勇者パーティから悪役転生~相討ちした仇に転生しました

第1章 レスティ公爵家編

第10話 事件後

　そこからは激動の光景が繰り広げられていた。

　閃光と轟音、その度に衝撃と悲鳴が響き渡る。

　五感全てがビリビリと痺れ、動くことさえもできない。

　そしてそれが数回繰り広げられた後、辺りには静寂が残る。

　もうこの場において立っている者は1人しかいなかった。

　雷帝レイモンド・リック・アークトゥルス。

　21人しかいない1等級魔法師の1人であり、四公爵家の1つリック家の次男。

　長男のエドワードと共に天才魔法師と称されている人物だ。

　雷帝の異名通り天恵魔法の雷撃を使いこなす魔法師で、最強の魔法使いの1人といっても過言ではない。

　まさに圧巻だった。

　その一言に尽きる。

「終わった終わった……ん、お前は確かノーム・レスティだったか」

　レイモンドは手を払いながらこちらを見る。

「あ、はい、そうです！」

　思わず背筋を伸ばして頷いた。

　もはや反射だ。

　正直俺はこのレイモンドという男が苦手だった。

　嫌いという意味ではなく、性格的に相性が悪いと感じているだけ。

　特に嫌な思い出があるというわけでもない。

「なんだなんだ？　評判と違って随分と礼儀正しいじゃねえか」

　俺の背中をバンバンと叩き、豪快に笑う。

　良くも悪くも大胆な性格は相変わらずのようで、俺としてはやはり苦手に感じてしまう。

「それでノームよお、他の連中はどこにいるんだ？」

「地下室に避難しているみたいです」

　俺の答えにレイモンドが眉をひそめる。

　何か気に食わないことを言っただろうか。

「だったらお前はここで何をしてるんだ？」

　機嫌を損ねてしまったかとオドオドしたが、理由はごく単純なものだった。

　俺でも戦場ど真ん中に子どもがいたら同じ質問をしただろう。

「逃げ遅れてしまって……」

　なのでもっともらしい答えを告げておく。

　もちろん嘘ではない。

　俺はちゃんと地下室へと避難しようとしたところを襲われた。

「そうか、なら間に合って良かったぜ！」

「本当に助かりました」

　豪快に笑うレイモンドに謝意を告げる。

　彼が来てくれなかったら本当にどうなっていたか分からない。

　純粋に感謝している。

「あ、あの！」

「なんだ？」

「リビアを助けてください！」

　だが今は呑気に話している場合ではない。

　俺はレイモンドに声を投げかけ、後ろで倒れているリビアを見た。

　レイモンドも治療師ではないが、伝手はきっとあるはずだと信じて。

「負傷者か」

　レイモンドはそう言ってリビアの方に近寄ると軽やかに持ち上げた。

　見た目通りの怪力だ。

　相変わらず魔法師には見えない男である。

　何も知らない人が見れば、騎士、もしくは冒険者だと勘違いするはずだ。

「ひとまず治療師に引き渡してくる、お前は地下室から他の連中を連れてきてくれ」

「はい、お願いします」

　レイモンドの頼もしい背中を横目に俺は地下室へと向かった。

　何はともあれ一安心だ。

　精神的に楽になったためか、地下室へと向かう足取りは軽い。

「ノーム！　一体どこへ行っていたのですか！」

　地下室へ入るなり、アイリスが声を投げかけてきた。

　普段見られない表情は焦燥感が滲みだしており、今にも泣きそうなほどである。

　常に毅然とした態度を取っているとはいえ彼女はまだ8歳。

　当然の反応である。

「大丈夫だ、アークトゥルス卿が来てくれた」

「ほ、本当ですか！？」

「ああ」

「良かった……」

　アイリスは安心したように地面にへたり込む。

　流石は1等級魔法師。

　名前を出すだけで皇族をも安心させてしまう力を持っている。

「そうだ！　リビアさんは大丈夫なのですか！？」

　思い出したようにアイリスが声を張る。

　当然聞いてくるだろうと思っていた。

　俺は苦い顔をして答える。

「いや……背中を刺された。今はアークトゥルス卿が治療師の下へ連れて行ってくれている」

「そんなっ……」

　アイリスは絶句して、顔を伏せる。

　その一因に俺が関わっていること、その事実は変わらない。

　俺は奥歯を噛み締め、拳を握った。

　次は絶対に犠牲者は出さない。

　そう心に誓って。

「俺のせいだ」

「……そうかもしれませんね、ですがきっとリビアさんは貴方を責めたりはしないでしょう」

「どうだろうな」

「なら後で元気になったリビアさんに叱られてください、私から何か言うことはありません」

「ああ、分かった」

　励ますつもりが励まされてしまった。

　流石はアイリス。

　この歳でありながら俺よりも大人だと感じてしまう。

「ノーム、アークトゥルス卿の件は本当か？」

　そんな俺に話しかけてきたのは父ロードだった。

「はい本当です、もう地上にも出て良いとことです」

「そうか、分かった」

　父は頷き、地下室にいる人々へ声をかけていく。

　この場にいるのは父を始め、屋敷の使用人とアイリス、そして妹のミリアだ。

　中でもミリアは奥の方で縮こまっているのが見えた。

