第12話 報告
結局ミリアとの関係は進展することなく、事件から1週間が過ぎていた。
あれから特に何も起こることなく、事件があったのが嘘のように平穏の日々が流れている。
その間にやったことといえば、記憶を頼りにした事件年表を紙に書き記したことくらいか。
記憶だっていつまで覚えている保証はなく、覚えているうちに記録しておいた方が良いと判断した。
後はそう、粛々と地下に籠って魔法練習を行う日々を送っている。
進捗としては微妙。
まだまだ特訓が必要なレベルだ。
そんな俺に対してメイドからは、学園に戻ってから行う方が良いのでは、と正論を言われた。
確かに学園は設備も整っており、授業も基礎から教えてくれる場所。
むしろ学園の皆と足並みを揃えて、魔法に励んだ方が良いかもしれない。
ただ懸念点として、未だ8歳時点でのノームの実力が不明であること。
結局、アイリスから聞き出す作戦は事件によって実行不可能になった。
だとすれば、学園に行った際に直接周りの反応を伺って合わせていくしかない。
その際にできないことがあると不味い、だからこうして特訓に励んでいるのだ。
とそれらしいことを考えたものの、本音はそうではなかった。
俺こと、ノーム・レスティ8歳。
入れ替わって約1週間にして、早々に暇を持て余していたのである。
「砂塵操作」
もう何度唱えたかも分からないお馴染みの魔法。
水属性魔法ではできていた経験があるため、未だにできないことに鬱憤が溜まる。
しかしイラついていても上手くいくわけもなく、返って魔法の精度に関して言えば感情の高まりは逆効果だ。
「はぁ、一度戻るか」
これ以上続けていても無駄だと判断し、特訓を切り上げる。
「ノーム様、お疲れ様でございます」
地下室を上がるなり、メイドがタオルを差し出す。
毎回のことなのでもう驚きはしないが、やはり庶民心に罪悪感が芽生える。
「ありがとう」
「いえいえ、とんでもございません」
以前ならば俺が感謝の言葉を述べようものなら、オロオロし取り乱していたメイドも慣れてしまったようで、こうして自然に返してくれるようになった。
なんでも一部の使用人の間では、俺は呪いと事件にあったことで日頃の行いを見直すようになってきた、と噂されているらしい。
意図的にやった行いではないが、良い兆候なのは間違いない。
ただあくまでそれは一部の使用人の間のみ。
恐怖を覚えている今だけだと言われたり、ただのパフォーマンスだと言われたりと、ノームの悪評はまだまだ根深いものがある。
「ソフィア、今日の予定は何かあるのか?」
俺はいつもと異なり、慌ただしい様子の屋敷を見て尋ねた。
ソフィアというのは、リビアの代わりに俺を世話してくれているこのメイドのことだ。
リビアと異なり、長年屋敷に仕えているメイドらしい。
「急遽、アークトゥルス卿がお越しになることが決まりましたので」
「そうなのか……ん? どうして急に?」
思わず流そうとしたが、普通に考えるととんでもない話だ。
確かにレイモンドとは事件の際に関わったため、案外身近な存在に感じたかもしれないが、本来1等級魔法師なんて貴族であっても一生に1度関わることかどうかの存在なのだ。
それに基本的に政治にも関与しないため、貴族が面会を要望しても会えないことの方が多いとも聞く。
「事件についての報告があるとのことです」
「そういえば、アークトゥルス卿が主導していたんだったな」
それを聞いて納得がいった。
確かに事件の被害者であるレスティ家には捜査結果の報告を受ける権利がある。
「ですのでノーム様もご準備をお願いいたします」
「……ん?」
自然な流れで準備を促すソフィア。
あまりの自然さに思わず頷きそうになった。
自分には関係がないことだろうと、油断していたのに一体どういうことだ。
「何で俺も準備する必要が?」
「アークトゥルス卿からの要望とのことですが」
「……理由は?」
「知らされておりません」
「……了解」
ソフィアに駄々をこねても仕方がなく、素直に従うしかない。
文句を言うならレイモンドに言うべきなのだ。
もちろん言えるわけもないのだが。
そういうわけで久々の予定が入ってしまった。
時間を持て余していたのは事実だが、ここまで大きな予定は期待していない。
何故こうも極端なのか。
俺は内心文句を垂れながら、準備を進める。
もはや自分の体形も貴族の服も慣れたもので、手早く準備を済ませることができた。
「ノーム様、レイモンド卿がお見えになりました」
しばらくしてソフィアが呼びに来たので、指示に従い下に降りる。
何だか初めてアイリスが来たときのことを思い出す。
あの時は屋敷の1つ1つに驚愕をしていたっけ。
「……あ」
1階に降りた先でとある人物と目が合った。
「ミリア……」
妹ミリアである。
相変わらずか細くて弱弱しい。
「では私はここで失礼致します」
事情を察したのかソフィアは離れていく。
逃げたのではなく、気遣いだろう。
「……もう大丈夫なのか?」
このまま逃げていては何も進展しないと、勇気を振り絞って言葉をかけた。
無視されても仕方がない。
そう思いながらの言葉だったが、ミリアは小さく頷いた。
「……っ! そ、そうか、なら良かった」
感動に心が震えるも、その感情が表に出ないよう必死に抑える。
「じゃ、じゃあ俺はアークトゥルス卿に呼ばれてるから」
「……うん」
今度は言葉も返してくれたことに再び感動する。
何だろう、嬉しすぎて涙が出そうだ。
もっと話したい気持ちもあるが、レイモンドを待たせるわけにもいかない。
