表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

3:弟子入り志願

 それからほどなくして、警察官二人と共に奥間が田原春家に現れた。

「お手柄じゃない、クレン君! すごい!」

 ちょび髭を生やした小太りの、七三金髪頭の奥間は相変わらず、見た目のインパクトが重い。

 そんな彼はたっぷりと豊かなお腹を揺らして、クレンを褒めちぎる。渋っていたのに調子のいい奴だ、とクレンはそんな彼を横目でにらんだ。

 警察官二人は、全裸の夫妻に慌てて服を着せつつ、彼らをパトカーに乗せた。今度という今度は、目撃者もいる。あやふやでは終わらないだろう。


 魔術師の起こした犯罪には首を突っ込めるものの、魔術師が巻き込まれた犯罪にはてんで無力なクレンと奥間は、その光景をただ眺めていた。

 傍らのミアンも、頬に濡れたハンカチ──奥間が彼女に渡した、レースのハンカチだ──を押し当てて、去り行くパトカーをただ見つめている。

 覚醒したての魔術師は非常に不安定であるため、魔力封じも潤沢にある、管理局にて事情聴取が行われることになっていた。


「大変だったね、ミアンちゃん」

 ねぎらうように、奥間はミアンの背中を一つ叩いた。

 きょとん、と彼女は奥間を見上げている。

「大変……?」

「伯父さんたちから、ひどい目に遭わされていたんでしょう? こんなに痩せちゃって、可哀想に」

 奥間はいい奴に部類されるのだろうが、デリカシーに欠けている、とクレンは常々思っていた。

 その悪癖がいま、猛威を振るっている。

 ミアンも挙動不審になり、視線を泳がせていた。


 被虐待児に面と向かって虐待のことを言うな、という気持ちを込めて、クレンは彼の後頭部をぶった。結構強めに。

 頭をおさえて、しばし奥間がしゃがみ込む。次いで、猛然とクレンへ食って掛かった。

「何するのよ、クレン君! 痛いじゃない!」

「察しろ、愚か者め」

 ふん、と不愉快そうに鼻を鳴らしてクレンは言った。言いつつ、奥間の首根っこを掴んでミアンから距離を取る。

 そして耳も引っ掴んだ。

「痛い、痛い! もげちゃう!」

 奥間の金切り声に顔をしかめつつ、彼の耳元にて小声でまくし立てた。


「うるさい。いいか奥間、あの娘は虐待を受けた当事者だ。カウンセラーでも警察官でもないお前が、あれやこれやと掘り返すな」

「あ、なるほど……」

 察しが恐ろしく悪いがお人好しでもある奥間は、その言葉でしょんぼり顔になる。

「たしかに悪いことしちゃったわね……」

「気付いたなら、付かず離れずで彼女を見ていてやれ。髪のことも、相手が気を許すまで話すな」

「髪って?」

 ちろり、とミアンへ視線を向ける奥間。急に距離を取った二人を訝しむ彼女へ笑いかけつつ、その頭を見る。


 再びなるほど、と彼は呟いた。

「よく見ればひどい頭ね。知れば知るほど、あの伯父さん夫婦に腹が立っちゃう」

「俺は一刻も早く、記憶から消し去りたいがな」

 特に裸体を。

 げんなりするクレンを、にやにやと奥間は見つめた。

「それにしても、よく気が付いたわね」

「何にだ」

「髪よ、髪。凍血さんってば、案外察しがいいんだから」

「お前の察しが悪すぎるんだ」

 ぎろり、と彼をにらんで、耳から手を離す。距離も取った。

 太っちょの奥間は、体温が高い。接触していると暑苦しいのだ。


「とにかく、俺の務めはここまでだ。後の処理は任せた」

「うん、任されたわ。ありがとうね、クレン君」

 引っ張られた耳をさすって、奥間が手を振る。それを横目に見ながら、クレンは彼に背を向けた。

 ミアンの方は見もせず、そのまま車へ戻ろうと田原春家の敷地から出る。

 しかし、それを追いかける影があった。

 ミアンだ。彼女は小走りで彼の広い背を追い、ジャケットの袖を掴んだ。

 思いがけず腕を引かれ、クレンは不機嫌そうに振り返る。

「なんだ」

「あの、瀬田さん……で、いいんですよね?」

「そうだ。だから、なんだ」

 子ども相手に大人げなく威圧感たっぷりのクレンだったが、ミアンは怯まなかった。


 青い瞳を目いっぱいに広げて、彼を見上げる。

