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第11話 反省

 俺が目を覚ましたのは、襲撃の日から2日後のことだった。

 一度も目を覚ますことなく丸一日寝込んでしまったらしく、メイドたちは大慌てだったそうだ。

 だが治療師の診断によると、ただの疲労ということで大事にはならなかったらしい。


「……身体が痛い」


 上体を起こすなり、全身が凝り固まっているのを感じる。

 下半身は特に筋肉痛が酷い。

 日頃の運動不足が実感できるというものだ。


「あの、ノーム様、何かお食事をお持ちしましょうか」

「ああ、頼む」


 メイドに軽く返事を済まし、大きく伸びをする。

 当然だがあのメイドはリビアではなく、顔見知りのメイドでもない。

 リビアは今もなお治療師の下で治療を続けているそうだ。

 助かることを心から願っている。

 聖女として覚醒したアリアがこの場にいてくれれば、なんてないものねだりをしても仕方がない。

 今はただ祈るしかできない。

 

 今回の件は自分の至らなさを痛感した事件だ。

 事件が起こることが事前に分かっていた上でのあの無様さ。

 あの時レイモンドが来なかったらと思うとゾッとする。

 少なくともリビアの命にかかわる場面だった。

 本当に反省だ。


 ちなみにアイリスとレイモンドも、既に帰ってしまった後だった。

 その際、俺が倒れてしまったことでアイリスは再びお見舞いの話をしていたそうだが、父が断ったとのこと。

 今回の襲撃の件もあり皇族や公爵家は、しばらくの間厳戒態勢が敷かれるため外出は最低限に控えた方が良いとの判断らしい。

 そしてレイモンドの方は、今回捕縛した実行犯たちの尋問を買って出たそうだ。

 1等級魔法師ならばと父や、その後到着した警備隊も納得した上でのことらしい。

 俺もその点においてはレイモンドを信頼しているし、問題はないとは思う。

 ただレイモンドの性格上、尋問が拷問にならないか心配ではあるが。 


「ノーム様、お食事をお持ちしました」

「ありがとう」

「め、滅相もございません」


 メイドの怯えた態度を見て思い出す。

 そういえば俺は悪役貴族であったことに。

 今までリビアやレイモンド、そしてアイリスなど俺に対して臆することなく接してくる人たちだったからか、ついつい自分の立場を忘れてしまっていた。


「下がっていいぞ」

「は、はい、失礼致します」


 メイドはそそくさと逃げるように部屋出て行った。

 相当苦手意識を持たれているようだ。

 俺の悪評を聞いての態度か、もしくは何か過去にしてしまった相手なのかもしれない。

 ノームならばあり得る話なのが厄介である。


 とはいえ約2日ぶりの食事。

 本能のままに食事にありつく。

 相変わらず貴族の飯は美味しく、手が止まる気がしない。

 ただ量はいつもと比べて少し物足りない気はする。

 病み上がりだからだろうか。

 確かにいきなり食べ過ぎるのも身体に良くないかもしれない。

 それに食べ過ぎて太ってしまうのは不都合だ。


「ふう、美味しかった」


 あっという間に食べきってしまった。

 満腹ではないが、丁度良い塩梅だ。

 早々に食器を整理してわきに置いておく。

 時間が来たらメイドが取りに来てくれるだろう。

 俺自身が食堂まで行って片づけても良いが、それではメイドの立つ瀬がない。

 あくまでも俺は貴族として、立場を弁えて行動していこう。

 それで魂に刻まれた庶民癖はうっかりでてしまうこともあるだろうが、それに関しては何とかごまかしていくしかない。

 今更性根から変えていくのは、ロイとしては複雑な気持ちだからだ。

 まるで自分が自分でなくなるような、前の自分がいなくなるのではないかという漠然とした恐怖を持ってしまう。

 きっと自分の身体という絶対的なものが変わってしまった影響だ。


 魂否定派だった俺が随分と変わった。

 今ではその魂でしか自分を感じられないのだから。

 その事実に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「砂塵操作」


 だがもちろん良いこともある。

 複数属性を持つことができたこと。

 そして確実に死ぬはずだった俺がこうして生きていること。

 これらはこの奇跡がなければ絶対に起こりえなかったことだ。


 しかも今回の事件を通して分かったことがある。

 俺は未来を知っている。

 そして今回その未来の出来事が実際に目の前で起きたのを体験した。

 死傷者を出した暗殺未遂事件、それが今回起きた事件のはずだった。


 だが今回、死傷者は出ていない。

 それが俺の活躍によるものかどうかはさておき、確実に言えることが1つだけある。

 未来が、運命が変わったのだ。

 俺の記憶が正しければ、それは間違いないことだ。


 つまり将来起こる事件の数々。

 もちろん俺の記憶にあるものだけに限定されるが、それらを防ぐ、防げなくとも今回の件のように最小限へと導くことができる可能性がある。


 当たり前のようにある未来の記憶。

 当たり前すぎてすっかりそのことを失念していた。

 この記憶を使わない手はない。


