第1話 悪役貴族への転生
俺は意識を取り戻した。
「い……生きてる?」
生を感じ、身体を起こす。
確かな鼓動が胸を打っている。
一体どうして生きているのか。
どうやってあの場面から助かることができたのか。
疑問が次々と降って湧いてくる。
だが次の瞬間、それらの疑問が全て吹き飛んだ。
「の、ノーム・レスティ!?」
視界に入ってきたのは俺を殺した張本人、ノーム・レスティ――が映った鏡だった。
感情のままに拳を握ってしまったが、鏡の中のノームも同じく握りこぶしを作っている。
「……は?」
何だこれは。
まだ夢を見ているのか。
俺は現実逃避をするかの如く、腕を振り回してみた。
鏡の中のノームもへんてこな腕の回転を始めた。
一回転し、ジャンプ。
鏡の住人も一回転しジャンプをする。
頬を抓る。
ただ痛いだけだ。
「……夢じゃない」
嘘みたいな話だ。
こんなこと信じられない、信じたくない。
もしそれが現実ならば死よりも恐ろしいことなのだから。
――気が付けば自分を殺した相手になっていた。
そんな最悪な事態、受け入れられるわけもない。
「――すう、はあ」
焦った時は深呼吸だ。
大きく息を吸って、大きく息を吐く。
それを何回か繰り返して、目を開いた。
ああ、どこからどう見たってノーム・レスティだ。
今まで受けてきた嫌がらせ、妨害行為が思い起こされ、同時に嫌悪感が沸き立つ。
今すぐにでもぶん殴ってやりたいそんな相手なのに、それが自分自身だなんてなんて悪夢だろうか。
当然ながら走馬灯でもなく、夢でもない。
もしや幻覚か? そうだとするとなんとも悪趣味な。
しかしここまで鮮明かつ、意味不明な幻覚を見せる意味が分からない。技術も時間も無駄である。
それにノームにここまで高度な幻覚を使える力はないはずだ。
当然、あの有象無象な魔物たちによるものでもないだろう。
よって幻覚の線も薄れた。
さて、早速手詰まりだ。
どうしようか、どうするべきなのか、一体何をしたら良いのか。
よし、ここは一つ感情のままに行動してみよう。
「嘘だろおおおおおおおおおおお!」
心のままに大声で叫んだ。
これでもかというほど叫んだ。
こんなに叫んだのは何年ぶりだろうか。
「どうなさいましたか、ノーム様!」
ドタバタと音が聞こえたかと思えば、バンッと勢いよく扉が開かれ、登場したのはメイド服を着た若い女性だった。
もちろん見覚えはないし、案の定俺のことをノームと呼んできた。
これで俺の目がおかしくなっている線もなくなった。
後は俺の聴覚か、そもそも頭がおかしくなっている可能性にかけるしかない。
「いや、ええっと……」
上手く言葉が出ない。
もっと落ち着いて状況把握に努めるべきだったと今更ながらに後悔する。
「落ち着きましょうノーム様、はい、深呼吸です」
メイドに言われた通り、再び深呼吸を行う。
何回か行い、少しだけ冷静になった。
そして先ほどの叫ぶという愚行を犯した自分を恥じた。
年甲斐もない行動はするものではない。
そう、年甲斐もない……?
