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新居


 今日の朝までは確かに、村を追い出され住み始めた頃と変わりない、古びた小屋だった。

 しかし今はその場所に、立派な貴族の屋敷が立っている。

 たった半日でこの規模の建物を建てるとは、いったい誰の仕業なのだろうか。


 ただただ目の前の豪邸を見上げ驚いている俺の前に、小柄な男がやってきて丁寧なお辞儀をした。

 こいつはいったい誰だ? 


 「お早いご帰宅ですね、勇者様。今ちょうど完成の報告をさせて頂こうかと思っていたところだったのですが、間に合って良かったです」


 間に合ったも何も、新居が建つことは先ほど知ったばかりだ。

 許可なく家を建て替えられた俺には、間に合わなかったと言う方が正しいのではないだろうか。


 「お前は誰だ?」


 俺がそう聞くと、男はすぐに頭を下げた。


 「すいません自己紹介もせずに、無礼でした。お初にお目にかかります、勇者様。私は建築士でございます」


 建築士ということは、この男があの家を建てたのか。


 「ここにあった小屋はどうしたんだ」

 「小屋、ですか?私がここに来た時は建物はありませんでしたが」

 「そんな筈はない。朝は確かにここにあったんだ」

 「そう言われましても……。あ!もしかしたら周辺い散らばっていた木片や、瓦礫がその小屋だったのかもしれません。事前に誰かが破壊したようですね」


 事前に破壊だと?

 もし建築士の言っている事が本当なら、そんなことをする奴は一人しかいない。


 俺は肩越しに後ろを振り返り、魔導士を睨みつけた。

 魔導士が全く動じることも無く飄々していたので、俺は怒るのも面倒になり建築士へと視線を戻した。


 「そうか、壊れていた物は仕方ない。新しい家を建ててくれて感謝する。他の仲間はまだ作業中か?」

 「いえ、作業は終了しましたので、いつ中へ入っていただいても問題ありませんよ。それと、他に仲間はいませんので、お気使いありがとうございます」

 「建築士一人でこの家を建てたのか?」

 「はい。私は魔法建築ができますので、一人で家を建てるのは難しいことではないんですよ」


 また凄い人材を連れて来たな。

 魔法建築なんてできる建築士はそうそういない。


 魔法建築は、創造系のそれも建築に関係するスキルを極めた、極一部の人間だけができる高度な建築方法だ。

 必要なスキルの数と特殊性を考えるとなり手が少ない分、存在自体が希少な人材なのは言わずと知れた常識。

 建築のスペシャリストである彼らは、一流建築ギルドからの仕事依頼が絶えず常に忙しいと聞いていたが、こんな田舎町のしかも森の中で家を建てているのはどういう了見なんだ?


