昇格試験3.5【皇子SIDE】
ギルドの試験担当の指示に従い、私は壇上に上がった。
これから始まる試験に備えて、神経を研ぎ澄ます。
目を閉じ、耳を塞ぎ、祭りごとに賑わう人々の歓喜や熱気を、光や音ではなく肌で感じる。
そして再び目を開き、ぐるりと辺りを見渡した。
商店街は普段より数倍の賑わいを見せ、帝都の大通りにも匹敵するほどの活気に満ちている。
臨時で立ち並ぶ露店には、この辺りでは、なかなか見かけない商品が多く売られているようで、立ち止まって商品を手に取る客の姿が多いようだ。
今この場所には、買い物を楽しむ人、賑わいを楽しむ人。
そして、私の立つ壇を取り囲む人々の様に、試合を楽しみにしている人が存在している。
その他の人間もいるのだろうが、大体がこの三つに分けられるだろう。
私は壇を取り囲む人々をもう一度ゆっくりと一周した。
しかし、その中に勇者の姿は無い。
試合の時は見える位置で応援すると言っていたが、何処へ行ったのか。
壇上へ上がる前までは、いつも通り私に尽くしてくれていたが、ここに来て心変わりでもしたのだろうか。
勇者と寝食を共にするようになってから、もうしばらくの日時が経ったが、勇者は私に本音を話してはいないような気がしていた。
魔導士との話に私が口を挟むと、それまでの流暢な話し方とは違い、言葉を選ぶ素振りを見せるのだ。
口調も慣れていないであろうに、丁寧な言葉使いをしようとして、おかしな言い回しになっていることが多々ある。
実際のところ、勇者は私のことを、どう思っているのだろうか。
諦められず、もう一度視線を下に向けようとしたところで、向かいに人の気配を感じ、そちらに目を向けた。
細身の体、身長は160cm代、左の腰に片手用の剣を刺している、右利きの剣士。
あらかじめ得ていた情報通りの人物だ。
名前はラリーで、戦闘は騎士スタイルか。
「皇子様と手合わせできるなんて、光栄ですね」
「私も先輩の胸を借りることができ、大変ありがたく感じております」
性格のことまでは聞いていないが、言葉に少し圧を感じる。
立ち姿も威圧的だ。
敵として対峙しているからなのか、素からそうであるのか。
少なくても今は、その姿勢を崩す気は無さそうだ。
「ところで、皇子様はギルトの規則をご存じですか?」
さらに挑発的か。
嫌味を含んだ笑みに、怠さのある話し方。
新参者の私を見下しているようだ。
城から離れれば、品のない態度をとられることは重々承知していたが、初対面の者にこのような態度をとられるのは、あまり気分の良い物ではないな。
しかし、反発してもいい結果は得られないだろう。
ここでは皇族としてではなく、ギルド員として、彼の相手をしなくてはいけない。
私は頭を切り替え、会話を続けることにした。
「まだ日が浅く、理解しきれていな部分はありますが、大体の内容は把握しております」
「では、「ギルド員は皆平等であり、ギルド間の物事において、俗世での身分を使用することを禁ず」は、ご存じてしょうか」
この規則は、ギルドマスターが定めた規則の中で、一番偉大なものと言われている一言だ。
ギルドには平民も貴族もない。
実力だけが通用する世界。
帝国内でこのようなことが成立するのは、おそらくギルドだけだろう。
「存じております。とても素晴らしい規則です」
「この試合は規約にあるギルド間の物事に該当しますよね?」
ああ、この男が言いたいことは、つまり……。
「もし皇子のお体に傷がついたとしても、俺を裁くことはできませんよねぇ?」
「……そうですね」
通常であれば、皇族に武器を向けることでさえ大罪だ。
例外として剣の師はそれを許されるが、刃を潰した殺傷力の低いものに限られている。
だが、これはギルドの管轄における試合だ。
帝国内であっても、帝国法の及ばない場所。
彼は「もし」と前置きをしているが、間違いなく私に剣を当てに来るだろう。
彼は私に恨みでもあるのだろうか?
