第17話 初めてのお出かけ
「よし、出発するか!」
朝とは思えぬハイテンションのレイモンド。
毎度のことではあるが今回は特に張り切っている。
十中八九、外出するからだろう。
「おいノーム、お前も元気を出していこうぜ。久々の外出なんだろ?」
「まあそうですけど……」
とは言われてもこちらは毎日のトレーニングで身体がガタガタなのだ。
特に朝は気だるさが酷く、気分が乗らない。
できればもう少し寝ていたい、それが本音だ。
「全く最近の若者は……」
全く乗り気じゃない俺を見て、ブツブツ文句を言いだしたレイモンド。
さっきのハイテンションが嘘のようだ。
騒々しさは緩和したが、これはこれで面倒なのは間違いない。
ならばここは大人の気遣いを見せよう。
「わ、わーい、早く行きましょう師匠!」
「お、ようやく乗り気になってきたか! 行くぞノーム、ついてこい!」
「お、おー」
あっという間に元に戻るレイモンド。
子どもに気を遣わせていることにさえ気付いていない。
これで良いのか1等級魔法師。
「よし、じゃあ明日には戻る」
「畏まりました、行ってらっしゃいませ」
レイモンドの言葉にソフィアが頭を下げる。
「え、明日って?」
ごく自然な流れだったが、聞き捨てならない言葉。
俺はてっきり直ぐに行って帰ってくるお遣い程度にしか考えていなかったのだが。
「ん、言ってなかったか? 今日は外で一泊するんだよ」
「聞いてませんが……」
「おお、そうだったか、悪い悪い」
悪びれもなく笑ってごまかすレイモンド。
もはや慣れてしまっている自分がいるのが悔しい。
文句の一つでも返した方が良いのだろうか。
いや、また面倒くさいことになりそうだ。
止めておこう。
「じゃあ今度こそ出発だ!」
そう言って玄関から外へ出た。
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色々不満はあったが、何だかんだで久々の外出は心地の良いものだった。
まあ正確に言えば初めての外出か。
トレーニングの際に庭には出ていたが、あくまで屋敷近くの特定の場所だけでのこと。
こうして屋敷から離れたのは初めてだ。
それにレスティ家は庭がとてつもなく広く、正門に辿り着くまでに結構時間が掛かった。
これだけでもちょっとした旅。
自由に行動ができるようになったら、見て周りたいくらいだ。
流石は公爵家、とてつもない力を感じる。
「それでどんな用事があるんですか?」
道中、レイモンドに今回の外出について聞いてみることした。
この人のことだから、直前になって急に大事なことを言い出しかねない。
レイモンドの性質を変えることはできなくとも、こうして予防することはできる。
「ああ、工房の奴が近くにきてるみたいでな、少し挨拶をしようと思っただけだ」
それだけ? と思わず感じてしまう。
だが人には人の価値観があり、レイモンドに至っては1等級魔法師だ。
俺の価値観で彼を図ることはできない。
それに普段の態度や、トレーニング時の力の入れようからして、この男が面倒見の良い性格なのが分かる。
そのため工房の部下たちとの付き合いを大事にしているのかもしれない。
魔法師には珍しいとは言わざるを得ないが、決して悪いことではない。
むしろ好感が持てる。
「ついでに魔法師志望らしい我が弟子のじま――紹介もしようと思ってな!」
絶対自慢って言おうとしたなこの人。
だが教えてもらったのなんて、身体を動かすことだけ。
もしも魔法知識や座学の自慢を我が物顔で自慢する気なら抗議ものだ。
だがこの男、やりそうである。
調子の良いままに全て言ってしまいそうだ。
これは予防しなければならない。
「師匠、俺も外聞というのがあります。嘘は止めてくださいね」
「お、おう、当たり前だろ」
これで大丈夫だという確信はないが、自重はしてくれることを願おう。
しかし改めて考えれば、俺はレイモンドにとって自慢できる弟子なのか。
8歳にしては、という前提が付くとは思うが認められていることには変わりなく、嬉しさのあまり頬が緩む。
条件付きとはいえまさか1等級魔法師に認められる日が来るとは。
「ほら、ここが今日泊まる宿だ」
ニマニマしている間に宿に到着していたようだ。
いけない、油断していた。
慌ててどんな豪邸かと見れば、ハッキリ言って普通の宿がそこにはあった。
だがそれはあくまで平民目線での普通、つまり貴族目線で見ればまた異なってくる。
「ええっと……ここですか?」
「何だノーム、宿にケチをつける気か?」
「いや、別にそういうわけでは……」
「ならいいじゃねえか」
別に嫌というわけではない。
俺自身、野宿でなければどこでも良い。
だが俺とレイモンドは立場というものがある。
先ほど話した外聞についてもまさにそうだ。
嫌な話にはなってしまうが、公爵家である俺たちが泊まるには些か普通過ぎる気がした。
だが俺には貴族としての常識がないのも事実。
いくらノームになったからと言っても、全ての記憶を見た訳でもなければ、そもそも感情なんてものは継承していない。
もしかしたら俺の貴族に対する偏見があって実はそうでなかった可能性だってある。
だったら聞いてしまえば良い。
