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OL桑原さんの言い返し

OL桑原さんの言い返し-恋愛マウント-

 


 突然ですが、あなたは恋愛経験がありますか?

 私は、残念ながらありません。


「えー? 桑原(くわばら)さん、彼氏いたことないの? ヤッバ!!」


 どうも。私、ごく普通のOLの桑原と申します。

 私は只今職場で、最近中途入社した後輩からマウントされている最中です。


 後輩は「信じられない」と両手で口を覆い、目を丸く見開いてショックを受けた顔をしています。

 彼女は入社してから、常に誰かにアピールするようにオーバーリアクションを繰り出し続けています。あまりに大げさな様子に、私は『女優さんなのかな?』と思いました。


 そう言えば、前に同僚が「女はみんな女優ですよ」と言っていました。ならば、後輩は女性としての使命感に溢れて、その任務を遂行しているのでしょうね。立派なことです。


 え? 何故、語り口調なのかって? 

 こうでもしないと、私が冷静かつ客観的な思考になれないと思ったからです。

 私は平和主義者()(カッコカリ)なので。


「彼氏がいないとか信じられない! 私、今までの人生で男が途切れたことがないんですよ。いつも告白されちゃって、フリーになる暇がないんです。なんかー、男の方が、”お前と付き合えなかったら死ぬ”って必死なんですよー。求められちゃう……みたいな? そこまで愛してくれるなら、私も付き合ってあげても良いかなって思って。私の為に必死で尽くそうとするところなんて、見ていて笑えますよ」


「わー、すごいですねー。早くエクセルの入力を始めましょうかー」


 キャピッとした効果音が聞こえてきそうな後輩に、桑原は乾いた笑みを浮かべて心のこもっていない返事をする。


 後輩がエクセルの使い方がわからないというので、桑原は自分の仕事を早く仕上げて、操作方法を教えようとしていた。しかし、十分経った今も、後輩はエクセルの画面すら開いていない状態だ。


 上司がいないのをいいことに、後輩はすぐに雑談に話を持っていこうとする。

 パソコン画面の右下に表示されている時間を確認すれば、既に十一時半。お昼まで、あまり時間がない。


「寂しくないですかー? 私、寂しがりやだから、誰かと一緒にいないと生きていけなくて……。桑原さん、ハート強すぎですよね。何なら、可哀想な先輩の為に、私が協力しますよ! その歳で結婚していないなんて、周りからヤバイ女と思われちゃいますって。急がないと、寂しい老後ですよー」


「はい。まずは、この資料のデータを表に入力してください」


 資料を手渡そうとする桑原の手を掴み、後輩はウルウルとした上目遣いで見てくる。まるで、ドラマの中の健気なヒロインを演じるような仕草だった。


「私、本気で心配しているんですよ! このまま一人ぼっちで生きるなんて、桑原さんが可哀想すぎます! 痛すぎます! 恋愛しましょう! 流石に桑原さんでも、そこら辺にいる男達に片っ端から声をかけたら、一人くらいは引っかかってくれますって!!」


「VLOOK UP関数の使い方を教えますね」

「第一、恋愛しない人って、頭おかしくないですか?」

「COUNT IF関数も便利だから教えますね」


 無視をする桑原の態度に、後輩はムッとした顔で勢いよく立ち上がった。


「話を聞いてください! 恋愛もできない上に、人の話も聞けないなんて。桑原さん、人間として欠陥があるんじゃないですか!?」


 後輩の大きな声に、周囲がシンと静まり返る。


 後輩は周囲の様子も目に入っていないようだ。

 自分の頭の中で作り上げたシナリオと役に没頭しているのだろう。彼女のシナリオでは、桑原が後輩の心遣いに感動して「ありがとう」と言うのだろう。


 桑原はニコリと笑顔を浮かべた。


「人の話を聞かないのは、どちらでしょうか?」

 

「……あ? え? 桑原さん??」 

 

 桑原の冷たい声に、後輩は戸惑う。どうやら、アドリブには対応出来ないご様子だ。それでは、舞台の主導権は握れないだろう。

 

「何故、恋愛できないと、人間として欠陥がある事になるんですか? どういう理論と思考で、その結果に辿り着いたのか、納得のいく説明をして頂けますか? 人にそう言えるってことは、あなたは完璧人間なのでしょうね。それなら、教えなくてもエクセルを使えますよね? 欠陥人間から教わることなんてないですよね?」


