表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/37

28:不意打ちの電話

 クレンの見立て通り、女性店員はやはり有能であった。

 彼女が見立てた服は、どれもミアンによく似合っていた。サイズもぴったりであったので、あのブランドとの相性自体がいいのかもしれない。

 ひとまず今日は、上下ともに数着ずつ購入するに留めた。もっと買ってもよかったのだが、値札の数字にミアンがどんどん青ざめていったため、ほどほどにしておいたのだ。


 しかし青ざめっぱなしだったミアンも、商品が紙袋に詰め込まれる段階に至っては悟りを開いたのか、むしろきらきらした目で自分のものになったそれらを眺めていた。

「素敵なお洋服がいっぱいで、嬉しいです。ありがとうございます」

 店員に見送られて店を出ると、ぺこり、とミアンは頭を下げた。照れ隠しの仏頂面になり、クレンはそっぽを向く。

「師匠として、当然のことをしたまでだ。私服を買ったのだから、休日も制服で出歩くような無益な行為は慎め」

「はい。師匠とデートする時は、一生懸命おめかししますね」

「はぁっ!? こ、これはデートではない! 買い物だ!」

 不意打ちに、耳まで赤くなってクレンはがなった。


 それにミアンがころころと笑う。その笑顔があまりにも屈託のないものだったから、つい怒る気勢も削がれてしまった。続けて怒鳴る代わりに、舌打ちを一つ。

「……もういい。家具屋に行くぞ」

「はい」

 ぱんぱんに衣類が詰まった紙袋を肩にかけ、クレンが先を進んだ。それをミアンが追う。

 家具の量販店は、上の階にあった。二人で前後に並んでエスカレーターに乗り、上階を目指す。


 しかし登りきったところで、通路を進む勝気そうな少女とばったり出くわした。リコである。

 クレンと目が合うや否や、リコの顔が般若に変わる。クレンももちろん、親兄弟の仇とばかりにリコをねめつけた。

 だが

「……ドーモ、瀬田サン」

かなりぎこちないうえ、たどたどしい言い方ではあったが、彼女はごくごく常識的な挨拶をした。ついでに頭も、不服そうにであるが、一つ下げる。

 これにはクレンが面食らう。

「何のつもりだ、小娘。油断させたところで、俺を殺す算段か」

「なんだと、こら! ミアンがいるから、挨拶してやったのに! ふざけんな!」


 が、すぐに平時のリコに戻った。どさくさに紛れてミアンに抱き着きつつ、彼女の匂いをかぎつつ、クレンを威嚇(いかく)する。

「はー……いい匂い……というかおっさんが、こんな、仲良しファミリーが素敵なお家を作るためにウフフアハハと集まる家具屋さんに、何の用なんですか?」

 じっとりにらまれ、クレンのこめかみに青筋が浮き立つ。人差し指を、リコの眼前に突き出して、叩きつけるように言葉を吐く。

「独身者で悪かったな! 俺たちにだって、ここでベッドを買う権利はある!」


「ベ、ベッドですって……」

 わなわなと震え、リコの顔が暗くなった。

「……分かった……。ちゃっかりダブルベッドを買って、ミアンをそこへ引きずり込むつもりでしょう! この変態!」

「誰が変態だ! お前こそ、発想が逐一卑猥(ひわい)だ! この、女子の皮を被った色情魔(しきじょうま)め!」

「誰が色情魔よ! そっちこそ、ミアンにべったりの分際でよく言うわね!」

 そこでミアンを再度抱きしめようとして、リコは彼女の不在に気付く。


 しばし怒りを忘れ、辺りをキョロキョロ。

「あれ? ミアンは……?」

「守賀なら店に向かった。それぐらい気付け」

 クレンがあごをしゃくる。その先には、店の入り口に置かれたワゴンコーナーを物色する、ミアンの姿がある。

 彼女が見つめているのは、抱き枕だった。シロクマの形をした抱き枕をキュッと抱きしめ、そして腹周りをもふもふと撫でている。


 抱き心地も触感も気に入ったのか、彼女は一層表情を明るくして、クレンへ振り返った。

「師匠、この抱き枕素敵ですよ。クマさんで、もふもふです。ベッドに置きましょうよ」

 警戒心など微塵もなく、天真爛漫(てんしんらんまん)に微笑む彼女は、シロクマの比でなく愛らしかった。


「ああ……可愛いな」

 それはほぼ無意識の、魂からまろび出た呟きだった。

 少し離れた場所にいるミアンには聞こえなかったのか、不思議そうに小首をかしげている。

 しかし眼前のリコには、ばっちり聞こえていた。

 彼女は瞬く間に、汚物を見る目でクレンを(さげす)んだ。

「あんた最低……」

 この悪罵で、クレンも我に返る。みるみるうちに、顔が赤くなった。


「ちっ、違う! クマさんが可愛いと思っただけだ!」

「おっさんがクマさんとか言うな。それはそれでキモいから」

「キモいとは何だ! そもそも俺は、まだ二十代だ! そのような若輩者を捕まえて、おっさんとは何事だ!」

「残念ね、おっさん。おっさんって言葉に、敏感に反応するようになった時点でおっさんなのよ、もう」

 小娘の分際で、言い得て妙である。


 言いくるめられ、歯ぎしりする彼の携帯が、この時震えた。電話だ。

 舌打ち交じりに、クレンは後ろポケットから携帯を引っこ抜く。電話の発信者は、奥間だった。

「なんだ。非番の魔術師に、電話をかけてくるとはどういう魂胆だ」

 早口にそうまくし立て、さっさと通話を終えようとした。


「違うの、クレン君! 仕事じゃなくて、もっと大事なこと!」

 しかしそれを、切羽詰まった奥間の声が制止した。苛立たしげだった表情を訝しげなものに変え、クレンは携帯を持ち直す。

「……どうした?」


「笛野君が、刑務所から逃げ出したらしいのっ」

 クレンは言葉と表情を見失った。

 笛野は、彼の元弟子だった。また、彼に一生残る傷を負わせた張本人でもある。

 彼は思わず、眼帯を手で覆った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