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新居3


 次に案内されたのは、エントランスホールの東側にある部屋だった。

 扉を開け中を見ると、そこには10人くらいが囲んで食事をできるテーブルがあり、両サイドに椅子が二脚ずつ置かれている。

 見たところ食事をするところのようだが……。


 「こちらは、ダイニングルームです。隣が厨房になります」


 予想通りだが、四人で食事をするには随分と広い部屋だ。

 ここだけで前の家の半分の広さがあるだろう。


 「皇子には少し狭く感じるかもしれませんが、勇者様のお屋敷であれば、このくらいがちょうどいいかと思います」


 な、なるほど、この広さでも皇子にとっては狭いのか……。

 前の家の半分が、ダイニングとしても足りないとは、王族の暮らしは想像を遥かに超えて豪華絢爛のようだ。

 前の俺の家は、皇子にとって物置のようなもの、だったのかもしれないな。

 そうなると、昨日から今朝まで俺は、皇子を物置で暮らさせていたことになるのか。


 ……はぁ。

 自分で想像しといてなんだが、虚しくなるな。


 「四人で暮らすのには十分だと思います。むじろ、広いぐらいですね」


 皇子が庶民の気持ちが分かる人で良かった。

 何もかも大きければ良いってものじゃない。

 用途、容量、家主、それぞれに合った大きさがあるんだ。

 ここの家主は俺なんだ、部屋も俺に合った大きさでいい。


 「城みたいに使用人がいるわけじゃなしな」


 貴族は食事中も、使用人が部屋に控えているんだったな。

 だから広いのか。


 「陛下のご命令ですと、庶民の暮らしをと仰っておりましたので、料理人や給仕は用意する必要はありませんよね?」


 いや、必要に決まっているだろう。

 給仕はいいにしても、料理人がいないで、誰が皇子の飯を作るんだ。

 まったく、あの二人は考えなしで困る。


 「いや、必要だ。城から一人料理人を借りる。それと、新鮮な食材を毎日届けてくれる商人を探すぞ」


 料理人は、城から連れてくれば間違いないだろう。

 皇子の好みも把握しているだろうし、栄養管理も問題なくなる。

 となれば、後は食材か。

 金の問題もあるし、安くていい食材を毎日届けてくれる商人なんて、高望みしすぎだよな。

 少し値が張っても、質の高い物を確保しなければ、いくら料理人の腕が良くても素材が悪ければ――。


 「勇者は自給自足をしているのですよね。私もそのように暮らしてみたいです」


 ……皇子自らハードルを上げに来るとは。

 俺の作った料理が、皇子の口に合うわけがないだろう。

 それに自給自足をしている人は、庶民でも一握りだ。

 市場で食材を買うのが庶民であって、森で食料調達をするのは庶民ではない。


 「皇子、それは止めておいた方がいいですよ。毎日魔物の肉を食べることになりますから」


 毎日魔物肉なことあるか。

 助け舟を出してくれたのは有難いが、適当に話を盛るな、魔導士。


 「そんなことはない。兔や猪なども狩って食ってる」


 俺の主食は確かに肉だが、魔物肉専門ではないからな。

 皇子に、魔物肉しか食べない偏食持ちだと思われたらどうするんだ。

 これから食事をする度に、魔物肉じゃありませんけど食べられますか?と聞かれるのは御免だぞ。


 「私は魔物の肉も食べてみたいです」


 皇子、その申し出は、大変ありがたくない。

 食事ぐらいは美味しい物を食べたいと言ってくれ。

 ……そんな期待しているような目で見られたら、断ろうにも断れないだろ……。


 「私も魔物の肉で構いませんよ。勇者が見て美味しそうなものを狩ってきてください」


 いや聖職者、聞いてないのに答えないでくれ。

 俺が見て美味しそうな魔物ってなんだ。

 俺が魔物を美味しそうだ不味そうだと、そういう目で見ていると思っているのか?


 「聖職者は、まだ魔物肉にハマってんのかよ」

 「美味しいではありませんか。それに、魔力も補えますし」

 「それが嫌なんだよ。味は悪くないけどさぁ、あの雑な魔力が混ざる感じが、気持ち悪いっていうか」

 「魔導士の潔癖症は相変わらずですね」

 「昔は魔導士も魔物の肉も食べていましたよね?いつからですか?」

 「さあ、いつからだったかな~」


 はぁ……。

 普段通りの生活でいいか。

 今日この後の食料調達は少し厳しいが、あそこに行けば確実だな。

 今日のメインは鳥で決まりだ。


 「献立は後で考えてくださいね?」


 うぉっ!

