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第19話 生き方

 受付の人に案内され、俺は部屋へと辿り着いた。


「では、よろしくお願いいたします」

「は、はあ」


 突然、頭を下げられ気のない返事が零れる。

 何だか俺もこの話し合いの関係者だと思われているような気がするのだが勘違いだろうか。

 あくまで俺はレイモンドの付き人。

 いや、その場に居合わせた人と言ってもいいくらいだ。

 俺に権限などあるわけがなく、俺に媚びを売っても恩恵はない。


 ああ、そういえば俺はノームだった。

 だったらそういった媚びの線もあるのかもしれないな。

 まあこちらは堕ちた英雄、それはないとは思うが。


「ふぅ……」


 部屋には幸い誰もいなかった。

 空いた席にドカッと座り、ほっと一息。

 レイモンドと一緒にいると、退屈はしないのだが疲労度は段違いだ。

 本人が底抜けに明るいだけでなく、周りを巻き込んでいく性質なので振り回される方は本当に苦労する。

 特に今日は久々の外出だったからか絶好調。

 まさか魔法協会の支部で騒ぎを起こすとは思わなかった。


 ただあれで場の緊張感が解れたのは事実だ。

 レイモンドという衝撃があったお陰で、俺に対する悪印象が間に合っていなかった。

 もちろん困惑はしていたが、その点だけは感謝した方が良いのかもしれない。

 素直に感謝はできないが。


「お、ノーム。待たせたな」


 悶々とした気持ちで待っていると、先に顔を出したのはレイモンドだった。

 そして続くように入ってきた男。

 もしかしなくてもこの人が約束していた工房の魔法師だろう。


「でこいつが2等級魔法師のネジルだ」

「どうも」

「あ、初めまして、ノーム・レスティです」


 立ち上がり会釈をして挨拶をする。

 レイモンドの部下だというからには、同じように体の大きい人が来ると思っていたのだが、その見た目はむしろ細身で小柄だった。

 見た目だけで言えば相当若く、未成年に見える。

 そして2等級魔法師ということで、相当優秀な人なのが分かる。


「へえ、マスターが言ってたことって本当だったんですね」


 ネジルと紹介された魔法師が興味深そうに俺を見て言った。


「おいおい疑ってたのかよ」

「マスターはいつも大袈裟に言いますからねぇ」


 ネジルは飄々とした印象だ。

 1等級魔法師であるレイモンドに対してそこまで畏まった態度ではなく、俺に対する対応も自然体そのものだった。

 レイモンドとはまた違った意味でくせ者である。


 というか、どこかで見た覚えがある。

 ノームとしてではなく、ロイとして。


「ん、どうしました? 自分の顔に何かついてます?」


 思い出そうとしてジッと見つめていたところを、ネジルに指摘される。


「あ、いえ、どこかで見たことがあった気がして……」


 もちろんノームとして会った記憶ではないので、ネジルは首を傾げた。


「もしかするとどこかでお前の名前を聞いたことがあるんじゃねえのか?」

「ああ、それならあり得ますね」


 レイモンドが思い出したように口を開く。

 名前はネジルか。

 確かに聞いたことがある。

 思い出せないということは実際に会って話したことはない人物。

 だが確かに見たことはあるのだ。


「えっとちなみにフルネームをお聞きしても」

「ネジル・エントルです」

「ネジル・エントル――って」


 フルネームを聞いて思い出した。

 そして驚愕の事実に気が付き固まった。

 そして睨みつけた。

 言うまでもなくレイモンドをだ。

 またこの人はとんでもないことさらっとしている。


「英雄会のネジル・エントルさん!?」

「あー、一応そんなのにも所属してますね」


 ネジルは何でもないと言った風に肯定した。

 だがレイモンドと同じように他の人は黙ってはいられない。

 英雄会。

 それは冒険者組合の中でも最上級の評価を得ている者しか所属できないコミュニティだ。

 魔法師で言うところの1等級魔法師にあたる。

 決して軽く紹介されていい人じゃない。


「ははは、相変わらず簡単に言いやがるなこの野郎」


 笑いながらレイモンドがネジルの背中を叩き、ネジルが嫌そうな顔をする。

 俺にしてみれば貴方もです、と言ってやりたい。


「おや、お揃いで。待たせてしまって申し訳ない」


 そんな中、新たな人物が部屋へと入ってきた。

 タイミングからして、この支部の支部長だろう。


「私の名前はジャック・フォロー、皆様の肩書に比べたら見劣りしますが、レスティ魔法協会支部長を務めさせていただいております」


 まさかの謙遜から入る挨拶に驚く。

 ここまで腰が低い支部長は初めて見た。

 確かに相手が1等級魔法師と英雄会の冒険者なのだ。

 その対応も仕方がないのかもしれない。

 反対の立場だったら、絶対に行きたくない会談だ。


「おう、早速本題だがアークトゥルスの参入についてだ」


 レイモンドが切り出す。


「はい、伺っております。こちらとしましても対魔工房アークトゥルスを受け入れる準備は整っております」

「おおそうか、なら話は早いな」


 長丁場になると思っていた話し合いだったが、話がスラスラと流れていく。