「学校で、魔術師は師弟制度を取るって聞きました。本当ですか?」

「……ああ、そうだが」

 話の本筋が見えず、数拍躊躇した末にクレンは首肯。

 それを確かめて、ミアンは更に一歩前へ出た。

「だったらあたしを、あなたの弟子にしてください!」

「断る!」

 眼帯を押さえ、一歩下がって、クレンは怒鳴るように彼女を拒んだ。


 しかしミアンは、なおも距離を詰める。もちろん袖は、強く握りしめたままだ。

「どうして!」

 おまけに突っ込んで問いかけた。ここまで食い下がられると思っていなかったので、クレンは一瞬困惑の色を見せる。

 しかし、すぐにいつもの傲岸不遜(ごうがんふそん)な表情に戻り、彼女の腕を振り払う。

 そして叩きつけるようにして、言葉を紡ぐ。

「師弟は、二十四時間行動を共にする。女と行動を共にすれば、面倒事しか生まれない。無理だ。諦めろ」


 師弟制度は確かに存在している。目覚めたての魔術師は、己の魔力の制御すらできない。

 また魔術師という職業は、いざなってみないと分からない側面が多すぎる。

 そういったことを、実地で学ばせていくための師弟制度だった。

 しかし彼の言う通り、師弟は寝食も共にしなければいけない、運命共同体なのだ。本来は同性同士で組むものだ。


 口は悪いが、言っていることは案外まともな拒絶の理由に、ミアンはわずかにたじろぐも、首を振って更に食い下がる。彼女の前世は蛇だろうか。

「だ、大丈夫です! 家でも女扱いされてなかったんです。ずっと、下僕Aだったんです。だから、慣れてます!」

 あんまりにも捨て身が過ぎる言葉に、クレンの方が傷ついた顔になる。

 が、ここで受け入れては、苦労するのが目に見えている。諦めの悪い弟子希望者に、指差しながら彼はなおも怒鳴った。

「俺が慣れてないし、女扱いするんだよ!」

「本当ですか? 優しい!」

「はぁっ!?」


 さらけ出した本音は、逆効果であったらしい。むしろ喜ばせてしまったことに、クレンが目を白黒させる。

 二人の応酬を、なぜか楽しげに見ていた奥間であったが、クレンの顔色が怒りによって赤らんできたため仲裁に入る。

 まあまあ、と言いながらクレンの胸板を押して、憤然とする彼を押し留めた。

「あら、いい大胸筋」

「気色の悪いことを言うな! お前に褒められても嬉しくない!」

 ペタペタ撫でられたことで、クレンの顔色がむしろ青ざめた。とりあえず、冷却には成功である。


 彼の血の気が引いたところで、奥間が一つの提案をする。

「ミアンちゃんの尻馬に乗るわけじゃないけどね。ここへ来る前に、パソコンでデータベース漁ってみたのよ。魔術師たちのデータね。そしたら、ミアンちゃんを任せられそうな、ベテラン魔術師の手が空いてないことに気付いてね」

 ほくそ笑みながら、彼はクレンを見る。

「そう。クレン君以外はみんな弟子を抱えてたの」

「ふざけるな! 俺は弟子は取らん!」

「分かってるよ、クレン君の事情も」

 再び手を広げ、奥間は彼をなだめる。また胸を揉まれてはたまらん、とクレンもすぐに沈静化した。


「だからね。女性のベテランさんに余裕ができるまでの間、この子の面倒を見てくれないかしら?」

「断る!」

 取りつく島もなく、再び彼は拒絶するも。

「そんなこと言っていいの?」

 奥間がたちまち隙のない笑みになって、ニマニマと彼をのぞきこんだ。

「これから先、仕事回してあげないよ?」

 管理局と契約を結んでいる彼にとって、それは死活問題である。クレンの表情が不格好に歪んだ。

「おっ……鬼か貴様は!」

「やあね。黒い悪魔さんには敵わないよ」

 そう言いながら、ばちんとウィンクする奥間。


 おっさんのウィンクなど、嬉しくもないどころか腹立たしいだけなのだが、今のクレンに怒る余裕はなかった。

 ただうなだれ、

「……短期間だけだぞ。いいな」

渋々、彼の提案を受け入れるしかなかった。

「ありがとうございます!」

「クレン君、いい男ー!」

 ミアンと奥間から、歓声が上がる。この世で最も癪に障る歓声であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