第16話 事件の裏側
一週間が経った。
変わらずレイモンドによる指導は行われている。
特に運動トレーニングに力を入れてだ。
教えることが見つかって嬉しいのか、やけに気合の入った様子で指導を行っている。
ありがたいことには間違いないのだが、如何せんハード過ぎた。
走り込みを始めとして全身の筋力トレーニング、対人戦闘の基礎までくまなく教えようと意気込みそれを実践。
そしてそれを日が暮れるまで行う。
これではまるで騎士のトレーニングメニューだ。
「よし、今日のところはここまでだな」
「は、はい、ありがとうございました」
レイモンドの言葉を受けた直後に地べたに倒れこむ。
そしてレイモンドが仕方がないなとばかりに俺を持ち上げ屋敷へと連れていく。
これがもはや日常だった。
思い描いていた日常と全くの逆。
期待していた魔法トレーニングなんてあれからほとんど行っていない。
折角の機会なだというのになんと勿体ないことか。
しかし良いこともあった。
理由は簡単、トレーニングのかいあってそれなりに体力がついてきたことである。
生憎と表面上には表れてきていないが、トレーニングを続けるたびにできることが増えていく。
このまま続けていけば間違いなく体型にも効果がでてくることだろう。
「そうだ、レイモンド師匠」
「なんだ?」
未だ慣れない呼び名でレイモンドを呼ぶ。
ちなみにこの呼び方はレイモンドからの指示だ。
なんでもアークトゥルス卿と呼ばれるのはむず痒いらしく、特に子どもからは呼ばれたくないらしい。
しかししっかりと師匠呼びさせる辺り、独自のこだわりがあるのだろう。
俺としてはどちらでも構わなかったので、素直に聞き入れることにした。
「あの事件のことなんですが」
「ん、急にどうした?」
「あの時、近くに魔物がいませんでしたか?」
俺は以前より気になっていたことをレイモンドに問う。
俺の知っているレスティ領暗殺未遂事件には魔物被害が確実にあった。
だが今回はそれが起こっていないのだ。
以前と変わった点と言えば、俺が魔法師2人と対決したことくらいで、肝心の魔物は倒していない。
「どうしてそんなことを思ったんだ?」
レイモンドが質問を飛ばす。
確かにまだ魔王が現れていないこの時期、魔物被害はそう多くない。
ましてや公爵領に魔物が現れるなど前代未聞だろう。
だからこそ俺はその出来事を覚えていたのだが。
「えっと、相手の魔法師が話しているのを聞いて」
咄嗟の嘘でごまかす。
違う未来を知っているから、なんて言えるわけもない。
「ああそうか、お前はしばらく敵の視察をしていたんだったな」
レイモンドは納得したように呟く。
「まあそれなら隠す必要もねえか、確かに魔物は潜んでいたな。俺が倒したから問題はなかったが」
「あ、そうだったんですね。良かったです、それがずっと気がかりだったので」
「そうか、なら気が晴れて良かったな」
ひとまず魔物が出てこなかった謎は解けた。
一応、魔物は用意されていたがレイモンドによって討伐されていたのだ。
今回被害を及ぼす前に倒された理由としても、俺の戦闘によって屋敷襲撃への時間が遅れたためと考えられる。
何はともあれ今回の件に俺ことノームが関わってなさそうで安心した。
魔物襲撃の一致は単なる偶然だったのだ。
「あ、ついでにもう1ついいですか」
「なんだ?」
「今回レイモンド師匠が倒した魔物って相手方が用意したものなんですよね?」
「まあその可能性が高いだろうな」
「なら魔物を使役することができる魔法があるってことなんですかね?」
事件は終わって解決に向かっていることは間違いないが、結論としてその魔物は誰の思惑によって用意されたものなのか、俺はそれが気になっていた。
魔物を準備できるなんて並大抵のことじゃない。
可能性としては3つ。
1つは魔物を使役することができる天恵魔法の使い手。
2つは魔人だ。もしそうだとするならば魔王復活の兆候かもしれない。
そして3つ目はそれ以外の可能性。魔物を使役する方法が他にある可能性だ。
だからこそ1等級魔法師に聞くのが手っ取り早い。
彼らが知らない魔法など基本的にないと言ってもいいからだ。