「……師匠は、普段からこういった宿に?」
できるだけ角が立たないように質問する。
「まあそうだな、あまりにもボロボロだったら避けるかもしれねえが、これくらいなら普通じゃねえか?」
レイモンドの答えは俺の価値観と全く一緒だった。
レイモンドが特殊なケースの可能性も否定はできないが、その可能性を否定する材料が現状ない。
あるのは俺の貴族に対するイメージくらいのもの。
ならば実際の貴族が言っていることを信じる方が現実的である。
「そうなんですね、あまり外には泊ったことがなくて……」
「ああ、そういうことか。確かにいつも屋敷に住んでいたら戸惑うかもな」
それっぽい嘘をついてごまかした。
何か最近嘘をついてばかりだ。
素性を隠すためには必要な術であるのだがやはり良心が痛む。
「じゃあ手続きを済ませてくるから待っていてくれ」
「はい」
レイモンドはそう言って宿の中へ入っていった。
しかし改めて周りを見渡すと、流石は公爵領だと感心する。
辺りは建物だらけで、人通りも多い。
俺の出身である村とは偉い違いだ。
「よし、手続きは終わったぞ」
「ありがとうございます」
「ついでだ、街を見て回るか。自分の領地なんだ、見ておいて損はないだろ」
「はい、そうですね」
勇者パーティとして色々な地域を回ったが、尋ねた地域は小さな集落ばかりだった。
何しろ大都市は自前で防衛手段を持っているため、勇者を必要としていなかったのだ。
なのでこうして都会と言える場所を回るのはほとんど初めてと言ってもいい。
空が狭く感じることと人の多さには若干気圧されるが、ワクワクを抑えられなかった。
「ここは俺の行きつけの酒場だ、酒の種類が多くてな、しかも安いときた!」
「いや、未成年なので……」
始まった街中旅の一発目に酒場を紹介され苦笑する。
ましてや8歳に紹介する場所じゃない。
しかし結局、前も18歳で死んだため酒を飲む機会はなかった。
大人たちが仕事終わりに飲んでいるのを何度も見かけたことがある。
とても美味しそうに飲んでいた。
大人たちがあそこまで夢中になる飲み物、果たしてどんな味なのだろう。
気にならないと言えば嘘になる。
「おっと、そうだったそうだった。見かけたからついな」
レイモンドは笑いながら謝り、酒場を後にした。
もしも大人になることができたら訪れてみようか。
その時は果たしてノームなのか、ロイなのかは分からないが、まだまだ遠い未来なのは間違いない。
「じゃあここだな。ここはこの町の冒険者組合だ」
次に紹介されたのは冒険者組合。
冒険者たちが仕事を請けに訪れる場所である。
勇者パーティ時代何度かお世話になったことがある。
勇者パーティは騎士や魔法師というよりは、各地を回る冒険者に近しい仕事だったからだ。
その点で冒険者たちには親近感がある。
「とはいっても、この町だと冒険者は少ないがな」
「まあそうですよね」
冒険者の仕事と言えば、主に魔物の討伐だ。
魔物から得られる魔石を換金することで生計を立てている。
その魔石は魔法協会の開発工房に流され、新たな魔道具開発の材料になるのだがそれはまた別の話。
何はともあれ、冒険者というのは魔物がいなければ仕事がない。
公爵領に魔物が出るわけがないので、比例して冒険者が少ないというわけだ。
ただそれは今に限った話ではあるのだが。
「じゃあ次だな、次は魔法協会の支部でも紹介するか」
「お願いします!」
ようやく来た魔法師らしいこと。
魔法協会の支部と言えば、最低でも3等級魔法師以上の魔法師が所属しているはずだ。
レイモンド以外との繋がりを持てる可能性、特にエルニア学園に関係がある魔導工房か、目当ての神聖工房の人がいてくれると嬉しい。
「邪魔するぞ!」
レイモンドは遠慮することなく、魔法協会支部へと入っていった。
魔法師というものは基本的に大人しいもの。
そんな人々が集まっている魔法協会の建物内は当然静かだ。
そこへ大声で入っていく大柄な男。
周囲にいた魔法師たちがギョッとして振り向いた。
当然の反応である。
俺だって初見は二度見した。
「本日はどういったご用件で?」
「あー、見学だな」
受付の人はこの目の前の男がまさか1等級魔法師だとは思っていないのだろう。
表面上は取り繕っているものの、若干口元が歪んでいるのが分かった。
「魔法師からのご紹介か何かでしょうか?」
「ん? まあそうだな」
「その魔法師の方はどちらに?」
「ここにいるが」
「えっと……」
微妙に話が嚙み合っていないのが分かる。
受付はレイモンドのことを魔法師とすら思っていないし、レイモンドは自分が魔法師と思われていないことを認識していない。
このままでは埒が明かないし、こんな大柄の人に詰められて受付の人も可哀そうだ。
「師匠、魔法師手帳を見せた方が早いのでは?」
なので助け舟を出した。
というより普通は出すものだ。
これに限ってはレイモンドがおかしい。
「ああ、確かにそうだな。ほら」
「あ、確認させていただきま……え」
受付の表情が固まったのを見て同情する。
うちの師匠がすいません。
「あ、あ、アークトゥルス卿!?」
静寂を保っていた魔法協会支部に受付の絶叫が木霊した。