「ありがとうございます。ええっと、あのー、俺って今何歳……でしたっけ?」
目の前の女性と俺の目線の低さに違和感を覚えて、思わず質問を投げる。
まさかとは思うが嫌な予感がした。
「……え? ノーム様は8歳になられたはずですが」
「は、ははは……そう、そうでしたよね」
悪い予感の的中に乾いた笑いしか出てこない。
最悪である。まさか事態が更にややこしくなろうとは。
何せノームと俺は同い年であったはずなのだ。
それは以前通っていた学院で同じ学年だったのだから間違いない。
ちなみにアランとアリアも同学年だった。
つまり俺はノームに入れ替わっただけではなく、過去に飛ばされているということになる。
何だそれは。
まるで意味が分からない。
夢なんかよりも、よっぽど奇天烈だ。
こんな馬鹿馬鹿しい話、誰が信じるだろうか。
実際に体験している自分でも信じられないというのに。
「ノーム様、大丈夫ですか? ご様子がいつもと違うようですが」
「え、あ、うん、大丈夫。突然めまいがして」
俺は適当にごまかすべく、無難な返事をした。
こんな状況で騒ぎなんて起こしたらとんでもないことになる。
ただでさえ自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。
見ず知らずの誰かの対応などできるわけもない。
「それは大変です! 今すぐ横に……ってノーム様、その指輪は!」
慌ただしい様子のメイドだったが、俺の手元にあった指輪を見て顔色を変えた。
「え? あ、何だこれ」
俺もいつの間にか握っていた、というより意識を取り戻す前から持っていた指輪に気が付き、上に掲げる。
綺麗な赤色の宝石が入った指輪だ。
婚約指輪か何かだろうか。
そういえば最後に見たノームの手にもこの指輪がはめられていたような気がする。
「それは四代目勇者様から伝わるレスティ家の家宝、魔の指輪。なんでも魔王の所有物だったらしく今でも呪いがかけられているとか」
「え、ええ!?」
まさかの事実に思わず指輪を投げ捨てた。
呪い、そんな言葉を聞いて呑気に触ってなんかいられるわけがない。
以前、呪われた腕輪を身に着けて一時的に左腕が不能になるという酷い目にあったことを思い出す。
あの時は聖女であるアリアがいたから何とかなったものの、もしいなかったらと考えると身震いする。
つまりこの指輪は絶対に指にはめてはいけない。
魔王の呪いなんて禄でもないに決まっている。
それこそ今度は一生解けない呪いになってしまいかねないからだ。
しかしそんな危ない代物を家宝にするとは、レスティ家もとい四代勇者は何を考えているのか。
戦利品としての価値と危険度に釣り合いが取れていないように思えるが、その価値観もまた人それぞれなのかもしれない。
「お、落ち着いてくださいノーム様、ひとまずその箱にしまいましょう」
「は、はい、分かりました」
見れば指輪が入れてあったであろう箱が鏡の前に置いてあった。
間違いなくこの指輪が収められていた箱だろう。
俺は床に落としてしまった指輪へと腰を曲げ手を伸ばす。
「ん……」
後もう少しというところで手が止まる。
というより届かなかった。
それは何故か。
お腹周りがキツイのだ。
初めて見た時から思っていたのだが、ノームはとても不健康な体格をしていた。
それもかなり。
公爵家ということもあり、平民だった俺には想像もつかないような贅沢をしてきたのだろう。
贅沢への嫉妬。
不健康への憐憫。
そしてその身体がよもや自分のものになってしまったという絶望。
様々な感情が湧き出した。
ただ貴族の暮らしというものに興味がないわけではない。
いつだって平民、もとい田舎者の憧れは貴族の暮らしだ。
前向きに考えるならば、今ならその貴族の暮らしができるのだ。
そういうことにしておこう。
無理やり気持ちを前向きにする。
そうでもしないとやってられない。
「よいしょっと」
不自然な体勢で固まった俺に対して不思議な顔をするメイドを尻目に、膝を曲げ指輪へ手を伸ばす。
今度は無事拾うことができた――はずだった。
「……あ、あれ?」
「ノーム様!? ノーム様大丈夫ですか!?」
指輪に触れた途端、意識が朦朧とし、なすすべなく地面に倒れてしまった。
これも呪いの力なのだろう。
やはり呪いの力は面倒くさい。
ああ、目が覚めたらこの悪い夢から覚めてくれないかな。
そんなことを思いながら、俺の意識は再び闇の中へと沈んでいった。