新居2
入り口の扉を潜り中へ入ると、そこは広い空間になっていた。
「お~、外見から広そうだとは予想はしてたけど、中に入ってみるとさらに感じるな」
「白を基調としたデザインが素敵ですね」
外から見た感じも豪華だったが、中は言うまでもない。
まず目に付くのは、四本の太い柱だ。
それぞれに彫刻が掘られ、家を支える為の柱というよりは、芸術品と言われた方がしっくりくる。
しかし、残念なことに芸術にまったく関心の無い俺には、この彫刻が何なのかさっぱりわからない。
柱としての機能を果たしてくれれば、四角だろうが、丸だろうが、それ以外だろうが、何だっていいと思う。
「では、さっそく各部屋を案内しますね。いま居るこちらは、エントランスホールです。お屋敷の中で一番広い空間になりますよ」
エントランスホールの中心で足を止め、辺りの様子を見ていた俺の前に立った建築士が、家の案内を始めた。
「エントランスが何故こんなにも広いんだ?」
大きな家だと、その分エントランスも大きくなることは、なんとなく予想していたが、この広さは予想以上だ。
なんせ、一階部分の半分がエントランスなのではないか、というぐらいの広さがある。
空間の無駄遣いとしか思えないな。
「さすが勇者様。疑問に思ったことはすぐに聞くその姿勢、見習いたいくらいですよ」
褒めているのか、馬鹿にしているのか、どっちだ?
「では、その点も説明させていただきますね。皆さんは世界的に有名な方々なので、騎士団の方や、ギルドの方々など、団体のお客様もいらっしゃると思います」
いや、来ないだろ。今まで家に客が来たこと自体無い。
「かと言って、客室用の広間を設けるほど、頻繁には迎えられませんよね?なので、エントランスを広く作り、団体の方はエントランスホールで対応するのが良いと考え、この設計にしました」
なるほど、客も来ない家に広い客間を作るより、エントランスを広くした方が無駄が無いということだな。
「それこそ、庶民の家には客間なんてありませんしね。入り口に入って直ぐの、リビングで対応するのが普通です」
庶民が家の中に客を招くようなことは、殆どないからな。
近所付き合い程度であれば、井戸端会議でほとんど済むし、例え家に来ても、せいぜい戸口対応で、中にまで上がらせたりはしない。
どうしても迎え入れなければならない時は、リビングへ入れるのが一般的だ。
いや、リビングしか迎える場所がないのだ。
「騎士団が来ても大丈夫そうですね」
不穏な発言に横を見ると、皇子が嬉しそうに俺を見上げている。
「五十人程度であれば、立食パーティーができる分の広さはありますよ」
建築士も良い笑顔を、俺に向けている。
残念だが、こんな何にも無いところに騎士団は来ない。
もしも、万が一に来たとしても、戸口対応の後、お引き取り願おう。
俺は、騎士団とパーティーをするほど、仲良くはないからな。
嬉しそうな皇子を前に、正直に言うのは気が引けるので、遠回しに無理だと伝えようか。
「規模によると思います。騎士団は人数がいますから」
「人数は五十人以下になるように編成させましょう」
ん?これは、もしかして……、来訪の約束をされているのか?
「皇子の騎士団と立食パーティーなんて、息苦しくて、食事が喉を通らなそー」
まったくもって魔導士の言う通りだが、皇子相手にその発言は不敬罪に当たるから気をつけろ。
「確かに、彼らには少し硬すぎるところがありますが、仲間内の宴会では、砕けた態度をとっていますよ」
皇子相手に、砕けた態度の騎士団なんているものか。
皇子の思い込みに違いない。
それとも、皇子が第四皇子だから下に見られているのか?
「皇子相手に不敬な態度をとる騎士なんて、あの騎士団にいないと思いますが」
聖職者が言うなら、心配はなさそうだな。
やはり皇子の思い違いだったか。
皇族の忠犬が、例え末子であっても皇族に砕けた態度など、とる筈がないよな。
「不敬な態度ではありません。宴会では身分も関係なく、同じ団の仲間として、食事を楽しんでいるのです」
皇子は何故か意地になって、騎士と仲いいアピールをしているぞ。
「皇子がそう思っているなら、そうですね。今度ご一緒した時は、お酒を浴びるほど飲ませてあげますよ」
「魔導士、それは無理だと思いますよ。皇子の隣席には、常に番犬が居座っていますから」
皇子が酒を飲む姿は、想像できないな。
まだ小さい子供のように見える皇子が、体ももっと大きくなって、酒も飲むようになるんだろうか。
その時は、聖職者の言うように護衛がいるだろうから、下手な飲み方はできないだろうけどな。
「先にそっちを潰せばいいんじゃんか」
「副団長は怪物ですよ。酒を色や味の付いた水だと思っていますから」
「それもうジュースじゃねぇーかよ!」
護衛は、あの副団長という設定で話をしているようだ。
確かに、副団長なら安全そうだ。
ゴロツキからも守ってもらえるし、酒からも守ってもらえるだろう。
少し過保護すぎるせいか、殆ど酒を飲ませてもらえないらしいが、それは安全と引き換えに失った対価だと思うしかない。
「副団長にとっては、酒もジュースも同じかもしれませんね」
「勿体なー。あいつに酒を飲ませるのは金の無駄だな」
「私は違いが分かりますので、一緒に飲みましょう」
自信満々に胸を張っている皇子……、ちょっと待ってくれ。
皇子に酒の味が分かるのか?
飲んだことも無いのに?
設定にしてはリアルすぎる物言いが、やけに引っかかる。
「皇子は未成年だろ?酒は飲めない筈だが」
俺が聞いた皇子の年齢は十五だ。
十六が成人のこの国で、皇子はまだ未成年であり、当然酒を飲める年齢ではない。
「成人してからに決まってるだろ」
「次の御誕生日で、成人ですからね」
「お酒が飲めると思うと、今から楽しみです」
間髪入れず答える、魔導士と聖職者、そして皇子の三人。
まさか、未成年に酒を飲ませようとしていた、なんてことは無いと思いたいが……、怪しい。
王族が法を犯すようなことになれば、国民の法を順守する意識が下がり、治安が悪くなる。
せっかく魔王を討伐し平和になったのだから、そうそうに壊して欲しくない。
番犬である副団長には、皇子が成人するまで、しっかりと酒から皇子を守ってもらわなければな。
「初めは、あまり多く飲まれない方がよろしいですよ」
年齢以外にも、お酒の問題はまだまだある。
初めから飛ばすと、とんでもない事件に発展する恐れがあるから、十分注意が必要だ。
「覚えておきますね」
忘れないでくださいよ、皇子。
お酒は成人してから、初めは控えめに飲む、ですからね。
疑いが晴れたとまでは言わないが、この件はひとまず様子見でいいだろう。
どのみち、これからの言動に注意すればいいだけのことだ。
過去のことを追求する必要はないからな。
「そろそろ、次の部屋の案内をしてもいいですか?」
おっと、話が脱線したせいで、すっかり建築士を待たせてしまったようだ。
「すまない、続きを頼む」
「わかりました。では、館内の案内を再開しますね」
随分と無駄話をしてしまったにもかかわらず、特に気を悪くした様子もなく、建築士は丁寧な態度で次の部屋へと案内を再開した。