譲れない道2
「話は聞かせてもらったぜ。弟子!皇子に合いそうな剣を一振りもってこい!」
「は、はいっ!」
皇子を今後どの方向性で育てていくか決まったところで、オヤジは後ろに控えていた青年に支持を飛ばした。
オヤジと同じ臙脂色のオーバーオールを着た青年はオヤジの親戚で、弟子としてこの武器屋で働いている。
帰国してから久々に会ったが、少年だった弟子は青年になり、顔にはあどけなさが残るもの背はグッと伸び成長の具合が伺える。
誰に対しても友人感覚で接することができるオヤジとは正反対に弟子は緊張しいで、旅立つ前に会った時も言葉をよく噛んでいたが、それは今も変わっていないようだ。
弟子は癖のあるこげ茶色の髪を振り乱しながら急いバックヤードに駆け込むと、オヤジに言われた通り剣を一振り抱えて戻って来た。
その足で皇子の前まで来ると膝をつき、両手で丁寧に持ち上げた剣を皇子に差し出す。
「こ、こちらはいかがでしょうか? 初めて剣をお持ちになる方でも、安心してお使いになれる良品です……」
弟子は髪と同じ色の瞳で、自信なさげに皇子を見上げている。
差し出された剣を素直に手に取ろうとした皇子を右手で制止し、俺は剣の効果を確認した。
筋力増加5か。
男の平均筋力値が30だから、まあまあの上がり幅だと言えるだろう。
市民生活で例えれば、10㎏の米俵を追加で一つ持てるぐらいのどうか量だな。
狩りで例えれば、鹿の首を両断するのがやっとだったが胴も両断できるようになった、ってとこか。
「これ、オヤジが作ったのか?」
オヤジは武器屋であると同時に鍛冶師でもあり、店内にはオヤジの作った武器も売られている。
出来は良い物が多いが、見た目がダサいのが不評らしい。
武器は戦うための道具であり、使い勝手の良い物を選ぶのが当たり前なのだが、最近では見た目も重視されている。
その理由はよく言って自らのモチベーションの為、素直に言うとモテる為のファッションとして恰好のいい物を身に着けたいからだ。
シンプルな見た目のオヤジの武器はその分安いが、同じ効果なら高くても装飾に凝った物を選ぶ人が多いのが最近の武器屋事情だ。
「ああ、それは俺が作ったモンじゃねぇんだ。弟子が作ったんだが、よくできてるだろ」
オヤジは満足げにそう言いながら弟子の背中を叩く。
細身の弟子はその威力に耐えられず、痛さからか一瞬目を見開き次いで涙を流した。
「師匠に褒められるなんて!嬉しすぎて涙が……」
その涙は感動のせいなのか些か疑問だが、本人が言うのだからそうなのだろうな。
「……すごいな」
弟子がここ数年の間で武器が作れるまでに成長しているとは。
客を相手にする武器屋としての面では全然変わっていないが、武器を作る鍛冶師としては大成長しているようでオヤジも嬉しそうだ。
「値段は200$です」
「安いな!?」
弟子に思い出したように剣の値段を言われ、俺は反射的に思ったまま叫んでしまった。
しかし弟子は首を傾げるだけで、安さの理由については特に答える気は無さそうだ。
これは一気に不安になる価格設定だな……。
俺の頭にふと先ほどの服屋での事が過る。
いや、これは弟子が作ったものだ。
いくら何でも変な効果など着いていないだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、俺は再度スキルを使い、弟子の手の上にある剣を視た。
筋力増加5、これは問題ないだろう。
それから……。
「守りの陣?」
聞いたことも無い効果だが、これは一体……。
「あ、それは持ち主に許可なく近づこうとする者から、身を守るための効果です。具体的な説明をさせいただきますと、この剣の持ち主に盗賊が近づいたとします。半径50㎝まで近づきますと、魔法陣が形成されまして持ち主の周りに光の壁が立ち上がります。それに触れた者は、一瞬にしてその場から消え去る仕組みになっております」
弟子は興奮した様子で、早口に効果について説明し始める。
なっておりますって。
そんな平然と言えるような内容じゃなかった気がするんだが。
そもそも消え去るって何処にだ。
まさかこの世からって意味じゃないだろうな?
