてしまう。

 腐っても公爵家。

 俺の正体がバレれば俺だけの問題じゃない。

 それこそ国が傾く可能性だってある。

 レイモンドに明かさなかったのも、彼が貴族の出だからだ。

 リビアのようにはいかない。


 前者を選んでも後者を選んでも不安が続くのは一緒だった。


 ああ、これは決められない。


 現状維持が好ましいと保守的な意思が存在する反面、現状打破を求める自分がいるのも事実。


 自分のことを自分で決められないとは何て情けない。

 これでは本当に子どもじゃないか。


---


「……よし」


 かなり時間を要したが、俺は一つの結論を出した。

 それは真実を話すと言う決断だ。

 至った経緯はあれだけ考えた割にごく単純だった。

 

 結局のところ、俺は元に戻るために神聖工房で自分の境遇を明かさなければならなず、それはいわゆる自分が信頼している人にだけは真実を話すと言うことに繋がる。

 願望の入ったこじつけかもしれないが、リビアも信頼できると思ったから話して、何も問題は起こらなかったのだ。

 誰彼構わずというわけではなく、信頼できる人に明かす。

 そしてできる限り自由に生きる。

 それが俺の結論だ。


 では今俺がするべきことは何か。

 簡単だ。

 師匠であるレイモンドに真実を明かす。

 考えるきっかけをくれた頼もしい大人に思う存分頼ろうじゃないか。

 それこそ神聖工房も紹介してくれるかもしれない。


 思い立ったが吉日、俺はすぐさま立ち上がり部屋から出る。

 魔法協会支部までの道は覚えている。

 すれ違いさえ起こさなければ会えるはずだ。


「はぁはぁはぁ……!」


 街中を走る。

 人ごみを駆け抜けながら、一心不乱に走る。

 急ぐ必要なんてどこにもない。

 だが本能が、本心が抑えられなかった。

 今すぐにでも話してしまいたいと心が叫んでいた。


「こらっ、危ないだろ!」

「す、すいません!」


 馬車が目の前に飛び出し慌てて止まる。

 下手すれば轢かれていた。

 とはいえ完全に俺の不注意。

 いくら興奮していたとはいえ、もう少し視野を広く持つべきだ。

 特にこのような都会は人通りも車通りも多いのだから。


「……ふう」


 数台の馬車が通り過ぎるのを待つ間に大きく息を吐く。

 自分を落ち着かせるためにだ。

 ついでに通り過ぎる馬車をボーっと眺める。

 馬車はデザインが一台一台異なっており、持ち主のこだわりが垣間見えた。

 黒一色だったり、家紋を入れていたり、華やかだったりと様々だ。

 そんな中、馬車の中の人と目が合いそうになり視線を外す。 

 不意な視線のぶつかりは気恥ずかしいからだ。

 

 しかしレスティ家の馬車はどんなデザインなのだろう。

 ノームの性格からするとかなり煌びやかなものを好みそうではあるが。


「――けて」

「え?」


 ふと、誰かの声が聞こえてきた。

 幼い少女のような声。

 気になり辺りを見渡すが誰もいない。

 気のせいだろうか。


「――すけて」


 まただ。

 改めて見渡す。

 やはり誰もいない。


「なんだ?」


 しかしやけに気になった。

 まだまだ町は賑わっているとはいえ、もう日は暮れてきている。

 人のことは言えないが、子どもが一人で出歩く時間ではなくなってきているのだ。

 もしかしたら迷子なのかもしれない。

 そう考えるとますます気になった。


 俺は声のした方へ、路地裏へ向かった。

 いくら都会とは言えど、路地裏は薄暗く人通りも少ない。

 大通りが明るい雰囲気だったせいか、ここはかなり暗く不気味に感じる。


 音を聞き洩らさないようゆっくりと歩を進める。

 しかし声は聞こえてこない。

 もしかしたらここにはいないのかもしれない、そう思った矢先だった。


「助けて」


 前方の曲がり角、そこからハッキリと声が聞こえた。

 急いで声のした方へ向かう。

 すると目の前には馬車と布を被せられた荷台が泊まっていた。

 狭い路地裏に泊まっているのだから、もはや人が抜けられる幅はない。

 明らかに迷惑な行動だ。


 そして声はその荷台の中から聞こえてきていた。


「……誰かいるんですか?」


 いくら迷惑な行為とはいえ、人の荷台の中を勝手に覗くわけにもいかない。

 俺は恐る恐る荷台へ向かって声を投げかけた。


「っ、そこに誰かいますか!」


 すると荷台の中から返事が返ってくる。

 その声音から鬼気迫るものを感じ、顔を顰める。

 何だか嫌な予感がした。


「どうしたんですか?」


 興奮させないようなるべく穏やかに声を返す。


「助けて下さい!」


 ガシャンと金属音がして、声が響く。

 やはりただ事ではない。

 俺は決心し、荷台の布に手をかけた。

 もちろんここで見捨てる選択肢もあった。

 確実に面倒ごとになる予感がしていたからだ。

 

 だがこれもまた運命。

 俺はできるだけ自由に生きると決めたのだ。

 目の前で助けを求められて見過ごすなんて俺じゃない。


「今、助ける」


 驚かせないよう言葉を投げ、握る手に力を込めた。

 そして思い切り布を払い、現れた光景に驚愕する。


「……森人族エルフ?」


 荷台は檻、その中にいたのは金髪翠眼の美少女。

 そして森人族エルフ最大の特徴である長い耳を持っていた。

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