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あなたは嘘をついています  作者: JUN
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望月家

「あなたは嘘をついています」

 そう萌葱が言うと、空気が張り詰めた。

 お茶を運んで来た高校生が突然そう言ったのだ。事情を知らない人からすれば、驚くに違いない。

「何ですか?あなた誰よ!」

 楚々とした感じがしていた女性は、じろじろと萌葱を見て文句を言った。

 身長は普通でややせ型。クールで頭の良さそうな感じの顔のつくりはよく、高校生にしては大人びている印象を与える。

 望月萌葱。近所にある進学校、紫明園高校1年生主席だ。

「うちの弟です」

 この法律事務所の若き所長が穏やかに答えた。

 望月蘇芳、28歳。穏やかで優しく頼りになる長男で、弁護士だ。長身でスマートで優し気なハンサムな弁護士とくればモテるのも道理だが、弟達が心配で、彼女はいない。

「弟?関係ないでしょう。それに嘘って、どういう意味です。失礼な」

 彼女は失笑して言う。

「あなたが、友人である被疑者が窃盗をする現場を見たというのは虚偽だという意味です」

 萌葱は淡々と答え、それに反して彼女は狼狽えた。

「何を言ってるのかわからないわ。どうして私が、友人が財布を取る所を見たなんて嘘を言って、わざわざ友人を犯罪者にしなければいけないの」

 彼女は言いながら、じっと萌葱を瞬きもせずに見た。

 萌葱はじっと見返しながら、言う。

「その友人が本当は嫌いだったとか?」

「そんな事ないわ」

「恨みがあった?」

「な、何を根拠に……」

「成績……彼氏……」

「――!」

「ああ、彼氏か」

「違うわよ!」

「あ、嘘ですね、それ」

「な、何なのよ!?あなたに何がわかるの!?」

「僕には嘘がわかるんですよ」

 萌葱は冷たい目をして、興味を失ったような声で言った。

「あなたは、嘘をついた」

 彼女は息を止めたようにじっと萌葱を見て固まっていたが、ワッと泣き出した。

「そうよ!彼が好きだって知ってたくせに、あの子、既成事実を作って付き合い出したのよ!裏切者!」

 蘇芳は泣き伏す彼女に溜め息をつき、優しい声で訊いた。

「それで友人を恨んでいたあなたは、窃盗事件の犯人にと彼女を仕立て上げたんですね」

 返事の代わりに、彼女は一層激しく泣き出した。

 それを冷めた目で見た萌葱は、応接室を出た。

 萌葱には、嘘をつくとそれがわかるという、特殊能力がある。どうしてそうなったのかはわからない。

 そしてそれは、不便な能力だ。どれだけ信じたい相手でも、些細な嘘でも、この能力はそれを見逃してはくれない。それを突きつけられるのは恐怖でもあったし、周囲の人間にしても、嘘をつくとばれるとわかれば、近付きたくはないだろう。

 そうして自然に、萌葱は人が苦手になり、友人を作らなくなった。

 なので、いかにもモテそうなルックスを持ち、成績も運動神経も良くても、女子に告白されようとも、彼女も友人すらも作らない。よく言えば孤高、悪く言えばボッチというやつである。

 やがて蘇芳が、目撃者改め真犯人を連れて部屋から出て来ると、萌葱に目で合図をして、事務所を出て行った。これから警察へ行くのだろう。

 それを見送り、湯呑み茶碗を洗い、事務所に鍵をかけると、そのままマンションの3階にある自宅へ帰る。

「お、萌葱。お帰り」

 洗面所から浅葱が出て来て声をかける。

 望月浅葱、23歳。明るくて体力自慢の二男で、企業内の託児所で保育士をしている。長身の細マッチョというやつで、年がら年中日焼けしている。園児やお母様方にはよくモテるが、彼女はいない。

「蘇芳兄貴は?」

「ただいま。目撃者の女が被疑者をはめたらしいから、たぶん警察に行ったんだと思うよ」

 萌葱は言いながら靴を脱いで上がった。そして手洗いうがいをすると、仏壇に手を合わせる。

 両親は8年前に、家に火をつけて亡くなった。母の病気を苦にしての自殺として片付けられたが、3人共信じてはいない。明るくて前向きだった母が自殺など考えられないし、父が貴重な蔵書を巻き込んで自殺するのも信じがたい。真実は別にある。そう3人は信じていた。

「嫉妬?財布を友人のカバンに入れて現場を見たとか証言して、友人を窃盗犯にしたら気が晴れるのかね」

「どうせ友人といっても、その程度だったんじゃないの?くだらない」

「お前は友達を作れって。こんなやつらばっかりじゃないから。な?」

 浅葱が言うのに、萌葱はフフンと笑う。

「友人は借金を押し付けて行方をくらませないし、友人は陰でSNSを使って悪口を広めないし、友人は困っているのを心配するフリをして面白がらないよ」

 浅葱は嘆息して、天井を見上げた。

「蘇芳兄が帰るの、そう遅くもならないかな」

 萌葱はエプロンをつけ、流し台の前に立った。






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