仮面
この世に生を受けて数日。
初日の失禁から立ち直る間もなくそれ以外でも自分自身で何も出来ないということをこれでもかと叩きつけられることにも慣れてきた。
そんな中、新生児という性質故か異常なまでの睡魔に襲われつつも、いくつか気がついたことがあった。何よりも気になるのが自身の母の振る舞いだ。
どうやら自分は初孫のようで、病室には母の両親や祖父母が代わる代わるやってくる。
それに対して母は明るく応対する。
その繰り返し。
はっきりものをいうことと言えば、俺のとこを抱いたり撫でようとする者たちへの注意くらいである。
もっともこれは、俺が生まれた直後から抱き上げられた瞬間に最大級の拒否を示し続けた結果である。
それ故に病院の人間以外で両親以外が俺に触れることは滅多になくなった。
それはともかく、要は母が非常にいい子なのだ。家族との関係も良好で親戚内でもさぞ自慢の娘だろう。
しかし、そんな母が違う表情を見せる相手がいる。
「遅くなりました…、」
「ううん、来てくれてありがと」
その一言だけ交し、俺を視線を移すと穏やかに微笑み腰掛ける父。彼女の親戚とはうってかわり物静かな父が来ると、母はふわりと微笑む。それから父が自分の経験した一日を簡潔に話せば、くすくすと笑いながら父の話を拾って広げていくのだ。その様子はいわゆる褒められる子というには少々欠陥がある様子であり、それでいて母も、それから話し相手の父もとても幸せそうな表情をしていた。
まるで仮面を付け替えるようにいとも簡単にそれをしてみせる母は、はたして意識下でそれを行っているのだろうか、それすら分からない。
それほどまでに彼女自身に染み付いたものに思えた。