「あるにはある、もちろん天恵魔法以外でな」
「天恵魔法以外にあるんですか!?」
レイモンドの答えは3番目の可能性を示唆するものだった。
「ああ、つっても正確には魔法じゃないんだがな。犠法って言うんだが知ってるか?」
「いえ、知りません」
全く耳馴染みのない単語だ。
「まあかなり特殊なものだからな、知らなくても当然だ。簡単に言うと犠法ってもんは魔力を消費する魔法とは違って、別の対価を払って発動するものだ」
「別の対価……」
対価を払うという言葉に嫌な想像をしてしまう。
「その対価ってのは基本的に何でもいいらしいが、魔法と魔力の関係と同じで実現するものが大きければ大きいほど消費する対価は大きくなる」
レイモンドは一つ息を吐く。
「だから犠法で基本的に使われる、いわば使い勝手のいい対価は――人の魂だ」
「それって……」
「ああ、生贄ってことだ」
大方の想像通りで嫌な予感は当たっていた。
人の命で事を為す。
なんとおぞましいものだろう。
「まあ安心しろ、使用にはかなりの手間がかかるし、その使用方法を知っている者も少ない。今回の件は天恵魔法で考える方が現実的だ」
「そう、ですよね」
だが俺の心は晴れなかった。
結局、ノームが魔物を使役していたとされる可能性がまだあることが証明されたからだ。
確かに今回の件は関わっていないのかもしれないが、これから起きる魔物災害のどこかで関わっていた可能性がある。
なにしろ俺が魔物に囲まれて死んだあの日、ノームはそこに現れたのだから。
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気持ちを切り替え夕食にありつく。
疲労で食欲はほとんどないが、レイモンドの指示によって完食を命じられている。
壊れた身体を食事で直せとのこと。
ただし食べ過ぎは厳禁だそうだ。
言われなくても過食には気を付けている。
今のモチベーションが体型の改善なのだから当然だ。
やはり目で見える形で変わってこそ、達成感というものが感じられる。
だから我慢だ。
「ああそうだノーム、明日は少し外出するぞ」
「え、分かりましたが、どこへ?」
唐突な言葉に困惑する。
何か用事だろうか。
「直ぐ近くの町だ、少し用があってな」
「えっと、俺が行く意味はあります?」
話を聞く限りだとない。
あくまでレイモンドの用であり、俺の用事ではないからだ。
と乗り気ではない俺に、レイモンドが頭をガシガシと撫でる。
「おいおい、屋敷の奴らに聞いたがお前、長期休暇の間どこにも行ってないらしいじゃねえか。若いんだから友達と遊びに行くことくらいしてもいいんだぞ?」
「いや、えっと……」
それは俺に言われても困る。
俺がノームになってからたった1か月とちょっと。
それ以前の行動はノームの話であり、それ以降の行動は事件のせいだ。
俺自身外出したくてもできなかった日々を送っていた。
「もしかしてお前、友達がいないのか?」
憐れむようなレイモンドの視線に目を反らす。
ノームの交友関係なんて知らないし、興味もなかった。
妹がいることも知らなかったくらいだ。
唯一知っているのはアイリスとの関係ぐらいのものである。
「そうかそうか、まああんな噂が立つくらいだしな、仕方ねえか!」
俺の沈黙を勘違いしたのかレイモンドが笑いながら慰めてくる。
いや、本当に友達がいなかった可能性もあるのが何とも言えない。
哀れなり。
「だったら気分転換に外に出るのも良い機会だろ、ずっと屋敷に籠ってても良い出会いなんてないぞ」
「……分かりました」
何だかその口車に乗るのは癪だったが、外に出たいのは事実。
渋々ながら頷いた。
「よしその意気だ、じゃあまた明日だな」
そう言ってレイモンドは2階へと上がっていった。
相変わらず強引な人である。
しかし明日外出するということは、あの地獄のトレーニングをしないということ。
久々の外出と休暇であることは間違いない。
何だか楽しみになってきた。
とはいえ疲れ切っているのは事実。
自分の部屋のベッドに横になると、俺は直ぐに眠りにつくのだった。