俺は恥ずかしさを隠すかのように、この場から走り去った。
「……よし」
俺は一度気持ちをリセットするために大きく息を吐く。
今は客間の扉の前。
事件で破壊された客間も今はこうして元通り。
流石は公爵家と言わざるを得ない。
「アークトゥルス卿、お待たせして申し訳ありません」
客間へ入るともう既に父とレイモンドが座っていた。
慌ててお詫びの言葉を述べ、頭を下げる。
「おおノーム、身体は大丈夫そうだな!」
「お陰様で」
レイモンドは相変わらずのようで、元気良くを言葉を投げかけた。
何故だろう、今まで苦手だったその性格が今ではありがたく感じる。
「ではアークトゥルス卿、本題の方をお願いできるか?」
「ああ、そうだな」
父の言葉にレイモンドが頷く。
「尋問の結果だが、今回の件は反皇族派の犯行によるもので間違いない」
レイモンドが明らかになった情報を話し始める。
反皇族派、その名の通り現皇帝ダリス・ディーネルに反旗を翻している人たちだ。
主にディーネル王国後期に組み込まれた領主たちがまとめ上げていると噂され、帝政に移ってから活動を活発化させた。
そしてその集団が最も注目を集めた事件が、3年前のクーデター。
ノームが母ヘレナを失うこととなってしまった事件である。
つまり今回の暗殺未遂事件は、反皇族派が再びレスティ家に牙を向いたことに他ならない。
その事実に父は表面上は取り作っていたものの、その表情は歪んでいた。
「実行犯は計12人、内3人は元魔法師だ」
やはり、と俺は納得する。
元魔法師というのは、魔法協会を脱退した魔法師という意味だ。
魔法師にとって魔法協会を脱退するメリットは基本的にない。
つまりその魔法師は何らかの要因で魔法協会から除名された魔法師と考えるのが自然だ。
禁止魔法の使用、禁忌魔法の研究、非人道的実験など除名処分される要因は複数ある。
「その元魔法師の一人テル・ローンが姫様の従者として仕えていて、情報を流していたみたいだな」
テル・ローン。
アイリスの傍にいた使用人で風属性魔法を使っていた奴だ。
今でもその顔は覚えている。
「その男は何者なのだ?」
父が質問を飛ばす。
確かに気になるところだ。
「どうやらあのクーデター前から潜んでいたそうだ、詳細は俺も知らねえが宮廷内にそれを手引きした者がいるんじゃないかって今は大騒ぎらしいぜ」
ずっと仕込んでいた毒だったというわけか。
それにしてもまた毒か。
反皇族派は毒を仕込むのが好きみたいだな。
気は合いそうにない。
「宮廷内にも……となると」
父が難しい顔をして呟く。
するとレイモンドが口角を上げて父を見た。
「ああ、反皇族派はもう既に懐に紛れ込んでいるってことだ」
「我らもその対象だと?」
レイモンドと父のやり取り。
互いに目を反らさず、まさに一触即発の雰囲気が立ち込めている。
俺は怖くて見ていられない。
「はっ、まさか。今回もレスティ家は被害者だ。それは間違いねえよ」
レイモンドのその一言で緊張が緩和する。
俺も大きく息を吐いた。
もう耐えられそうにない。
早く戻りたい。
「まあ今回報告するのはそれくらいだな」
「此度の件、アークトゥルス卿にはお力添えいただき、心から感謝している」
「ああ、乗り掛かった舟だったからな」
父はレイモンドへと頭を下げ、レイモンドもそれに答える。
俺も合わせて頭を下げた。
滅多に政治には関わることのない1等級魔法師がここまでしてくれたのだから、誠意は見せなければ失礼にあたる。
「あ、そうだ、ノーム、あのメイドは無事に目を覚ましたぞ」
「本当ですか!」
「ああ、つい昨日のことだ」
「良かった……!」
思いがけぬ朗報に声を漏らす。
本当に助かって良かった。
「レスティ公、あの評判は俺の勘違いか?」
そんな俺の様子を見てレイモンドが父へと尋ねた。
しまった、と俺は体を固まらせる。
「いや、こうなったのも最近のことだ。確か呪いにあってからだったか」
どうやら父も俺の変化は認識していたらしい。
だが何も言われていないということは、流石に中身まで入れ替わっているとは思っていないのだろう。
父にしてみれば、問題ばかりだった息子が運良く呪いで更生してくれて良かった。くらいにしか思ってないのかもしれない。
流石にもう少し情があるのかもしれないが、どうだろう。
「そうか呪いか……見せてもらうことはできるか?」
レイモンドの顔が魔法師の顔になるのがハッキリと分かった。
いくらそんな図体をしていてもやはり性根は魔法師らしい。
「あの指輪は四代勇者からレスティ家に代々伝わる家宝でな、申し訳ないがそう簡単には」
「ああ、それなら仕方がない。問題ないぜ」
案外物分かりが良いレイモンド。
俺はホッとする。
ここで駄々をこねられて喧嘩にでもなったら大変だ。
「じゃあ、俺はこれで失礼するとするか」
レイモンドの言葉に父と俺は再び頭を下げ感謝を告げる。
「今後ともよろしくお願いする」
「ああ、任せろ」
そう言って出て行くレイモンド。
相変わらずその背中は頼もしい。
それに今回の件で俺はレイモンドに対しての苦手意識は薄れてきていた。
何ならどうしてあそこまで苦手だったのか分からないくらいに、好感を抱いている。
俺もいつかは1等級魔法師になりたい。
その点において過去でも現在でもレイモンドは間違いなく俺の目標の人物には変わりないのだ。
レイモンドが去り、屋敷に再び平穏が訪れる。
「よし!」
今できることは精一杯やろう。
俺は気合の掛け声と共に再び地下室へ向かったのだった。




