表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/36

譲れない道3


 武器屋には温かい空気に包まれていた。

 感動に嗚咽を漏らしながら泣くオヤジ。その横で背中を擦る聖職者。

 二人に飽きれているような視線を送りながらも、どこか憂いの滲んだ瞳を向ける魔導士。


 そんな良い感じの空気を、突如として豪快に開け放たれたドアがぶち壊した。


 「師匠!いきなり酷いですよっ!!」


 扉の向こうからは叫びながら見知った顔が出てくる。

 聖職者が擬態している弟子の本物のお出ましだ。


 「おお、来たか弟子」


 さっきまで泣いていたとは思えない切り替えの早さで、通常通りの顔に戻ったオヤジが後ろから来た弟子を振り返った。


 「来たか、じゃないですよ!僕とそっくりな人を連れて来たかと思ったら、いきなり倉庫に閉じ込めるなんて!」


 いつにも増して強気な弟子が、オヤジに詰め寄り文句を言っている。

 やっぱり成長してるんだな。

 過ぎていった時間の長さをしみじみと感じていると、聖職者が弟子の前で頭を下げだ。


 「申し訳ありません、私のせいで」


 弟子と聖職者、二人が並ぶと姿形は全く同じに見える。

 俺は鑑定スキルで見破れるけど、普通の人ならまず気づかないだろうな。


 「あっ!あなた、いったい誰なんですか!?」


 自分のクローン的存在に怯えながらも、間にオヤジを挟み威嚇する弟子は泣いて怖がるだけだった以前と比べて、だいぶ勇敢になったようだ。


 「そう言えは、まだお弟子さんの姿をお借りしたままでしたね」


 魔法特有の光が聖職者を包み込み、弟子の姿から本来の聖職者へと姿を変える。


 「せ、聖職者さま……?」

 「はい、私です。お弟子さん、あなたのおかげで楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます」


 目を丸くして呆ける弟子に、聖職者はいつもの紳士的な微笑みで礼を言った。

 内容は自分本位でしかないけどな。


 「ど、どういたしまして?」


 聖職者お得意の人当たりの良さによる人心洗脳の効果か、被害を受けた弟子が礼を返してしまっているぞ。




 俺と皇子は、魔導士に会計を任せ店の外へ出た。

 強い日差しに目を眇めながらも上を見れば、日はまだ高い位置にある。

 まだ時間もあるようだし、このままギルドにも行けそうだ。


 俺は許可を求めようと皇子に視線を向けた。

 すると、皇子は腰に差した剣の柄に触れながら、大した装飾も無い安価な剣を、まるで宝物を目にするような表情で眺めていた。


 皇子はそれほどまでにあの剣を気に入ったのか。

 剣技の授業で使う剣の方がよっぽど華美な良品を物を使っていると思うのだが、それとは反対なあの無骨さに引かれているのか。


 その様子をじっと観察していれば、皇子と目が合った。


 「どうされました?」


 突然皇子に話しかけられ、思わず俺は目を反らした。


 「すいません。ずっと剣を視ていらしたので、お気に召さないのかと思いまして」


 さっき思っていたことと逆の感想を言ってしまい内心焦ったが、今更取り付くろう訳にもいかずに、チラリと皇子を伺いみる。


 目が合えば、皇子は柔らかい微笑みで俺を見つめていた。


 「いえ、その逆です。大変気に入りました。この剣を見ていたのは、気に入らないなどと言うことでは決してありません。今後勇者に色々と教えてもらえることが楽しみで、これからのことに想い馳せていたのです」


 皇子の言葉に胸が締め付けられるような痛みに襲われ、少しばかり呼吸もしづらくなる。

 苦しいのにそれが何故か不快ではなく、宝物を手にした時の喜びで胸が満たされる感覚に似た感覚に似ている。


 「恐縮です……」


 旅に出る前は、ただ生きる為に行動しているだけで、周りの事なんて考えたことも無かった。

 それで普通に暮らせていたし不自由もなかった。


 旅をしている時は、魔導士や聖職者がいたから、聞き込みや買い出しは二人がやってくれた。

 俺は魔物を倒すことが担当だと勝手に思い込んで、進んで人と関わろうとはしなかった。


 旅を終えて、俺は誰からも煙たがられる存在になった。

 これまで気にしていなかった人との関係が嫌でも気になるようになり、さらにその大半が自分を嫌っている現実を日々突きつけられ、短い期間に俺の思考はすっかり悲観的になってしまっていたのだ。