「御心配には及びません。消え去ると言っても、遠方に瞬間移動させられるだけですので。ですが移動場所の運が悪ければ、大変なことになってしまうかもしれませんが」
弟子は案外人の心を読む才能があるのかもしれないな。
聞く前から疑問視していたことへの答を教えてくれるから聞く手間が省ける。
「飛行武器にも有効です。先ほどの説明同様、光の壁に触れれば瞬間移動で飛ばされます。ただし、物だけの場合は移動先が魔王城に指定されていますので、誤って移動先で人を傷つけるなんてことはありませんので、その点もご安心いただければと」
物の場所指定ができるのなら、賊の方も監獄に入るように指定すればいいものを、何故ランダムなんだ?
「確かに、賊も投獄できるように場所指定できれば一番良いのですが、詳細な位置の指定は難しいので、途中で体の一部が破損する可能性が出てきます。いくら悪人と言えど、人は法で裁かれるべきです。無下に傷つけるのは正しくないと思いまして」
その優しさからこの効果が生まれる筈がないと思うのだが。
しかし、今はそんなことはどうでもいいか。
「なあ、聖職者」
「バレてしまいましたか。私としては、お弟子さんを上手く演じられていると思いましたが、勇者には敵いませんね」
「効果の説明が始まってからは、まんまお前だったぞ」
「それは申し訳ありませんでした。つい熱くなってしまったようで」
「思考を読み始めた時は、もう隠す気なんて無かっただろうが」
「勇者の思考を読むことに慣れ過ぎて、もう癖ですね。自然にやってしまいました」
確かに聖職者とは、旅してる時に殆ど思考で会話してたな。
便利だと思うことは合っても不快に感じることも無かったしそのままにしていたが、これからはプライバシーというものをもう少し意識してもらいたいものだな。
むさ苦しい男旅ならまだしも、デート中の思考が読まれようものなら、恥ずかしすぎてつい手が滑ってしまうなんてことも考えられるからな。
「その時は気を付けますね。私もまだまだ長生きしたいですし」
「……そうしてくれ」
プライバシーの事は後で対策を考えるとして。
「この剣本当に大丈夫なんだろうな?」
俺は逸れてしまった話を、剣の話へと戻した。
「大丈夫とは?さっき申し上げた効果以外は、アシストスキルとして感覚を遮断する効果がありますよ。使用中は痛覚を観戦に遮断しますので、例え腕が千切れても、平常心で戦えます」
こいつは本当に聖職者でいいのか?
痛みを和らげるのも大切だが、負傷したら直すのが聖職者としての本分だろう。
何故そっちの効果を付けないのか。
聖職者がニコニコと自慢げに差し出す剣を前に、俺は首を振って拒絶の意思を示した。
あからさまにがっかりした表情を浮かべる聖職者をしり目に、俺はオヤジに声をかける。
「オヤジ。俺が使ってた剣を二本くれ」
「あいよ」
俺はオヤジが持ってきた二つの剣の内一つを皇子に渡す。
「安物ですが、使いやすいものです」
俺の言葉に皇子は笑顔で頷好き、剣を受け取り腰に差した。
「勇者に選んでもらった剣です。大切に使わせていただきますね」
選んだと言うにはあまりにサンプルが少ない。
俺はこれと同じ型の剣と聖剣しか、まともに武器を所有したことが無いのだ。
この剣は俺が初めて買った剣と同じもので、オヤジが武器の選び方が分からない俺の無茶な注文を聞きながら選んでくれた、思い出の一振りだ。
初めて武器屋で武器を買い身に着ける皇子の姿が、その時の自分と重なりなんとも言えない温かな気持ちになる。
当時の俺も皇子と同じように「大切にする」とオヤジに言ったのを思い出した。
そしてオヤジは俺に「ありかとう」と返した。
当時の俺はその言葉の意味が分からなかったが、今はなんとなく解る気がする
「ありがとうございます」
だから俺もオヤジと同じ言葉を言いたくなったのかもしれない。