 どちらにも利がある話なのだから、当然ともいえるか。


「最初の所属メンバーは今のところ、このネジルとこの場にはいないがもう一人だ」

「あ、そうなのですね、てっきり……」


 支部長のジャックと目が合った。

 なるほど、俺が入ると思っていたのか。


「いやいや、こいつはまだ魔法師ですらねえからな」

「ははは、そうでしたな」


 思ったよりもずっと和やかである。

 もちろん口を出せる雰囲気ではないが。


「まあそういうわけで、参入する具体的な日時はネジルの方から後で伝えさせる」

「承知しました」

「じゃあよろしく頼む」

「はい、対魔工房アークトゥルスのご発展を心よりお祈りしております」


 そういうわけで支部会談は幕を閉じた。


 思ったより呆気なかったというのが本音ではあるが、問題が起こらなくて良かったという気持ちが一番だ。


「じゃあ自分はこの辺で」

「おう、またな」

「ありがとうございました」


 一足先にネジルが去っていった。

 印象通りマイペースな人である。

 あの人が英雄会のネジル。

 覚えておいて損はない。

 冒険者で成功を収めているということは、魔物討伐に関しては誰よりも秀でているということに他ならない。

 そしてそれはまさに対魔工房に適した魔法師ともいえる。


「よし、これで仕事は終わりだ。少し街を歩いて回ってから帰るか」


 レイモンドの言葉に頷く。

 色々あって忘れていたが、街中の案内中だったことを思い出す。

 レイモンドが私事中に仕事を混ぜたせいだ。

 良く気持ちの切り替えができるものだ。

 いや、もしかしたらしていないのかもしれない。

 この人のことだからあり得る。


「どうした、さっさと行くぞ」


 そうして俺たちは魔法協会支部を後にした。


 ---


 街中に戻り、様々な場所を見て回る。

 公園だったり、商店街だったり、観光名所だったり。

 良くもまあ自分の故郷でもない場所を紹介できるものだと素直に感心する。

 本来は俺が紹介するべき立場だ。

 いずれ誰かに紹介するために、今のうちに色々覚えておこう。


「師匠はこの町に随分と詳しいんですね」


 どこで知見を得たのか参考までに聞いておこう。


「まあな、街巡りは俺の趣味みたいなもんだ」

「あ、そうだったんですか」


 思わぬ趣味が判明した。

 なるほど、確かに街巡りが似合う。

 まるで嵐のように暴れては去っていくその様が。


「お前は少し頭でっかちな所があるからな、実際に行動してみるのも大事だぞ?」

「頭でっかちですか?」


 自覚のないことを言われて困惑する。

 俺はそんな風に見えていたのか。

 どこがそう見えたのだろう。


「まあ少し言葉が悪かったかもしれないが、お前は何事にも考え過ぎる癖があるように見えるんだよ」


 まだレイモンドと出会って一週間。

 そんな短期間でもそう思われるほど、俺は考え過ぎているのか。

 確かにそれに関しては自覚はある。

 というよりノームになってから悪化したと言ってもいい。

 日頃から口にすること、行動することに気を遣っているからだ。

 正体がバレないよう、察しがつかないよう注意している。

 それはある意味ノームとして生きるための俺なりの処世術だったのだ。

 

「……それはそうかもしれません」


 そう口に出してハッとレイモンドを見た。

 憐れむような悲しむようなそんな顔だ。

 そう、俺はまた考えて言葉を出した。


「お前の悩みが何なのかは分からねえ、それこそ過去の後悔だとするなら俺は分からねえからな。もちろん悩むなとは言わねえが、そんな生き方は俺にしてみれば疲れる」


 まあそうだろう。

 誰だって自由に生きていきたい。


「お前はその歳にしちゃあ大人びすぎてるからな、今更大人に甘えるってのが難しいんだろうよ」


 核心はついていた。

 確かに今の俺には大人に甘えるという発想はない。


「だが敢えて言わせてもらうが、お前みたいな子どもは見ていてイライラする」

「なっ……!」


 突然の罵倒。

 衝撃で言葉が出ない。

 まさかそう思われていたとは。

 俺は角が立たないよう気を付けていたのに、それが裏目に出たのか。


「悪い少し言い過ぎた。だけど子どもだったら自由に動いていいんじゃねえか? ダメな時はそれを止めるのが大人の仕事なんだからよ」


 レイモンドの言っていることは正しいのだろう。

 子どもは自由に育つべきだ。

 だがそれが俺に該当するのかは話が別。

 俺は内側は外側とは大きく違うのだから。


「えっと……」


 俺は答えられなかった。

 結局、俺はどうして良いのかまだ答えが出せていないのだ。

 ノームとして今を生きること、それがこんなにも難しいことだったとは。


「ああ、説教っぽくなっちまったな、すまん俺らしくねえ」


 頭をガシガシと掻いて謝るレイモンド。

 謝りたいのはこっちの方だった。


「ま、人には人の生き方がある。自由に生きるのもいいし、慎重に生きるのも人生だ。失敗は誰だって怖いもんだからな」


 と言ってこの話は終わった。


 俺は一体、どうしたら良いのだろう。

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