 そんな俺に、皇子真摯な言動は刺激が強すぎるのかもしれない。

 皇子の発する言葉の一言一言に、俺の心は過剰に反応している。


 「お二人は随分と仲良くなられたようですね」


 武器屋から出てきた聖職者が、俺と皇子を交互に見ながらそう言うと、皇子の後ろに立った。


 「貴方にそう見えるなら、そうなのでしょうね」


 皇子は後ろに立つ聖職者を見上げ相槌を打つ。


 「ええ。まるで年の離れた兄弟の様ですよ」

 「兄弟……」


 俺と皇子が兄弟に見えるなんて、ありえないだろ。

 全然似てないし、皇子と聖職者が兄弟って言う方がしっくりくるしな。


 「勇者が兄と言うことでしょうか。それは頼もしいですね」


 頼もしいって、武力方面だけなら自身はあるが。


 「これから一緒に住むんだし、いっそ家族ごっこでもするか」


 会計を終えて合流した魔導士が、来て早々勝手なことを言い出したのだが。


 「住むって、魔導士もか?」

 「私もですよ」


 聖職者まで居候する気か?

 子供の皇子一人を住まわせるのがやっとの家に、追加で大人二人も住めるわけ無いだろう。


 「俺の家にはそんなに大人数は住めないぞ」

 「それは心配するな。今頃、新しい家が建ってる筈からな。結構大きい家だって聞いてるぜ」


 またしても初耳なのだが。


 「新しい家って、何処にだ」

 「勇者の家があった所に」


 なるほど。俺の家に何かしたのか。


 「俺の家はどうなったんだ」

 「そりゃもう木っ端みじんにしたけど、中の物は新居に移す予定で取っといてあるから問題ないよな?」


 人の家を木っ端みじんにすることが問題ないと?


 「お前の行動は問題だらけだ」


 はぁ……。帝都では誰も魔導士に常識の無さを注意してやらなかたんだな。

 おかげ様で、こんなにも非常識な人間になってしまったじゃないか。


 「勇者と皇子が兄弟であるのなら、私は二人を見守る母親役になりますでしょうか」


 聖職者はこの話の流れで、なお家族ごっこの話を続けるのか。

 聖職者も常識的じゃないと感じる時が多々あるんだよな。


 「それなら俺は家族の大黒柱である父親だな!」


 魔導士め、話が変わったからってその波に乗ったな。

 怒るのもそろそろ面倒になってきた俺は、黙って二人の会話を聞くことにした。


 「魔導士と私が夫婦と言うのは同意しかねます」


 いきなり裏切られたが、どうするんだ魔導士。


 「あくまで設定だろ。本当の夫婦になるんじゃないんだし、細かいところは気にすんなよ」

 「演じるならば手を抜くつもりはありません。夫婦なのでベットは一つでいいですか?」


 この勝負、聖職者の勝ちだな。


 「マジ勘弁~。やっぱ父嫌は無理だから、超絶美人な姉にチェンジしまーす」


 何でまた姉なんだ。

 兄か弟もしくはペットの選択肢があるのに、何故姉を選ぶのか。

 俺的にはペットとして、魔導士を檻に閉じ込めておければ安心なんだがな。


 「娘でしたら綺麗なドレスを着せて、淑女としての教養も身に着けさせなくては」

 「ドレスは似合う自信あるから良いけど、礼儀作法は却下」

 「仕方ありませんね。教養は追々にしまして、まずは着飾ることから始めましょうか」


 姉で話進めないでくれるか?

 魔導士は何を根拠にドレスが似合うとか言っているんだ。

 聖職者も、魔導士にはドレスより先に常識を身につけさせてやってくれ。

 いや、聖職者も常識があるわけではないんだったな。


 「私はお兄様に剣を教わります」


 皇子も話に乗ってきた……。


 「それが良いでしょう。父親のいない家庭ですが、勇者が兄として弟を一人前に育ててくださいね」

 「……」


 これは答えるべきなのか?


 「返事は?」


 答えるしかないようだ。


 「……はい」


 皇子とは師弟関係になったと思っていたが、いつの間にか兄弟設定に切り替えられてしまったようだ。

 まあ、やることが同じならどっちでもいいが。


 「私はお兄様に何かをして頂いた経験が無いので、このような機会を頂けてとても嬉しいです」

 「……恐縮です」


 皇子の純粋な好意に耐えられず空を見上げれば、太陽の位置が先ほどよりも少し低い位置にあった。

 このままギルドに行けば、帰りにはすっかり辺りが暗くなってしまうだろう。

 家がどうなっているかも分からない中それは困る。

 俺は3人を引き連れて、俺の家だった場所へ向かうことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