譲れない道
「今日は何を買いに来たんだ?」
思い出したように本業の武器屋店主を始めたオヤジに、俺はこの店に来た一番の理由を答えた。
「皇子の武器だ」
久しぶりにオヤジに会い昔話に花を咲かせてしまったのと、第一皇子の事で店に来てから結構な時間が経ってしまったが、本来の目的を忘れるわけにはいかない。
これから向かうギルドで依頼を受けるのに、武器の所持は必須だ。
それを知らずに行って恥をかいたことは、俺の黒歴史の一つになっている。
「素手で戦う?木の棒と岩も使う?馬鹿かお前は。ギルドに蛮族は要らないんだよ」と言われ、言葉が通じないかもしれないと疑われもした。
皇子には俺みたいに恥をかかせるわけにはいかない。
そのためギルドに行く前に、最低限の装備は整えてからにしようと始めから決めていた。
「お前は皇子の世話係を任されたんじゃないのか? 武器なんて必要ないだろう」
さすがオヤジ、いい質問だな。
世話係を命じられただけで、何故皇子に武器が必要になるのか。
俺も陛下に聞いたが、答えを聞けば納得いくだろうさ。
「市民の生活を教えろと言われたんだ。ギルドの申請も陛下が先に済ませてある」
優しい陛下は皇子がギルドに入れるように、先んじて申請を済ませて下さった。
俺が訳あって門前払いされたギルドのな。
「市民がみんなギルド員じゃねぇのにな。それ以外の人間の方が圧倒的に多いなんてことは、陛下だって分かってる筈だろうに」
確かに市民の生活と言いながらも、ギルドに入ることを念頭に置いていることは、陛下の行動からは明らかだ。
ギルドに入れたいのなら単刀直入に、ギルドで経験を積ませたいと言えばいいじゃないか。
わざわざ回りくどく市民の生活を、と言う辺りは裏があると勘繰られても仕方がないだろう。
「それでもギルドを選んだってことは、何か裏があるのかもな」
「裏って、例えばなんだ?」
「覇権争いとか」
「それで何でギルドなんだよ」
「魔物討伐の際に、うっかり死ぬのを望んでるとか」
「そのうっかりが起こる確率に掛ける程、陛下は馬鹿じゃねぇと思うぞ」
「依頼の最中に暗殺者が襲ってくるとか」
「俺は皇子より、暗殺者の方が心配だな」
オヤジめ、俺の予想を全否定するとは、それなりの答えを持っているんだろうな?
「じゃあ何なんだ」
少しイラっとした顔でオヤジを見れば、腕を組んだオヤジにニヤッと笑い返される。
「普通に考えて、戦闘経験と平民の暮らしの両方を経験させたいだけだと思うぜ」
そんなわけあるか。
本当にそうなら元勇者の俺に頼まずに、他のもっと信頼できるヤツに頼んでるだろうよ。
何が起きても悪者にし易くて、切りやすい俺に任せたのには絶対に理由がある筈だ。馬鹿な俺でもそれぐらいのことはわかる。
俺は笑うオヤジを、きつく細めた目で睨んだ。
オヤジが悪いわけじゃないことは分かっている。
だが、答えのでない霧を笑えるだけの余裕が今の俺にないんだ。
元勇者と言われ大勢に嘲笑われたあの日から、心が狭くなってしまったのかもしれない。
俺はオヤジから目を反らし、自分を落ち着けようと深呼吸をする。
その横で皇子が俺の袖を引いた。
「師に勇者を指名したのは私です」
「どうして私を?」
俺と皇子は今まで接点なんて無かった。
つい先日、皇帝に紹介されるまで第四皇子がいることさえ知らなかったくらいだ。
それなのに相手は俺を知っていて、師匠に推薦するほど認めている。
いったいどこで俺を知ったのか。
「……勇者だからです」
返された答えがあまりにも当たり前のことで、あれこれ考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。
勇者を師匠にしたいと望む人は多い。
実際、俺の代わりに勇者になったあいつは、貴族相手に剣を教えているらしい。
皇子の場合は、勇者を望んだが元勇者が来たってとこか。
決まりが悪そうにそわそわしている皇子を見ていると、偽物の俺を押し付けられ気に入らないが、皇帝が決めたことに文句も言えない皇子に同情心がわいて来る。
「でさ、勇者。皇子にはどういう戦い方を教えるんだ?武器はそれによってだろ」
店内を見て回っていた魔導士が、丁度いいタイミングで戻ってきた。
「そうだな……」
戦い方は自身の持つ潜在能力に合わせて決めるのが一般的だ。
筋力に特化している場合は戦士系が向いていて、前衛職なら剣士や槍使い、後衛職なら弓使いから始めるのが基本だ。
魔力に特化している場合は、殆どが魔術系の職に就く。
神力に特化している場合は、教会に入り、神聖系の職に就くための修行をしなければならない。
神力は扱いが難しく、独学ではほぼ上達しないと言われている。
聖職者から聞いた話だと、力を使うには神との対話が必須条件で、そのために神聖語を覚えて……と色々面倒なことをするらしい。
俺は鑑定スキルを使って、皇子のステータスを確認する。
筋力は平常値、魔力もある。
神力も少しあるが、教会が定めている規定以下だからあえて勧める程ではないな。
「戦士系の後衛職が良いだろう。皇子がわざわざ前に出る必要はないだろうし、安全な位置にいてくれた方が楽だからな」
俺は魔導士に言った後、皇子に希望を聞く。
「皇子もそれでいいですか」
戦闘経験のない皇子の事だ、意見なんて無いだろうけど、とりあえず了承は得ておこう。
後々になって勝手に決められたと言われても困るしな。
「私は剣士が良いです」
……なんで剣士希望なんだよ。
勇者に憧れがあるようだから、そのせいか?