 俺のやるべきことがまた1つ増えた瞬間である。


「よしっ!」


 ならば、と気合の掛け声と共に立ち上がる。

 少なくとも今のままでは未来を変えるなんて大層なことできるわけがない。

 未来を変えるためには力が必要だ。

 原因解明、悪評払拭、未来改変、それが今の俺がやるべきことであり、そしてそのどれもが自分を磨くことで得られる産物だった。

 要するに特訓あるのみである。


「っいてて」


 とはいえ思いのほか筋肉痛が酷く、勢いそのままに座り込んだ。

 早々に出鼻を挫かれた思いである。

 ならば魔法だ。


「砂塵操作」


 飾られてあった観葉植物めがけて再び土属性魔法を唱える。

 実戦で分かったことだが、基礎的な水属性魔法は問題なく使用できていた。

 もちろん以前ほどの緻密さはまだまだだと言わざるを得ないが、今現在それを目指すのは困難を極める。

 時間は当然のこと、環境の関係もある。

 それならば未だ基礎もおぼつかない土属性魔法を練習する方が、効率も良いはずだ。

 ついでにこの身体の魔力上限も知っておきたい。


 くるくると砂塵操作で土を回転させてみる。

 遠心力によって土の粒が次々と離脱していった。

 基礎的な魔法である操作魔法でさえもこのありさま。

 8歳ならば仕方がないという言い訳もできるが、それはあくまで周りからの評価。

 俺自身がそれを許せない。

 正直に言ってしまえば全然ダメだ。

 まだまだ練度が足りない。

 完璧になるまでは、つまらないながらも操作魔法だけの練習をしていくことにしよう。


「ノーム様、お食事はお済でしょうか?」

「ああ、下げてくれ」


 しばらく経つと、メイドが食事を下げにきてくれた。

 俺は魔法を操作しながら言葉を投げる。

 行儀が悪いと言われるかもしれないが、どうか許してほしい。

 魔法の並行作業もまた良い特訓になるからだ。


「承知しました」


 恐る恐ると言った様子で食器を下げるメイド。

 目線が俺の起こしている小さな土の渦に向いているのが分かる。

 あまりの注目加減に俺は不安になった。

 もしかしたら部屋の中で魔法を使ってはいけないのだろうかと。

 確かに注意をしたそうな顔にも見えなくもない。


「何か用か?」


 結局気になって尋ねてしまった。


「い、いえ! 何でもございません」


 メイドは慌てたように首を振る。


「部屋の中で使用を控えて欲しいのなら言ってくれて構わない」


 土の渦に視線を向け告げる。


「いえ、そんなことは!」


 ブンブンと首を振るメイド。

 俺に対する恐れで言っている可能性もあるが、まあ判断する材料もないので言質を取ったということにしておこう。

 これからは気兼ねなく部屋で魔法が使えることになった。


「そうか、なら良かった……あ」


 返事をした途端のこと、油断によって土の渦が壁にぶつかった。

 一気に秩序を失った土が部屋中に飛散。

 ベッドの上や床、俺の身体にまで飛び散った。


「えーっと……」


 この部屋を掃除してくれているのは当然メイドたちだ。

 そのメイドの前で部屋を盛大に汚してしまった罪悪感で俺はメイドの目を見ることができない。


「……よろしければ、地下室をお使いになられますか?」


 しかしメイドの口から出た言葉は叱責なんかではなく気遣いだった。


「あ、今度からはそうする」


 全力で頷き、肯定する。

 それに有難い申し入れでもあった。

 部屋で魔法を使うのはやはり気が引けていたからだ。

 広さもあれば、今のように汚してしまうのではないかという懸念もある。

 地下室であれば、広さも十分で石造りのため汚れもそこまで問題ではない。


「承知しました、では旦那様には私から言伝しておきます」

「ああ、助かる」

「えっと、掃除も今された方が良いでしょうか?」

「あー……頼む」


 素直に肯定した。

 土そのものは魔法で除去できるが、付着した汚れまでは魔法でどうにかなるものじゃない。

 存分にメイドの力を発揮してもらうことにしよう。


「承知しました、しばらくお待ちください」


 メイドの言葉を聞いた後、俺は部屋から出た。

 筋肉痛が痛むが、致し方ない。

 こればかりは自業自得だ。


 とはいえどこに行こうか。

 地下室はまだ父に言伝されていないし、食事も取ったばかり、外にも出れない。


 しばらく考えた後、俺は廊下の先にある部屋が視界に入る。


「ミリアか……」


 妹ミリアの部屋だ。

 今現在、リビアもアイリスもこの屋敷にはいない。

 つまりミリアに寄り添ってくれる人がほとんどいない状況なのだ。

 そのことは彼女にとっても良くない状況だろうし、事件が起こった後ということもある。

 だからといって俺が話しかけに行くのは悪手だ。

 ますます彼女の混乱を招いてしまうだろう。

 正直どう行動して良いのか分からない。

 俺が怖い存在ではないことを間接的に伝える、この作戦を貫くしかないのか。


 何はともあれミリアのことは無視できない問題。


 ミリアとの関係改善、それも今の俺にしかできないことなのだから。


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