 いきなり目の前に、建築士の顔が見えて驚いたな……。


 ん?どこか雰囲気が、初めの時と違うような気がするな。

 綺麗に弧を描く口の端が、ピクピクと震えているぞ。

 表面上は笑顔だが、目が笑っていない。

 もしかすると、怒っているのか?

 笑顔の圧が、どこか聖職者に似ていて怖い。

 逆らったら後が怖そうというのか、言うことを聞かないといけないような感じがするというか。


 「次、いいですか?」

 「……ああ」


 建築士は、温かくない営業スマイルを、その他三人にも向ける。


 「はーい」

 「失礼いたしました」

 「すいません……」


 建築士の機嫌が悪くなっている事には、三人とも気が付いているだろう。

 だが、本気で反省してるのは皇子だけのようだな。

 頼むから魔導士と聖職者も、空気を読んで大人しくしていてくれ。


 静かに建築士の後に続く俺たちが次に案内されたのは、リビングルームを出て正面の突き当り、家の西側にある部屋だ。


 「こちらは執務室兼応接室です。書類仕事や、貴賓の応対に使ってください」


 先ほどよりも明らかに、説明が雑になっている。

 俺たちが無駄話ばかりしたせいで、随分と機嫌を損ねてしまったようだな。


 「俺たちにとっての貴賓って、どのくらいからだろうな」


 また魔導士が無駄話を始めたか。


 「貴族社会で考えますと、爵位を基準に考えるべきかと思いますが」

 「えー。平民は平民ってか?勇者がいるのにそれはないだろー。皇帝の次ぐらいじゃねーの?」

 「そうなりますと、この部屋に招く来客は皇族のみになりますね」

 「わかりやすくていいじゃん」


 楽しそうだな、あの二人は。

 横で殺気を感じている俺のことを、考えてはくれないだろうか。


 「次、行きますよ」


 返事も待たずに、スタスタと部屋を出る建築士の後を、その後も俺は黙って着いて行った。

 魔導士と聖職者は、変わらず煩かった。

 皇子は二人に巻き込まれていた。


 「以上です。聞きたいことがありましたら、連絡をしてください」


 一階は残る一部屋、風呂場の説明を聞き終わり、続く上階の説明は殆ど無いに等しかった。

 扉を開けては、「ここは勇者様のお部屋です」の一言で終わり、すぐさま次の部屋に移動。

 また開けては、「ここは皇子様のお部屋です」の一言。

 そしてまた次の部屋へ移動の繰り返し。

 もう少し説明を受けたいと思った部屋がいくつかあったのだが、建築士の様子を考えると、その場で聞くに聞けなかった。

 いま聞いていいというのなら、ぜひ聞かせてもらおうじゃないか。


 「それなら———」


 口を開きかけた俺に一瞬、建築士は凄い形相を見せた。

 今まで魔導士と聖職者が、どんなに煩くても崩さなかった笑顔が、その一瞬だけ崩れ、その眼で射殺さんとばかりに俺を睨んだ。

 そして直ぐに、何事もなかったかのように元の笑顔に戻った。


 「今日はもう受け付けられませんので、後日でお願いします。それとも緊急ですか?聞かないと眠れない程ですか?聞かないと死ぬんですか?」


 表情の変化が起こった時間が短すぎて、幻かと思ったが、やはり違ったようだ。

 表情は戻っているが、気持ちの切り替えはできていないせいで、本音が口から漏れている。

 それか、もう我慢の限界なのか。


 「……いや、大丈夫だ」


 家の外に出れば、日は落ち、空は赤く染まっていた。

 随分と長いこと家の中にいたんだな。


 ここへ来た時は家にばかり気を取られていて気が付かなかったが、庭も綺麗に造られている。

 家を囲むように塀が張られ、森へと続く入り口には、門が建てられていた。

 家の入口から門まで、石畳が綺麗に敷き詰められている。


 その石畳を塞ぐようにして、馬車が一台止まっているのが見えた。

 どうやら、建築士の迎えにきたようだ。

 建築士は足早に馬車へ向かい、乗る前に一度だけ振り返ると。


 「では、良い暮らしを~」

 

 最後は晴れやかな笑顔で帰っていった。


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