　相当怖い思いをしたのだろう。

「アイリス、ミリアを頼めるか」

「……分かりました」

　俺がいっても逆効果だ。

　リビアがいない今、ここはアイリスを頼るしかない。

　アイリスは複雑な表情をするも、素直に従ってくれた。

　後は彼女に任せよう。

　ミリアの下に向かうアイリスを尻目に俺は地上へと出た。

　改めて見る屋敷の中。

　窓も割れ、扉に至ってはぶち破られている。

　まさに襲撃の後と言った感じだ。

　そして壁や床に見られるに焦げ付き。

　これはレイモンドによる雷魔法の影響だ。

　随分と派手にやっていたな、と思い出しながら苦笑する。

　天恵魔法、雷撃による広範囲高火力攻撃、それがレイモンドの得意とする戦闘方法だ。

　まあ正直屋内で使うようなものではないと思うが、その思い切りの良さがレイモンドという男なのだろう。

　まさに見た目のイメージ通りである。

「アークトゥルス卿、この度は助力感謝する」

「おおレスティ公、ご無事で何よりだ」

　見れば父とレイモンドが話していた。

　立場的に言えば公爵である父の方が上であるが、態度を見た感じそこまで立場の差は感じられないものとなっていた。

　それは単にレイモンドの性格というわけではなく、1等級魔法師に与えられる法名が貴族で言う爵位に相当するほどの権威を持つとされているからだ。

　レイモンドであればアークトゥルスという名がそれにあたり、対魔工房アークトゥルス、そのマスターの証だった。

　流石にあの中に入ろうとは思わない。

　遠くで成り行きを見守ることにしよう。

「しかしレスティ公、お宅の大切な嫡男が戦場のど真ん中にいた時は肝が冷えたぞ」

　俺の話題が出てビクッと身体を震わせる。

　一体どういう風に父に報告されているのか分からない。

　恐る恐る父の顔色を窺い、言葉を待つ。

「すまない、どうやら襲撃の際アイリスと共にいたようでな」

「姫様を逃がすための時間を稼いだと？」

「いや、まさか。恐らく逃がしたのはいいが、何らかの要因で自分は逃げ遅れてしまったのだろう」

　父は俺の行動に対しての予想を語る。

　内容的に変な疑いの目は向いていないようだった。

　ましてや俺が敵を2人も倒したとは思っていない。

　もちろんそれは父からノームに対する評価が低いことの表れでもあるが、自業自得である。

「へえ……しかし何らかの要因か」

「それは本人に聞いた方が早いだろう、ノーム、こちらに来なさい」

「は、はい！」

　まさか呼ばれるとは思わず、裏返った声で返事をして父の下へ向かう。

「ようノーム、あのメイドはちゃんと治療師のところへ連れて行ったぜ」

「ありがとうございます」

　今一番聞きたかったことだ。

　謝意を告げ、レイモンドに頭を下げる。

「それで、話は聞こえていたか？」

「はい、一応」

　この場で嘘をつくわけにもいかず頷く。

「言いにくいとは思うが、逃げ遅れた理由を聞かせてくれるか？　一旦状況を整理したくてな」

「えっと、最初の爆発の後、少し外の様子を見ていてそれで……」

「情報収集をしようとしたってわけか、なるほど、偉いじゃないか！　まず初めに敵の情報を図る、戦闘において大切なことだ！」

　俺の頭をガシガシと撫で、大きく笑う。

「しかしそれで自分が逃げ遅れてしまうのは減点だ、戦いにおいて状況判断も大事なことだからな」

「はい、すいません」

「ま、結果として無事で何よりだ」

　背中を叩かれ、励まされる。

　ひとまず乗り切れたようだ。

「ノーム、今度からは気をつけなさい」

「はい」

　父からも注意を受け、俺はこの場から離れた。

　少し離れたところで大きく息を吐く。

　緊張した。

　襲撃並みに緊張したかもしれない。

「ノーム」

「わっ！？」

　そんな俺に背後から話しかけてくる人物。

　思わず驚愕の声を漏らす。

「驚きすぎです……」

　見れば呆れた顔をしたアイリスがいた。

「すまん、油断してた」

「それで、アークトゥルス卿と何を話していたんですか？」

「俺が避難に遅れた理由だ」

「……なるほど」

　リビアのことを思い出したのか、アイリスは表情を暗くする。

「リビアも無事に治療師の下に連れて行ったらしい、だから大丈夫だと思う」

「そうですか、きっと無事ですよね」

「ああ」

　根拠なんてどこにもないが、否定することはできなかった。

　俺だって無事であって欲しい。

「あとミリアちゃんは部屋へ連れて行きました、話しかけた理由はそれだけです」

「助かった」

　アイリスはそう言って、レイモンドと父の下へ向かっていった。

　とてもじゃないが、8歳の少女が担える事件じゃない今回の出来事。

　リビアがケガしたと聞いたときは狼狽えていたが、今ではもう毅然とした態度を崩さない。

　身体が震えるほど怖い思いをしたはずなのに。

　本当に強い人だ。

　俺はアイリスの後姿を見てそう思った。

　現状、俺の存在は彼女にとっての足枷だ。

　早く評判を改善して、少しでも彼女の負担を減らしてあげたい。

「……くっ」

　そう心に誓った直後、俺は疲労で倒れこむのだった。