しかし、私は彼に合った記憶がなく、恨まれる理由もない。
となれば、皇族に恨みがあるのか。
それとも、元々の趣向か。
「両者準備はよろしいですか?」
審判と思わしき者が、私と彼の間に立ち、私たちを交互に見た。
『はい』
彼と私は同時に審判に答える。
「それでは試合を開始します。——始め!!」
開催を告げる笛の音と紅白の旗を上げる合図が、試合の始まりを告げる。
彼は開始の合図とともに、私に向かい全速力で駆けだした。
一気に間合いを詰められ、乱雑に振り抜かれた剣先が私の前髪をかすめる。
「皇族に合法で剣を向けられるなんて、こんな特別なことが起こるとは!必ずその体に傷をつけて、永遠の勲章にして差し上げますよ!!」
彼はそれから何度も剣を振るうが、乱雑に振り回しているだけで、剣技と呼べる動きなど微塵も無い。
これに比べれば、武装した魔物の方がまだ綺麗な動きをするだろう。
単調な攻撃が続き、時折不意を突くように別角度からの切り込みが入るが、彼の体の向きや視線から次の一手を読むことは何ら難しいことではなかった。
何度も同じ動きを繰り返していれば、体が動きを覚え、思考する必要もなくなる。
剣をかわす傍らで、私は勇者のことを考えていた。
第二皇子が勇者のことを「魔物以下」と称していたが、彼と比べれば、どちらの方が品性があるのだろうか。
私は断然、勇者の方が品のあると思う。
そもそも私は、勇者が人より粗野であるとは思っていない。
目の前の彼と比べること自体が、勇者に対して失礼なことなのではないか。
彼の醜さは剣を振る姿だけにとどまらず、言葉、表情、息遣いに至るまで、下劣だと感じた。
私を見る彼の目は糸の様に細く、その視線が、私の顔、首、上腕、脹脛を、順に巡る。
彼の粘着質な視線は、舐め回すように私の肌に向けられていた。
彼が再び私の顔に視線を向けた時、一瞬だったが、細められた瞼の奥にある瞳が赤く光ったように見えた。
——情報では彼の目の色は、茶色だった筈だが——。
「避けてばかりでは不合格になってしまいますよ?落ちこぼれの第四皇子様は、捨て身覚悟で攻撃を当てに行かないと」
急に彼の声を近くに感じ、慌てて剣を構える。
彼の剣をギリギリのところで受け流し、軌道を変えることに成功した。
少し油断しすぎたようだ。
思考に夢中で試験に落ちたとなれば、勇者に顔向けできない。
それと、情報がすべて正しいとは限らない。
実際、彼の剣技は聞いていたものとまったく違うのだ。
頭を切り替え、試合に集中しなくては。
試合時間は、壇のすぐ横に設置された巨大な砂時計の砂がすべて落ちるまでだ。
既に三分の二程の砂が下に落ちている。
これまでの時間で、彼に攻撃を当てようと思えば、チャンスはいくらでもあった。
だが、勇者と立てた作戦で「序盤は相手の攻撃を避けることに徹して、終盤相手が疲れて来たころに攻撃を当てる」という話になっていた為、避けに徹していた。
残りの時間を考えれば、そろそろ反撃に転じる頃合いか。
私は剣を握り直し、構え方を変える。
後ろに引いていた利き足を前に出し、重心を前に置く。
かわしていた斬撃を剣でいなし、相手のバランスを崩しにかかる。
数回それを繰り返すと、彼は右手で握っていた柄に左手を添えた。
今までの剣を振るだけの攻撃では、私に当てることはできないと悟ったのだろう。
彼は両手で握った剣を右上部で構え、斜めに振り下ろした。
私はそれを難なく左にかわした。
彼は剣を振り下ろした勢いのまま、前方に体を傾けていく。
彼の体と私の体が横並びになった瞬間に、私は彼の脇腹に剣の柄を打ち付けた。
「うぐっ!」
彼の体は滑り落ちるように倒れ、石畳に沈んだ。
急所を突いた一撃だ。
これを受けて起き上がれる者は、そうそういないだろ。
彼も類に漏れず、体を痙攣させ、立ち上がることもままならない状態だ。
意識があることさえ、珍しいことなのだが——!
私は目を見張った。
気を失っていてもおかしくない一撃を受けた筈の彼が、再び起き上がろうとしているのだ。
激しく震える体を無理やりにでも立たせようとしているが、腕や足の位置が定まらず、もがいているように見える。
その後すぐに立つことは諦め、床を這うようにして私に近づいてくる。
これほどの執念があろうとは……。
彼は、どうしても私に傷を負わせたいらしい。
私は隙も無く剣を構え、彼の動きを注視する。
私に向かう彼の目の焦点は定まっていない。
ただ暗く赤い瞳が、不気味な光を放っていた。
何かがおかしい。
「第四皇子に傷を……」
呪詛のように吐き出される言葉に、もはや彼の意志は感じない。
彼の体は限界を超えてなお動き続け——いや、動かされ続けている。
彼の手が私の足を掴む。
引けば軽く振り払える程度の力だった。
もう剣を振るうこともできないだろう。
その哀れな姿をただ眺め続けるには、あまりにも残りの時間が長いように思える。
いっそもう一度強い衝撃を与えてみてはどうだろうか。
と考えてみたが、催眠の効果次第では、完全な生命活動の停止に陥らない限り自発的に解けないものが存在することを思い出し止めた。
不意に視線の先で、ゆらゆらと揺れる彼の瞳が赤から紫に変わった。
そこから更に色を変化させていく。
これは、催眠の効果が解けてきているが為に起こる変化だ。
そしてこの色は……。
「すまないが、遊びはここまでだ」
彼の眼前に剣を構える。
彼は揺れる視点で目の前に差し出された剣を見た。
剣は迷うことなく振り下ろされ、目標へと突き刺さった。
彼は一度大きく身を震わせ、すぐに静かになった。
体の震えは、もう完全に止まっている。