 桑原の怒りを感じたのだろう。後輩は口籠った後、頬を引き攣らせながらも必死に笑みを浮かべた。


「……や、やだなー。冗談ですよ。私、桑原さんのことを尊敬してますし、大好きです。大好きな先輩に幸せになって欲しくて、つい……」


「あなたは尊敬している人に、『可哀想』とか『ヤバい人』とか言うんですか? 冗談って言いますけど、相手のことを傷つけるなら、ただの悪口です。それと『大好き』と言えば、何でも許してもらえると思っているんですか? だとしたら、あなたの『大好き』は随分と都合の良いものですね。幸せになって欲しいと言いますけど、あなたの言葉が既に不快です」


「そ、そんなつもりなくてぇ……。私は、桑原さんの為に……」


 後輩は目を潤ませながら、周りを見回す。周囲の人達は気まずそうに成り行きを見ているだけで、誰も助けに動かない。後輩は悔しそうに顔を歪めた。


「”桑原さんの為に”? 私は、あなたにお願いをしましたか? お願いもされていないのに、自分の想像で行う”誰かの為”なんて、結局は自分の為でしかありません。それを押し付けて、『私は良い人でしょう?』という考えは、只の迷惑です」

 

 見下している相手から言い返されたのが癪に障ったのか、後輩は顔を真っ赤にする。後輩は机の上を掌で思い切り叩いた。


「桑原さんって、本当に性格悪いですね! 自分より年下の子をいじめるとか、恥ずかしくないんですか!? モテないくせに! その年で、彼氏もいないし、結婚していないのなんて、ヤバイ女じゃないですか!! 桑原さんみたいな人を相手してくれる男なんて、この世にいないですから!!」


「不愉快なことを飲み込んで、自分の心を荒ませるくらいなら、性格悪くても良いですよ。それに、あなたは成人していますよね。いつまでも親が頭を下げてくれる年齢ではないし、自分の責任は自分で取れる年齢でしょう? それなら、対等な人間として、年上・年下関係なく、言葉で殴られたのなら言葉で殴り返します」


 桑原の鋭い視線と言葉に、後輩はたじろいだ。


「男性にモテないから、彼氏いないから、結婚していないから、それが何だって言うんですか? そんなことくらいで、人間としておかしいって決めつける権利が、あなたにありますか? 偏った価値観でしか物事を見れないあなたの方が、頭がおかしいと思います。もし、仮に男性の中に私をそういう風に見てくる人がいたとして、私はその人達に好かれたいと思いませんから」


「モテない女の僻みでしょ!?」


「僻み? 私は、あなたの事を一ミリも羨ましく思いません。まず、あなたは恋人である男性に対して凄く失礼です。見下すような態度をとって、都合が悪くなった時は自分を被害者にして、相手を加害者にしようとする。人を見下さないと自分の心を保てないような人に、私は魅力なんて感じません。それに、私に対して攻撃的な言葉を向けるあなたの方が、私を僻んでいるように見えますけど?」


 後輩は怒りで鼻を膨らませながらも、言い返せずに歯軋りをする。

 桑原は時間を確認して溜め息を吐いた後、後輩の机の上に資料を置いた。


「それでは、データ入力は一人で頑張ってくださいね。私、今日は午後休なので。教えられなくて大変残念ですけど」

「え!? ちょっと、桑原さん!?」


 後輩の焦った声を背中で聞きながら、桑原はその場を後にしてロッカールームに向かった。

 帰り支度をしながら、桑原は溜め息を吐く。


「疲れた。何、あの人……」

 いきなり見下されるとは驚いた。最初は受け流そうとしたが、やはり黙っておくことは無理だった。


(欠陥品……ね。人間は誰でも欠陥を持っているよね。そこが味であり、魅力なんだろうけど) 


 支度を終えて、桑原は外へ出る。

 気分を変えて、午後休という自由な時間を楽しもうと街へ繰り出した。


 反対側の歩道には、仲良く寄り添い歩く老夫婦の姿がある。女性が段差で転ばないように、男性がそっと手を貸していた。女性は少女のような可愛らしい笑顔を男性に向けている。男性も愛おしそうな目で女性を見つめていた。


(もし、これから恋をすることがあるのなら……)


「お互いの欠陥を許して愛せる人が良いな」


 一人呟いて、桑原は笑う。

 見えない未来に少しだけ思いを馳せて見上げた空は、爽快な色をしていた。



読んでいただいて、ありがとうございます。楽しんでいただけたら、嬉しいです。


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