 俺があれこれ考えていると、聖職者が建築士の前に出て話を始めた。


 「ご苦労様です。予定より早く来てしまい申し訳ありません。魔導士が口を滑らせたせいで、いろいろと誤算が生じまして、計画が大幅に破綻してしまったのですよ」


 聖職者は、やれやれというように苦笑いで肩をすくめて見せる。

 計画が何を指すのかは聞かずともわかるが、家を建てる時間を稼ぐだけの事にあそこまでする必要はないだろうよ。


 「それは災難でしたね。魔導士様は口が軽いという噂は本当でしたか」


 聖職者が魔導士に当たりが強いのはいつもの事だが、建築士もなかなかだな。

 こちらも、やれやれと首を振りながら溜め息をついている。

 魔導士を見る目が憐れみに染まっているのを、隠す気はないようだ。


 「おい!俺は誰にでも口が軽いわけじゃないぞ。勇者限定だ」


 胸を張って偉そうにしているが、結局は計画をバラしている時点で偉くはない。

 それに魔導士が俺限定で口が軽いとは初耳だ。

 お前は美女に最も口が軽くなると俺は思っていたんだがな。

 俺が美女の名前を聞いても、断固として答えなかったのを忘れたとは言わせないぞ。


 「勇者様には口を滑らせてしまうと?」

 「勇者は俺にとって家族同然だからな。つい話しちまうんだよ、な勇者」


 魔導士がアイコンタクトを取って来たが、俺はそれを無視をした。


 「いい話で終わらせようとしているところで大変申し訳ないのですが、もともと勇者様を騙して時間を稼ごうと言い出したのは、魔導士様ではありませんでしたか?」


 ほうほう、これはまた良いことを聞いた。

 後で主犯を探そうと思っていたんだが、手間が省けたな。


 「家族ならちょっとくらいの悪戯なんて笑って見逃してくれるに決まってるだろう。なあ、勇者?」


 ちょっとくらいの悪戯か。

 それなら心の広い俺は、無理に責任を取らせようなんてことはしないさ。

 なんて言ったって家族だからな。

 過ぎたことに罰を与えるのではなく、これからのことを考えていこうじゃないか。


 「後でみっちり説教をしてやろう」


 ニヤリと目を細め口の端を吊り上げて笑えば、魔導士は耳を塞ぐ真似をしながら頭を激しく横に振った。


 「説教なんて聞きたくない!」

 「昔は俺によくしてくれたじゃないか」

 「それは、お前が常識知らずだから教えてやたんだよ」


 脳裏に浮かぶ懐かしさと共に思い出されるのは、初めて貴族たちと話した時の事だ。


 ある時、いきなり遠征に付き合ってくれと言われ家から引っ張り出されたと思ったら、第一皇子の率いる騎士団とギルド員の合同遠征だった。

 森に籠ってた俺は貴族のルールなど分からず、連夜魔導士に説教をされたんだよな。


 あの時は自分の力不足に申し訳ないと思っていたが、今考えれば、準備も無く急に連れ出した魔導士にも責任は合った筈だ。

 だからこそ、説教と言う形でその場しのぎでもあの場で振舞い方を教えてくれたんだろうけどな。


 「最近は魔導士の方が常識が備わっていないように感じますね」


 聖職者の言う通りだ。

 あの一件から俺は貴族社会のマナーを学び、皇帝陛下に謁見しても不敬罪にならない程度の教養は身に着けたんだ。

 いまや各地で問題行動を起こして歩く魔導士より、俺の方が常識人だと胸を張って言える。


 「聖職者!お前も仲間だろ?一緒に説教受けろよ」

 「私は少し力添えをしただけです。それに、私は反省しているんですよ。お詫びの品も用意いたしました。このブレスレットなんですが……」


 聖職者から満面の笑みで差し出されたブレスレットを眼前に、背中には冷や汗が滲む。

 黒い革製の帯に赤い魔石が付いているシンプルな見た目だが、今日の出来事を顧みる限り嫌な予感しかしない。

 このブレスレッドは絶対に受け取らない方がいいと、俺の感が言っている。


 俺は聖職者が差し出したブレスレッドを、じっと睨みつけたまま体を硬直させ、全身で受け取ることを否定する。


 「こちらのブレスレットは、なんと神殿御用達の携帯型の聖典なんです。この赤い魔石に魔力を送れば、いつでも聖典を読むことができるのです。聖典は厚く重たい為、持ち運びが大変だったのですが、こちらがあればその心配はございませんよ。さらに、このブレスレットは敬虔な信者である証にもなります。さあ、どうぞお受け取りください」


 うん、いらないな。


 「気持ちだけ受け取って置こうか」

 「そうですか、残念です。でも気持ちだけでも伝わって良かったです」


 何にでもお詫びの品が必要だということでは無いさ。

 気持ちだけで十分なことも多いんだ。


 聖職者は残念そうにしながらも、諦めてブレスレットを懐にしまってくれた。

 こんな布教の仕方があったとは、教会の闇……いや底時からを感じたぞ。

 近年、教会は勢力を伸ばしつつあるようだが、元勇者の俺には関係の無い話だ。


 「聖職者!今の完全に脅しだっただろ!?そんな奥の手を隠し持ってるなんて、ズルいぞ!」

 「おやおや、主犯の魔導士が一番反省していないようですね」

 「逃げたら……分かっているだろうな?」


 子供の用に喚く魔導士に怒気を送ってやると、すぐに静かになった。


 「……はい。大人しく待機してまーす」


 あの顔、絶対逃げる気でいるぞ。

 それならそれでも構わないさ、地の果てまでだろうが追いかけてやるだけだからな。


 ひと悶着も片付き、いよいよ俺たちは家の中へ足を進める。


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