だとしても剣士は止めてもらいたい。
前衛職のしかも最前線なんて、皇子が身に着けるべき技術じゃないだろう。
剣技を覚えるにしても、護身術ぐらいで十分だ。
皇子がわざわざ真正面から敵を相手にしなくてもいいに決まってる。
それより後衛からサポートしてもらえた方が、同じ線状に立つ者は有難い筈だ。
「それは賛成できません」
俺は正直な気持ちを皇子に伝えた。
「どうしてですか」
納得のいかない皇子は少し不機嫌そうに眉を潜め、じっと俺の返事を待っている。
さて、どう答えようか。
下手な言い訳では納得してもらえないだろうが、だからと言って本音を言っても理解してもらえるとは限らない。
剣士よりも才能が開花しそうな職を進めれば、その気になるかもしれないな。
よし、その手でいこう。
「魔術士はどうですか?皇子には魔法の才能があるようですし」
さっきの鑑定結果で魔力の適性が出ていたが、その値は筋力と同等だった。
つまり、剣を使うことも魔法を使うことも同じくらいの才能があるということだ。
剣士より魔術士の方が身を守るには適しているし、破壊力だって鍛えればかなりのものになる。
さらに、剣士は誰でもなれるのに対して、魔術士は魔力が無いとなれない。
魔術系の職にあこがれてたのに、魔力が無くて仕方なく戦士系の職に就いてる人は結構いるからな。
せっかく才能があるのなら、魔術士になる道を選ぶべきだ。
「そんなことも分かるんですね……」
皇子は何かを考える素振りをし一度俺から目を反らしたが、再び目があった時、その瞳には先ほどよりも強い意志が込められていることに俺は気が付いた。
「だとしても剣を教わりたいです」
予想通り皇子は剣士の道を譲る気はないらしい。
俺としても皇子の熱意を汲んで応援してやりたい気持ちはあるが、可能な限りの安全策を取りたいので、このまま「はいそうですか」とは言えないんだよなぁ。
「剣技でしたら城内でも教わることはできますよ。わざわざ私に習わなくていいと思います」
「城内での剣技の授業は受けました。私は実戦での剣を教わってみたいのです」
……。
これ以上言い訳が見つからないが、どうするか。
怪我されると困るなんてはっきり言ったら不敬罪になりかねないし、剣士の才能がないと嘘を言っても後々嘘がバレた時に詐欺罪か偽証罪で牢獄行きだ。
とりあえず剣士としてのスキルを磨いてもらい、実践はさせない方針にするか。
しかし、それだとギルド員としての生活をしたかという点で疑問が残り、命令違反で牢獄行き。
八方塞がりじゃないか……。
「勇者。お前がこんなに望まれることは、この先一生無いかもしれないぜ?」
眉間が痛くなるくらい真剣に考えている俺の肩に、魔導士は手を置き満面の笑みを浮かべているんだが、それは憐れみからくるものなのか?
もう逃げられないぞと圧をかけられているのが分かりやすく伝わってくるのだが?
まあ、魔導士の言う通り逃げ場はない。
皇子の言うことは皇帝の次に絶対だ。
魔導士もそのことを良く分かっているようだし、皇子を立派に成長させるために一緒に頑張ろうじゃないか。
「……わかりました。皇子の意思を尊重しますが、魔法も学んでいただきます。魔法の方は魔導士に教わってください」
「えっ!?何で俺が?絶対嫌だからな」
どうした魔導士?さっきの慈悲に満ちた微笑みは嘘なんかじゃないよな。
今を逃したらこの先、お前がこんなにも皇子に望まれることは一生無いかもしれないだろ?
「俺が皇子に魔法を教えてもいいが、お前を的にして練習するぞ?」
それに俺が魔法を使ったらどうなるか、そのことをよ~く知っている魔導士が断る訳がない。
「はぁ……それだけは勘弁。魔法は俺が教えまーす」
よし道連れ……じゃなくて運命共同体ができたぞ。
俺は激励を込めて項垂れる魔導士の肩を叩いた。
「いいですか皇子?」
「はい、よろしくお願いします」
方向性が決まり皇子に了承を求めると、すんなり許可が下り一安心だ。